第99話 その後の話1
side - 香月院ゼン
自室にて書類を捌いていると、ドアをノックする音。
入室の許可を出せば、香月院家が資金援助をしている研究所の職員と自分が小さい頃から同じように育った執事が連れたって入ってきた。
研究所の職員はここ数日でよく顔を合わせるようになった相手で、入って早々に資料を捲り出す。
その礼を欠いた姿勢に執事が眉を顰めるが、それを視線一つで抑える。
こちらも止まっていた仕事を片付けつつの状態であるため、似たり寄ったりだった。
「最終的な魔道具の回収率は?」
手を止めずに聞けば、研究員も資料から目を離さずに答える。
「70%となります」
「……思った以上に悪いな」
数値は想定よりも悪かった。思わず仕事の手を止める程だった。
あの捕り物劇の場にあった魔道具の数が多かったため、まだ搬送はされていないと踏んでいたのだが。
そう考えたのを読み取ったように答えが返る。
「戦闘系の魔道具は確かに数多く残っていました。しかし、戦闘では役に立たない物が押収物には見当たりませんでした。古の魔道具は戦闘用も幾つか見当たりませんでした」
ピタリと研究員が喋るのを止めると同時、間髪入れずに執事が口を開く。
「彼らが所持していた金銭は、通常考えられない額となっておりました。既に引き渡しを終えていたのでしょう」
「その金額に目がくらみ、さらなる欲を掻いて脱出が遅れたか……。生き残った賊の状況は?」
「国の警邏隊に引き渡した後、尋問を幾度か。魔道具を何処で売買していたのかの情報は提供されました。当日の内に現場を押さえに向かったようでしたが、商人は見当たりませんでした。が、相当慌てて脱出した可能性があると報告を受けております。少なくとも、現場にてユピ神国側で流通している物品が幾つか見つかっています」
執事が話し続ける間、研究員は手元の資料に何かを書き込み続けている。
「そうか。その商人の目撃情報は?」
「各門番兵へと問い合わせましたが、有力な報告はありません。国内に潜伏している確率は低いでしょう。魔森林側を通っての脱出とみられます」
「生きていれば、既にユピ神国に到達している可能性がある、か」
既にあの事件から数日は経過している。
ユピ神国側に問い合わせたところで碌な回答は無いだろう。
「そうだ、君にはこれを」
「こちらで開発した魔道具の戦闘結果ですね」
それから、研究員に対して、実際に戦ってみた際に感じた所感や出力についての話し合い、回収した魔道具の損傷率などを話し合う。
「わかった。報告ありがとう」
「それでは、私はこれで……」
さっと身を翻す研究員に対して執事が目をつり上げた。
「あっ貴様、ゼン様になんて失礼を……!」
「気にするな」
「しかし……! いえ、失礼致しました」
何かをブツブツ言いながら研究員は去って行く。
扉を開ける時だけ、思い出したかのようにこちらへと軽い礼をしていた。
「彼らも忙しいからな」
「それはゼン様も同じでしょう」
そして、珍しくふぅというため息を零す。
「珍しいな。疲れているなら休暇でも言い渡すべきか?」
「大変失礼致しました。この先を考えると、つい……」
「あぁ……」
ユピ神国側へと流れ出た魔道具の数は少なくない。
そもそも、今回の事態より前に流出は始まっていたのだ。
国内に居る、貴族と名乗る強欲な一部の連中達が持つ、自尊心を高めるだけに持っている強力な魔道具もまた、流通の対象になっていることがわかった。
だからこそ、怪盗という存在を香月院家が支援して、危険な魔道具の回収を始めていたのだが。
無論、王家――――王子には話を通している。
元々義賊だった彼女が香月院家に侵入してきた際、ちょうどいいとばかりにこちら側に抱き込んだだけだが。彼女が指定した孤児院には大きな支援をしている。
「一体、ユピ神国で何が起きているのでしょうか。かの国はまるで戦争前のようです」
「ユピ神国内部でここ半年、派閥の大規模な変動が起こったのは記憶に新しいな。表沙汰にならない戦争――内乱のようなもの。国の転覆では無く、派閥同士の争いに終始しているのが奇妙な所だ。ユピ神国国内の権力者どものバランスがあれで変わった。……そういえば、ウチの王子も頭を深刻な顔をしていたな」
そう言いながら資料の一つをずらす。
調べて貰った兵力差などだ。王家へと献上するものだが、絶望的な数値しか出ていない。まぁそれは向こうもわかっているだろう。現状整理以上の何物でも無いことは、依頼を受けた時点で王子から直接聞いている。香月院家としてはクエスト仲介所の開拓者達のことも含めた情報整理をこなすだけである。
「我が国ではまともな戦争にはならないでしょう。圧倒的な物量と魔法で押しつぶされるだけです。――――それは、魔道具が渡っていない状況でも同じのはずです。そして他国に手を出すような事態もここ数年レベルで無いはず。では、何故今……」
ユピ神国は、この世界でもっとも質の高い魔法使いの軍隊と量を誇る。シペ帝国が100年以上前に敗戦したのもこの所為だ。最終的にはユピ神国が慈悲という名の格付けを与えただけだ。戦いを至上としていたかの国にとってはこれ以上の屈辱は無かったことだろう。
そんな国なのだ。辺境の、魔森林に対する外壁としての宿命を持つこの国では、個人の戦闘能力はあったとしても戦争では勝てない。
「となると、答えは一つだ」
「それは?」
「――――あの国の内部では、まだ戦争が終わっちゃいない」
何かを切っ掛けとして動き出している。
それは諜報として出している我が家の諜報員からも明らかだ。
特殊機関を持った幾つもの組織が、ユピ神国内で生まれ、争い、消えていっている。ユピ神国内の国民は平穏そのものだが、ある日唐突に館が一つ、丸々皆殺しにあっていたという事もあったそうだ。情報統制が流石という程聞いている。
本来なら数年を掛けて行われる変動がこの半年で起きている。
魔獣の動きも奇妙になってきている。歴史を紐解くと時折起こっている魔獣の異常増加現象なのかはまだ判断がついていない。
魔獣とユピ神国の動乱。
この二つを考えると、執事では無いが、確かにため息を吐きたくなる事もゼンとしてはわかるのだった。
こういう時、ふと気を紛らわせると思い浮かぶのは神楽の顔。
昔に出会ってから変わらない優しさと包容力。最近では打たれ強く、逆境にあっても負けない輝きを持つ事を知って、ますます目が離せない。
前回、我が家に誘った時はしきりに周囲を見て目を輝かせていた愛らしい姿を思い出す。こちらを見る目がただの男どもと違う……ようになってきているはずだと、ほんの少しだけ口角を上げた。
が。
神楽が口を開くと高頻度で出てくる同室のクラスメイト。オリヴィア・メルベリ。間違いなく、剣の腕において学園で並び立つ者はいないだろう。自分でも剣だけで戦えばどうなるか。
……まぁ、そんな事はどうでもいい。
賊の討伐後、クエスト仲介所へと戻ってきた様子を見るに、好感度としては間違いなく彼女より下である。
この現実を直視しないと、勝てる戦いも勝てなくなるため、ここは素直にそうだと認めざる得ない。
女性としては身長が高めで、目つきも鋭く、体全体から漂う雰囲気は油断なく、完璧に自己を律した騎士の、あるいは兵士のようだ。年齢も一年目にしては上の部類に入るため、一部の女子生徒達から恐るべき程の人望を得つつあるようだった。あるいは崇拝か。
頼れるお姉様、といった感じの噂話を廊下で聞くときがたまにある。お茶会に誰が誘うか、という事で牽制しあっているようで、外からその騒動を眺めている分にはあれはあれで面白い。
……ルカの心を得るための本当の敵は、クラスメイトの男どもではなく、彼女では無いか? という不安に、誰にもいえないが悩まされつつある。
無論、相手は女性であり、恋敵というわけでもなく、異性で最も信頼されているのは自分である、という自負はあるが……。
「あぁ、本当に悩ましい」
「ゼン様?」
……先ほどは執事に休養をいるかと説いたが、偶には自身も休養を取るべきかと、ふと、そう思った。
そして、ルカにも声を掛けて、少し何処かへと――――。
書きたい処が書き終わらなかったので、また来週土曜更新しますー。
そこでいったんまとまれば、一ヶ月ほどプロット調整で更新停止……に出来るはず、です。
あといいね機能を解放しましたが、早速くださった方、ありがとうございます。ちょっとびびりました。




