第14話 こちらも新手と遭遇
色々と散策する中、ゲームの進行状況に思いを馳せる。
これから、神楽は女子グループにちょっかいを掛けられ、これを切っ掛けにメインキャラ達と仲を深めていく。
物語の進行上、神楽が落ち込んでいく様を見るのは辛いが、だからといって手を貸せば、下手するとルート変更でお国が滅びる。
このイジメ系イベントは、特に何も無ければ普通にメインキャラの誰かと仲良くなって終わるイベントだからだ。だから、手出しはしてはいけない。
気づけば図書室へと辿り着いていた。研究棟とはまた違った静けさがある。そして、歩き回ったのに学園内の景色があまり記憶にない。注意力が散漫しすぎている。また何処かで散策するかとため息を吐く。
目を上げた先にある図書室。別にこれといって本を見る趣味は無いけれど……。
「……入れる部屋なんだったら、入っとくべき、か」
割と壮大な意匠の入った金色の取っ手に触れると、重そうな大きな扉の見た目から想像出来る手応えは無く、ドアは音も無く緩やかに開いた。
図書室は、言っては何なのだけれど、思った以上に本がぎっしり入っていた。この世界は、まだまだ本が少なそうとは思っていたのだけれど、こうして大きな部屋を埋め尽くすには造作も無い程度には流通しているらしい。
一見して、結構奥まで続いている。遠くに小さく見える本棚から、二クラス分のサイズはあった。
学生の数は多くは無く、静寂が保たれていて、足下に違和感があるので見てみればなんとカーペットが敷いてある徹底ぶりだ。
カウンターでは、眼鏡を掛けた司書さんと思わしき方が綺麗な姿勢で本を読んでいる。
棚の本の種類は様々だ。それに、歴史本とか、この世界の草木についてとか、やっぱり色々とあるのかと思わせられる。
歩いているうちに、学生とは異なる風貌の人ともすれ違った。明らかに研究者だ。
学生と研究者が混じる物珍しさを横目に歩いて奥へ行くと、これまたひっそりと上と下へと向かう階段が出現する。
なんと、2階も地下もあるようだった。
しかし、地下への入り口はチェーンでロックされており、階段は薄暗く、階段の奥に見える扉は閉まっている。
一方二階は普通に解放されているようだった。
……ここで、階段を上らなければ良かったと後で思うが、そんな事など今のアタシに分かるはずが無かった。
◆ ◆ ◆
神楽は今、ちゃんとメインキャラ達と楽しくよろしくやっている頃だろうか。
思わず、そんな思いを馳せてしまう。
「それで? イジメに加担するのは、心苦しくて嫌と」
「はい……」
目の前に居るのは、アタシが知らない子、つまり作中では名前も無いモブキャラ。
見た目はツインテドリルだ。典型的なお嬢様っ子に見える。
二階に上がってぶらぶらとしていたところ、思いっきり不幸そうな表情をして椅子に座っていた彼女に思わず素の状態で声を掛けてしまった。
聞けば、どうやらイジメの加担者らしい。そりゃ止めとけよ、という話に即なった。ろくでもないってありゃしない。
ここで止めれば、誰かの不幸を止められる。ならば、止めるよう説得する理由はないだろうと、そのまま会話を続行した。
「実は、私はどうにも期待されているようなの」
「どうしてさ」
「あの子達の集まりの中で、私が一番、家の格式としては上なの。だから上からガツンと言って欲しいのでしょうね」
「だったら、ガツンと言えば言えば? イジメに加担したくないって」
「今までの仲の良かった友達を全員裏切って?」
「そうまでは言ってないでしょ」
「言ってるようなものよ! それに学園内だけに留まらないのよ、位で下に居るような子に引けた態度を取るっていうのが、今後も付きまとう。軽く見られるわっ」
「うわ、面倒くさい世界。だったら、まず信頼出来る誰かだけにそう言って相談すれば、解決の糸口になるんじゃない?」
「……相談なんて、出来るわけないじゃない。みんな私を慕って来てるのよ。弱音なんて、吐けないわ」
「貴女は弱音を吐けないけれど、イジメを受けてる子はもっと弱音が吐けない。貴女がいまだ、攻撃者であることを忘れないでよ。貴女が祭り上げられてるとしても、貴女が止まらなければ止まらない」
「……」
俯くモブ子。
聞けば聞くほど、面倒くさい世界だ。
別にこの子が加担する必要は無いと思うのだけれど、この子は加担する必要があると強く思っている。
そこからの沈黙は長かった。手持ち無沙汰に目の前にあった棚から本を取り出し、よくわからないけれどなんか気候関連っぽい内容をだらだらと眺めるほどに長かった。ちなみに、気候関連は相当未知の世界らしい。遠くに竜達がいて、彼らの羽ばたきがこの世界の空気をかき乱しているらしいと書かれていた。
「あの……」
長い沈黙だった。その間ずっと考えていたモブ子は、見ると何かを決心したような表情になっている。
「……私は、何とか止めようと思うわ」
貴女に話を聞いて貰ったから決断出来そうだと、そう言って弱々しくとも微笑む姿は中々様になっている。
「頑張りなさいな。――辛かったら話ぐらいは聞くわ」
「……うん。あ、ありがとう……」
目をそらし、少しだけ顔を赤くする少女を見て、猫が懐いたような感覚を抱く。
こんな可愛い子がモブキャラとは。まぁ主人公以外の正統派ツインテドリルお嬢様美少女なんて出したらねぇ。
「今更だけど、アタシはオリヴィア=メルベリ。一年生よ」
「オリヴィア……同学年だったのね」
いきなりオリヴィアかい、と思ったが突っ込みは心の中で止めておく。
「私はヘンリエッテ=クラウゼ。その、悪かったわ。色々と聞いて貰って」
「なんの、アタシが勝手に声かけただけだしね。でもイジメに加担はダメ」
「そうよね……神楽にも悪いもの……」
そう。イジメは絶対にやってはいけない。相手を追い詰める。そう、神楽だって――?
「あの、ちょっと待って? 待ってくださる?」
語尾が乱れた。
「はい?」
待て。
待て待て待て。
「ええっと、クラウゼ? 聞いていなかったけど、誰をイジメなきゃいけないって?」
「神楽ルカという子よ。彼女は元々、香月院様の周りをうろちょろしているのが気に障るって話が――――」
これは、不味いのではないか?
そう混乱するアタシを置いて、彼女は、相談ありがとう、是非またお会いしましょう、という言葉を残して去って行った。
そして残されたのは、図書室で固まり続ける女がここに一人……。
◆ ◆ ◆
相談を受けて数日。
自室で悶々と考える日々が続く。
クラウゼは日に日に元気を取り戻しているようで、廊下ですれ違うとそっと袖を引かれて何時会えるかと聞かれてくる。あれから何度か相談というか、秘密の雑談をしているが、思いっきりルートを曲げてしまった気がする。
目の前には神楽がいる。共有のお風呂場から上がったばかりの神楽は、その長い髪から丁寧に水気を取り除いていて、自室の中央にある共有スペースにあるソファに腰掛けてくつろいでいる姿は何だかふにゃふにゃしてた。
「髪が長いと手入れが大変だよね」
「そうですね……。早く魔法を使えるようにならないと」
ふんすとやる気を出す原作主人公は使える未来が確定しているから良いが、アタシが使えるかどうかというのは未だ不明だ。糸口すらわからないので、下手すると使えるようになるまで1年かかるコース……なんてというのは勘弁してほしい。
「基礎魔法として、風と火が使えるようになればいいんだっけ?」
「ええ。乾燥させられる温風を出せるようになるはずです! そしたら、髪もすぐ乾きますよ!」
「お互い、習得にはまだかかりそうだけどね」
「全然、発動の切っ掛けが掴めません……」
平均して、魔法の訓練を始めてから使えるようになるまでに半年~1年はかかるらしい。そう聞くと早そうだが、きっちりと先生から魔法で体内の組織を誘導しつつやって1年なので、そう考えると結構キツい。
ほとんどの一年生は魔法を使う事は出来ていない。一部の使えている学生は元々使えるよう訓練していた人達だ。基本的には卒業するまでには大なり小なり使えるようになるらしい。
2年を超えても使えない人達は? と先生に聞いた際はそのまま辞めていく子が多い……という辛い事実も聞いたが。勿論、使えなくとも実践で使える技術は卒業まできっちり教えられるのが我が学園だとは言っていた。
初歩中の初歩、火属性の光球という、名の通り周囲を照らす魔法があるのだけれど、何をどうすれば良いのかはちんぷんかんだ。
魔法の発動を誘導する魔法を受けている最中は、何となく存在を感じられる。体内で動かした事の無い場所を動かそうとしている感覚はあるが、直ぐに雲散霧消してしまう。
そこにあることは分かるのだけれど、手が届かない、という神経が伝わらないもどかしさが、妙に体をソワソワさせてしまう。
それはともかく、だ。
「……最近は大丈夫?」
現状、イベントの発生はどうなっている。
状況確認の為、神楽に問いかけるときょとんとした顔で返される。
「大丈夫です、何も問題ありませんよ?」
……もう一歩踏み込むか。
「なんか、色々と女子に言われてたみたいだけど?」
「んー……そうですね、あれは大変でした。……そうえば最近は少なくなった気がします」
各メインキャラ達と交流が深まれば深まるほど、周囲の女子生徒達からのいじめがエスカレートしていくはずなのだが。
そして、これを契機にいっそうメインキャラ達と仲良くなるのだが。
なのだが!!!!!
クラウゼは即座にとは言わないものの、何とかイジメを収束させようとしているらしい。
クラウゼから相談を受けるとだいたい好きなお花はとか、好きな詩はありますかとか、そういうものが八割で、残り二割が現状報告である。
ツインテドリルお嬢様だが、見た目に反して強引に事を進めるのが苦手なのがよくわかる現状報告をしてくれる。
かと思えば初対面からこちらをオリヴィア呼びとよくわからない。
……これ以上、本当にルートはできるだけ弄りたくない。もし下手を打てば国が滅ぶっていうのに。
これといってマイナスな選択肢が無いイジメ解決イベントは、誰と仲良くなるかを選ぶ程度のイベントだ。
つまり、必ず誰かを選び、その誰かによってイジメが解決され、友好度が高まり、後に続いていくことになる。
ここで、もし下手にアタシが介入してその友好度の上昇が予定よりいかなかったら?
本来何も無ければ達成出来るイベントが不達成になったら?
考えたくも無い。
じゃあ手を出さなければ良いだけ、良いだけなのだが……。
ちらりと視線を向ける。
引き続き、髪のお手入れをのほほんとしている神楽。
……実際問題、人が傷つく様を見過ごして無関心でいることなど出来ようか。
「……悩みの種は尽きないもんだわー」
「どうかしましたか?」
「ちょっとね」
本当に、誰も得をしてないイベントだ。
かたや、祭られたイジメっ子主犯格、かたや、いじめられる宿命にあったいじめられっ子。
この展開がどれほど本筋に影響を与えるのか。
それによっては、軌道修正を行って積極的に介入した方が良いのか。
それを今後考えて行かないといけないかなと、ため息を吐いた。
ストック分を見直して投稿してるんですが、投稿し始めた途端、何故かストックが溜められなくなるぐらい執筆が遅くなるんですね……。
次は来週の土曜日です。




