第13話 邂逅は二人
突如現れたフィオレンティーノ・ジャイルズに対して、神楽は一瞬驚いたものの、直ぐに笑顔になると挨拶を返す。
「私は神楽ルカです、よろしくお願いしますね、ええっと、ジャイルズさん?」
「フィオでいいよ! 僕の親しい人達はそういうからさー」
「わかりました、フィオさん」
笑顔のフィオにつられるように、神楽もとてもニコニコとしている雰囲気が伝わってくる。
だが、ゼン様のイライラは、こう、……ストレスでマッハという所?
「いや、わからないでいい、神楽。それとジャイルズ、改めて言うが、敵対組織と言われるのは心外だな。別に敵対しているつもりは無い。馴れ合いを好まないだけだ」
その台詞を、肩を振って躱すフィオ。
「まぁ冗談だよ、ジョーダン。規模も練度も違う僕らの相手になる組織なんて、この学園に無いしね」
「ほう、それは頼もしいな。来年の入学式も万全な体勢で守ってくれるということか」
太陽守護は、保健室で保険医がちらりと述べた通り、自力で学園の平和を守ろうという思想に共感している学生たちの集まりだ。組織の規模で言えばこの学園での最大規模を誇る。OBの数も多い。
しかし、入学式の際は最終的に太陽守護の守りを突破されてきたが故の結果なのでフィオも反応する。
「……喧嘩うってんの?」
ぴりりと、いきなり始まった刺すような険悪ムード。
思わず、あおりを受けただけなのにひるんでしまうような凄みがあった。いや、元々ゼン様は割り込んできた次点で苛立っていたから、フィオが止めなければ結果としてはこうなるのも宜なるかな。
その空気に打たれた神楽が固まっても、重圧など無い様に余裕綽々なゼン様は軽く見下す。
「オレと戦う? フッ……戦うにはまだ早いな」
「はは、その鼻、何時かへし折ってあげるよ」
まだ早いというのはまぎれもない事実。ゼン様はエンペラーの称号持ち……この学内において、最高の文武両道の人物である事を示す。つまり、単独戦闘能力において学内最強である。
しかしまぁ、実力差は認識しているが、いつでも噛みきってやんよというようなフィオもまた、相当な実力者だ。
「あの、喧嘩は良くないです」
神楽の小さな声がはっきりと届く。張り詰めるような空気がぱっと胡散する。
その言葉で一瞬のうちに柔らかな笑顔に戻ったのは勿論ゼン様だ。
「あぁ、すまない。良くあることだ。神楽は気にしなくていい」
「ごめんね。そうそう、ルカちゃんは関係ないから問題無い」
「ルカ……ちゃん……?」
フィオのルカちゃん発言にぴくりと眉を揺らすゼン様。でも、申し訳無いのだけれど、ゼン様がちゃん付けで神楽を呼ぶのは似合わなすぎる。
同じ事を思ったのであろう、フィオが呆れた顔をして口を開く。
「その真面っ目面でちゃん付け、似合わないから止めた方がいいよ……?」
心底似合わないという気持ちが乗ったその一言に、ゼン様が思わず一歩踏み出すのを見て、神楽が今度は両手をわたわたと広げて間に入る。
「あの!? 喧嘩は良くないですよ!?」
勿論、アタシはただ見ているだけだ。原作イベントに介入する気は無い。まぁ、入学式で神楽と知り合って介入する気が無い、ってのも嘘みたいなものになってしまったけれども。
目の前で、感情豊かにキャラが動く。アニメが作られる事は無かった『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』が、今まさに動きを伴って再現されている事にただただ感動している。
それに、神楽がわたわたと動く様を見ているのは、小動物みたいで可愛らしく、面白い。
「ところで、隣の子はルカちゃんの友人?」
完全に気を抜いていたので、こちらを見たフィオの言葉にぴくりと体を揺らしてしまう。
見れば、ゼン様もこちらを見ている!?
あまりの状態に、一瞬フリーズしかけるが、必死になって虚勢を張る。
ここで張らねば、何処で張るというのだ! せっかく仮面を被っているのに!
悟られないよう息を吸うと、優雅に、淑女らしく、笑顔は柔らかで――笑顔の参考は神楽――それでいて佇まいを凜として答える。
「……はい、私はオリヴィア・メルベリと言いますわ。以後、お見知りおきを」
ゼン様のやや関心するような表情と、フィオの一瞬ぽかんとした表情から、虚勢が上手くいった事を悟った。神楽は面白そうな表情をしている。あれは絶対、寮に戻ったら何か言われる。
それはともかく、勝った! と心にガッツポーズ。いや、何にやねんと思うが、心情としてはそれに尽きる。
「あー……、うん、今後ともよろしくね?」
「はい」
「オリヴィアさんは優しくて良い人です」
完璧に振る舞っているアタシに対する神楽の援護射撃。良いぞ、ちゃんと趣旨を理解してくれてたんだね、神楽!
ゼン様が優しく神楽に問いかける。
「この学園に来る前からの友人なのかい?」
「いえ、入学式の際に友達になりました。隣に座っていた方がオリヴィアさんだったです。ふふ、実は寮も同じ相部屋なんですよ?」
「それは凄い偶然だね」
まぁ同室の件は確かにそう思う。
そこから、和やかに会話は進んだ。会話そのものは主に神楽で、アタシは変わらず外野だ。基本的に何も喋ってないし、一歩引いた立場で見ている。
「もし良かったら、校内を案内しよう」
神楽に対してゼン様が問いかけたので、そろそろ会話イベントの終わりなのだろう。あと一人、この後に乱入してくるが、路肩の石みたいなヤツなのでアタシ的には心底どうでもいい。
それに、のんびりと校内を見学したいアタシとしては、ここは渡りに船とばかりに神楽をお任せすることにした。本来、この校内案内イベントにアタシはいないのだから。
「ゼン様、私は別件がありますので、彼女をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、心得た」
ゼン様の返答に合わせて、フィオも笑顔で頷いている。
神楽は若干不思議そうにこちらを見たが、一瞬だけウィンクすると……やっぱり不思議そうにしながらも何か納得していた。やってみてわかったけれど、あんま伝わんないね、この方法。以心伝心レベルに到達した人同士じゃないと無理か、そりゃ。
と思っていたら、背後からがやがやと複数の人の気配。後ろを振り向いて、最後の役者が登場した事を理解した。
周囲に居た、他の生徒がアタシ達から距離を取り始める。
後ろに居たのは、学園の服を着ているが、所々に金色の刺繍を独自に追加している集団。先頭に居るのは、その中でも一等えらそうで見下した感じのツリ目の学生だ。
ガスト・レナード。
同学年の攻略可能キャラの一人だが、ドS系のお姉様達以外からの評価は低い。カップリングでは何時も監禁と束縛をされる側になってしまうキャラだ。彼の束縛オンリーが懐かしい。
そんな彼がこちらの面々を見渡す。ゼン様とフィオに挟まれている神楽を見ると不愉快そうに鼻を鳴らす。
「ハッ、さっそく下賤な女が香月院に取り入ろうとしているのか! あぁ、コレがあるからクラスを貴族と一般人で分けて欲しいのに、分かってないなぁ学園の教師達は!」
茶髪の髪をかき上げながら侮辱の言葉を並べる。後ろのツレ達もへらへらと笑い出してこれは腹が立つ。コイツ、攻略するの嫌だったな……攻略後は、そりゃ、その性格は矯正される事になるんだけど、それでも嫌だった。ゼン様ルートとフィオルートでは敵対する事となる。
「いえ、私は別に、そんな事は……」
神楽が喋ろうとすると、一歩踏み込んでイライラしたように会話に被せてくる。
「キミさぁ……誰に向かって話しかけてると思ってるの? ボク達は貴族! 混じりっけの無い、真実の血が流れてるのさ! キミ達とは違う生まれなの! だからさ、相応の態度ってもんがいるでしょ?」
その台詞に怯えた神楽の前に、ゼン様が庇うように前に出る。
「レナード、口を慎め」
「それはこっちの台詞ですね! 貴方もですよ香月院ゼン。だいたい、ファクトメンバーであるボク達に逆らう――「黙れ」っ!?」
フィオと会話していた時はただのじゃれ合いだったのだと、そう思うレベルの眼圧に射貫かれるガスト・レナード。
哀れ、口をぱくぱくと動かし、目が思いっきり挙動不審だ。後ろの面々ももうちょい支えてやれよと思うが、金魚の糞なので無理な話か。彼らも腰が引けている。
その中でももっとも早く復帰したのはレナードだ。一応メインキャラというだけある。
「……興が削がれました。皆さん、行きましょう」
心底気にくわないと、こちらの面々を眺めながらも、横をさっさと通り過ぎていく小心者である。最後に大きく舌打ちが聞こえた。負け犬の様式美だ、感動すら覚えそう。
彼ら彼女らを眺めながら、フィオが渋々といった感じで口を開く。
「あーあ、一年目のクラス、アイツと一緒なのかぁ。それだけでメンドクサイことこの上ないなぁ。でも、ルカちゃんと一緒なら楽しそうだね! 今後は授業中も絡んでいくと思うからよろしくね?」
ちなみに、同じクラスメイトだったりする。フィオとガスト・レナードは。
もっとも、二人ともあまりクラス内には居ないのだけれど。
「え、あ、はい」
まだ目を丸くしている神楽に、ゼン様が優しく話しかける。
「彼らの事を気にする必要はない。所詮、群れて無ければどうにもできない小物達だ。何かあったら、遠慮なくオレに声を掛けてくれればいい」
「そうそう。ルカちゃんが気にすることじゃないって。それじゃ、気を取り直して。校内を案内してあげるねー! まずはこっちだね!」
「あ、あのー!」
「待て、ジャイルズ! オレが案内するんだぞ!」
神楽の手を取り、走り出すフィオと、慌てて追いかけるゼン様。その様子にほっこりする。
「ほらほら、香月院も行くよ! ――おねーさんもまたね!」
「はい」
そう言ってフィオ達にひらひらと手を振れば、出会ったばかりというのに仲よさげに彼らは消えていった。
こうして一つのイベントが終わった……わけなんだけれど……。
ひそひそと、周囲から聞こえてくる女子学生達の声。
「……何……の娘……ン様と……」
ぎしりと、空気の歪む気配が済む。
空気に混じるのは嫉妬か。
成るほど、ゲーム上は描写されてなかったけれど、この次点で相当『嫌な女』扱いされてたわけだ。
その場から去り、人目が無くなったのを確認してからため息を吐く。
「嫌な空気だね、まったく」
頭を振って気分を入れ替え、どこから見ていこうかと歩き出したした。
次は土曜日です。
余談ですが、危うく土曜微に投稿するのを忘れるところでした。
あと、一太郎で書いてるのですが、先頭に入る自動半角空白……もしかしてなろうだと全角じゃないといけないのでは。
 




