第11話 目新しくも平凡な日常
ここ数日の授業は目新しいものばかりだったものの、日常生活そのものは平凡だった。
ただ、久々に定期的な運動をしているなと思うぐらいには体を使う授業が多い。筋トレも授業にあるとは恐れ入る。
今日もまた、一日の授業が終わった。
放課後になって、本来なら学生達の声でいっぱいになると思うのだけれど、まだまだ妙な空気感がある。
アタシと神楽みたいに話し合える相手がいるのは少数で、室内全体にギスギスとした見えない網がかかっているかのようだ。
何処かタイミングを見計らって友達を作らないとなーと考える自分が何だか懐かしい。友達を作るなんていう考え方自体、社会人生活をしていた前世では、もう遠い何かのようなものだったから。
教科書を鞄にしまっていると、誰かが歩いてくる気配。
「これで、今日の授業は終わりですね」
まぁそうだろうと思っていたけれど、話しかけてきたのは神楽だった。
「お疲れ様、神楽さん」
「オリヴィアさんも、お疲れ様でした。今日の魔法学は凄かったですね。まさか先生が爆発するとは思いませんでした」
「魔法の危険性を伝えるには確かに良いと思うけれど……よくアレで髪の毛が爆発したようになるぐらいで済むわね。私には不思議よ」
神楽は徐々にではあるものの、順調にクラスメイトと馴染みつつあるように見える。
まだ全体的にぎこちなさがあるこのクラスの中で、挨拶を交わす程度でも知り合いがいれば楽になる。
アタシは……何だか知らないけれど、一歩引かれているような感覚が。挨拶は交わしてくれるんだが、何でじゃと思う。
「今日は、この後何か予定がありますか?」
「そうね――」
席を立ち、周囲に人が居ない事を確認すると口調を切り替える。
「――予定という程でも無いけど、学内を少し歩こうと思って」
「入学式の日に、学園内を回ったと言っていませんでしたか?」
「言ったけど、がっつりは見てないし、場所も外からざっと眺めただけだったから」
「……移動教室の時、そうえば少しだけキョロキョロしてましたもんね」
思い出したように神楽が告げる。バレてた。
「ここ数日はちょっと様子見って感じだったけど、少しは学園になれたから、またちらほら見てこようかなって」
「でしたら、私も着いていって良いですか?」
と、そのタイミングで教室のドアが開く。
「よろしくてよ」
すれ違った学生に軽く挨拶しながら、咄嗟に口調を戻そうとしたけれど、多分この口調は違う気がする。
そう思っていると、隣から聞こえてくる小さい笑い声。
見れば、神楽が俯いて震えている。
半目で尋ねる。
「……何?」
「っ! いえ、あふふっ! 人が来たから咄嗟に口調を戻そうとして、失敗してるのが、あは、おかしくて……ふふ!」
「うるさいなぁ、もう。はいはい、アタシの失敗でした」
「あ、待ってください、オリヴィアさん!」
ぷいっとそっぽを向く。
ちゃっちゃと歩いて廊下に出れば、早足で追いかけてくる足音。
今の時間は人通りが多い廊下。
先ほどの二の舞にならないよう、口調に気をつけないと。
ここしばらくの授業について、神楽へと話題を振る。
「中々大変な学園ですね。神楽さんはやっていけそうでしょうか?」
「大丈夫だと思います。確かに、体力を使う授業が初日から多かったですし、知らない事ばかりでしたけど……」
そこで言葉を句切る。
横を見ると、考え込むようにして喋った。
「頑張らなきゃいけない理由もありますから」
「そう」
「オリヴィアさんだって、頑張る理由があるんですよね?」
「そうよ。でも、きっと私の理由は貴女程じゃないわ」
両親からの指示で、訳も分からずともここまで来た……何をするべきか、明確な答えもわからないまま、それでも頑張ろうとするその姿勢には惚れ惚れする。
そして、このタイミングで始まるイベントがある。
そうえばあったなぁと思い出す。こんなタイミングだったっけと思う物の、ゲーム中ではボタンさえ教えていれば直ぐに起こるものだけれど、実世界では数日経つのも24時間かかるので……。
それに、あれは神楽の一人称で進むため現実と異なる。アタシ視点で進むため、うっかりするとイベントを見逃してしまいそうだ。
前方から起きるざわめき。
それがこちらに近寄ってくるのを目視してから、すっと、歩く速度を遅くした。
そうすると、少し俯いていた神楽が数歩だけ前に出て……。
「神楽」
呼び声に、顔を上げた先で彼と神楽は再会する。
神楽の目の前に居たのは、香月院ゼン様だった。
次は土曜日です。
ちょっとやや短めですね。次回も同じくらい。




