第12話 ゼンとフィオ
「神楽」
呼び声に、顔を上げた先で彼と神楽は再会する。
神楽の目の前に居たのは、香月院ゼン様だった。
さらりとした神楽と同じ黒髪、シルバーのクールな眼鏡の奥に、水色の瞳が優しく神楽を見つめている。
アタシを見つめている訳では無いけれど、どきんと心臓が跳ね上がるような感覚。
今更だけど、髪とか跳ねていないよね。神楽の後ろでさっと取り出したコンパクトミラーで見た限りでは大丈夫だと思われる。
「……ゼンさん?」
その声に顔を上げた神楽が不思議そうに尋ねる。
尋ねる声に見る人を魅了する優しい笑顔を向けると、少し言いよどむような素振りを見せながらも言った。
「元気そうで何より。……入学式の時に傷が出来たと思うが、大丈夫だったか?」
「あ……。ご心配お掛けしました。あの日のうちにもうすっかり綺麗になりました。あの時は助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「礼ならいい。元気そうならなによりだ。確認が遅くなって、すまない」
「い、いえいえいえ!? 謝られる様な事は何もしてないですよ、ゼンさんは!」
こうして見ると、ゼン様と神楽はやはりお似合いの二人だ。このシーンは特にスチルは無いが、何処を切り取っても絵になりそう。
校舎が背景として優秀であることも輪に掛けている。
「授業の方はどうだ? 中々、普段では味わえないものばかりだったろう」
「そうですね。いきなりマラソンとか始まったのはちょっとびっくりしました。でも、魔法の授業は面白かったです! 普段、あぁいうものを目にすることってあまり無い生活だったので……」
「そうなのか」
「生まれが、その、田舎だったもので……」
「ふむ」
考え込むと、ゆっくりと口を開く。
「神楽。もし、君が良かったら……」
「あ、ゼンさんじゃないですか! 早速一年生に粉をかけようとしているんですかー?」
その瞬間、明るい声が背後から聞こえてくる。予期していたその乱入に驚かずに振り向く。
振り返った先でまず真っ先に目に入ったのが、金髪でウェーブのかかったショートヘア。無邪気さと小生意気さの感じる表情で、金色に見える瞳が楽しそうにゆがんでいる。小柄で、アタシどころかか神楽よりも低いショタっ子。
年齢は神楽の二歳年下なのでガチのショタっ子だ。現実世界で迂闊に手を出すと捕まるが、この世界では大丈夫!
ゼン様は、神楽との会話を邪魔されて少しだけむっとした感じで声を上げる。
「ジャイルズ。貴様にゼンと、馴れ馴れしく呼ばれる筋合いは無い」
「あは、僕も親しげに呼びたいわけじゃないんですけど。香月院」
こちらを一瞥した後、少年は神楽を楽しそうに眺める。
現状、ずっとアタシは置物状態である。すっと壁際に寄り、気分はカメラマンだ。もっと話し合って! メインキャラ! 心の中で指のフォーカスエリアを用意して、スクショを撮りまくる!
今見ている景色がモニタの向こうだったら、今頃モニタ前のアタシは大興奮極まりなく、しまりの無い顔を晒していただろう事は想像に容易い。
二人の麗しきキャラが、ゲームでは省かれていた台詞でお互いを毛無合う姿!
まさしくこれこそがこの世界に生まれてきた中で最も嬉しく、また見たかった景色だ。
ゲーム世界に転生してしまったからには、作中では語られなかった部分も体験したいと思うのがゲーマーとして自然な真理だと思う。ゲーマーじゃ無くとも、漫画読みとか、小説読みとか、多分そこら辺の人々も。
解像度は無限大。表情差分は膨大で、キャラのコーディネイトだって日々によって違う気合の入れよう。
シャツだって乱れてる時と乱れてない時の差分が無数に存在してちょっと集めるのにも気合がいる。
いけない、興奮して目がガン開きになっちゃう……! ちょっと細めて目力溜めないと!
「君、香月院に何かされてない? 大丈夫?」
「いえ、ゼンさんからは何もされていません。ただ、会話をしていただけで……。あの、貴方は――?」
乙女の尊厳を顔面的に失いそうなアタシを放りだし、展開は進む。
くるりと周り、ゼン様の前に割り込むショタっ子。可愛らしいポーズである。しかし、あぁ、ゼン様のお顔が更に歪んでいく! めっちゃお邪魔虫と思ってる! 素敵!
そんな空気を欠片も読まないショタっ子は、可愛らしく神楽に挨拶する。
「僕の名前はフィオレンティーノ・ジャイルズ! そこの香月院と敵対してる組織、太陽守護のトップだよ? あ、ちなみに一年生ねー」
「私の名前は神楽ルカです……?」
「敵対とは穏やかではないな。オレとしてはそんなつもりはないが」
「そちらのグループが突っかかってこなければ、僕もそうは思わないんだけどねー」
フィオレンティーノ・ジャイルズ。
太陽守護のトップである可憐な少年は、そう、にっと笑顔で告げた。
次は土曜日ですー。




