第01話 入学式
ずらっと集まり、講堂の椅子に座った学生達。
かつての大学のように、すり鉢状になった講堂であり、備え付けの机と椅子があり、特に席の決まりもなく皆が座っている。
ここは光栄宮学園の大型講堂。
そして、今日は入学式だ。
現実としては初めて見る景色。だけれども、自分にとってはあまりにも見慣れた景色でもある。
――かつて遊んだ、ゲームの中で何度も見た景色。
「アタシもようやくここまで来たんだなぁ」
感慨深いものがある。
周囲を見渡すと、遠いかつての記憶に残っている大学と違って机や椅子に一々お金がかかっていて、ここがこの世界における、大学に近い立ち位置の場所なのかと混乱してしまう。
柱には複雑な模様が描かれ、壁に馬のような魔獣に乗り、空を駆ける男の騎士の絵が描かれているのもそうだが、一番現実離れしているのは、備え付けの椅子に座り心地の良いクッションと肘掛けがあるところだと思う。映画館かここは。いや、二階席まであるのだから劇場とかコンサートホールかもしれない。
「ゲームではよく見た一枚目を自由な方向で見られるのは、異世界転生……いや、この場合はゲーム世界転生の役得の一つ、でいいのかな。というか、現実感はないにしろ、アタシは何故か安心感すら覚える……」
まぁ、安心感を覚えるのも、間違いなく見覚えのある空間だからだろう。
周囲の学生達は大なり小なり緊張しているが、一見して年齢が高いとわかる方々は流石の落ち着きようだった。
多くの人が座り、思い思いの態度で始業式を臨む中、アタシはある人物達を探して目を走らせる。
続々とやってくる学生達の中に、あるいは既に席に座って居るだろう、物語の登場人物達を。
「居た」
まずは一人目だ。
視線の先、最前席付近。隣に居る学生と無邪気に話し合っている。
小柄であり、金髪かつウェーブのかかったショートヘア。
海外の美男美女の子供のような、天使のような風貌。ぴんと水を弾くようなまつげも美しい――のだけれど、流石にこの距離では見えないか。
彼の名前はフィオレンティーノ・ジャイルズ。
愛称はフィオ。
作中で攻略出来るルートの一つで、いわゆる「天真爛漫な年下ショタっ子」だ。
その愛らしい表情と振る舞いで、多くの乙女達を虜してきた実績がある。
なお、その愛らしい見た目に反して、裏でも糸を引くような注意人物キャラとしての立ち位置もある。
無邪気なショタっ子が裏で糸を引くのは伝統芸能です。
緊張が支配するこの空間の中でも、無邪気に隣の学生に話しかけている当たり、オーラが違う。
もう一人も……居た。
隅の方に見える、あの偏屈そうな表情をしている学生。
まぁ正直、こっちのはどうでもいい。
ガスト・レナード。
肩まで届く、ブロンドに見えなくもない茶髪。ややウェーブがかかっているが、それでもフィオのようにくるんと巻くほどでは無い。
上から目線で横暴、取り巻きを引き連れて歩くようなキャラだ。
身長はメインヒロインより高く、しかし暗くネガティブな性格だ。
素のままガストと呼ばれているが、あまりルートとしての人気は無い。
ルートによって敵対するので、まぁそうだろう。
ついでに言えば彼のルートを選べば一応更生させられる。
なお、鬱々とした青年をねじ伏せて調教したい、という一部の層に強烈な支持を受けており、よく同人誌即売会では紐で縛れているのを見た。
攻略可能なキャラとしてはあと二人いるのだけれども、どちらも先輩であり、この場には居ない。
ただし、アタシの一推しである先輩は、ゲーム通りならこの後に登場するはずなので……ここに居るだろう、最後の一人を捜す。
その一人を捜すが見つからない。
やってくる学生達の方にまだ居るのだろうかと思い、入り口を見てもこれといって見つからない。
さっきの既存キャラ二人の見た目からして、パッケージやスチルの絵から想像出来る見た目と大幅に違うという事は無いはずだ。
やきもきしながら、見落としてしまったのだろうかと先頭から見直す。
と、そこで空いていた隣に学生が来た。
見た。
がっつりと視線が合った。
「「あ……」」
探していた人物がそこに居た。
パッケージやスチルで攻略キャラと一緒に写っているのも見た。
プレイアブルキャラとして、様々な出来事を共に過ごしてきた。
アタシは、この世界においては傍観者になろうとしている。傍観者として物語を横目で見ようと画策していたのだ。メインキャラクター達に変に干渉すると結果的に大変な目に遭うから。
それなのに!
今ここで隣!? まさかの!?
いきなり遠くから眺めて穏便に物語を楽しもうと思っていたアタシの思惑は一体何処へ!?
この瞬間だけ、アタシの世界は、アタシと目の前の美少女だけの世界となった。
視線の先に居るのは、少しだけ自信の無さそうな純真無垢な少女。
銀髪と言っても差し支えのない白く長いロングヘアー。
風を受けて靡くのも目で見て分かるほどのサラサラで、新品の制服で包まれた体躯は小柄なれど、決して凹凸が無いわけではない。細身の中に見え隠れする確かな女性の印。
顔には染み一つなく、肌は健康的な白さ。やや上気したように頬は綺麗な紅色。
一瞬、彼女の背後に綺麗な青空と草原を見た。そういう感想を抱くような美少女。
いずれ彼女が――――。
「は、初めまして」
声を掛けられて、はっとする。じっと見ていた事に気づいた。
「……はじめ、まして」
声を掛けた瞬間に、ふたたび世界に音が生まれた。それぐらい、彼女に対するインパクトが強かった。
その驚愕が止まらないまま返事をしたが、口が上手く動いていたかは疑問だ……。
そもそも、冒頭のシーンでは、こんな女子生徒に声を掛けるようなシーンは無かったはず。
だが、あくまであれは限定的な視点しか見る事の出来ないゲームであり、やはり現実となってしまった今とは限りなく違うと思う。
このまま、無視して直ぐに前を向いてしまえば、きっと今後も上手くやり過ごせるはず。
そうしてアタシは当初の望み通り、傍観者になれる……はず。
だから、視線を切って前へと向き直った。
けれども――前を向きながら際、チラリと見えてしまった。
しゅんとして、俯いてしまった彼女を。
ゲームの中で見た彼女は、小さい頃から一人で生活をしていて、ひょんな事からこの学園へとやってきて、今までと身分の違いすぎる環境で戸惑いながらも、見た目にそぐわぬ勇ましさを持って必死で生き抜いていき、どのルートでもそこに惹かれて男共は落ちていく。
そんな彼女を一番見てきたのは誰だ?
教師か? 親友か? ルート事の男性諸君か?
いや――アタシたちだ。
今後も、展開によっては必要悪と受け入れなければいけない展開も来るだろう。
そんな時、きっと手を出してしまえば、ゲームと未来が変わり、もしかしたら本当に大変な事になってしまうかもしれない。
だが、今は。今だけは、長年見てきた彼女に、そんな表情をして貰いたくないという気持ちが勝った。
はぁ、と心の中で大きなため息を吐く。
せめてもの抵抗として、ツンとした感じで前を向き、口を開いた。
どうせ、この程度の事なら影響はないはずだ。
「……アタ、いや……私の名前はオリヴィア・メルベリ。この国的な言い方だと、メルベリが先でオリヴィアが後」
粗雑な言い方から、丁寧な話し方に変える。
きょとんとした顔の彼女を横目で見ると、慌てたようにこちらを見る。
「わ、私は――」
そして、その名が語られる。何時も見てきた、彼女の口から。
「――神楽ルカ、です。あの、……よろしくお願いします、メルベリさん」
そうして、ほっとしたような顔をするのだった。
……まぁ、シナリオの展開的にこれぐらいなら問題無いでしょ。
「こちらこそ、よろしく。……同じクラスになれるかは知らないけどね」
「あっ……」
かぁっと赤くなって、そうですね、と彼女は言った。
挨拶しただけで勘違いしちゃったのか、……可愛い!
頬だけだった赤色が、耳の上まで侵食していくのを、ちょっとした穏やかな気持ちで眺めるのだった。
神楽ルカ。
彼女は、この世界の――ゲーム、『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』、通称ユアベスの――メインヒロイン。
そしてアタシは、オリヴィア・メルベリ。
ゲーム上ではしがない名無しのモブである。
最初の数話はともかく、一週間更新ぐらいののんびりペースで投稿します。なお次回は水曜日ぐらいです。
……一週間間隔投稿は、遅い執筆ペースの自分でいけるのだろうかと不安になりつつ頑張ります。