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Cafe Shelly

Cafe Shelly 志あるもの

作者: 日向ひなた

 もういい加減飽き飽きした。どうしてみんなわかってくれないんだ?私はとにかく地域のためにと思って動いているのに。またみんな私を白い目で見る。

「秋山さん、そんなに頑張らなくても」

 同僚だけでなく、後輩までもがそんな目で私を見ている。私は自分の立てた目標に向かって動いているだけなのに。まるで「余計なことをするな」と言わんばかりの声だ。これからどうしたものか…。

 この空気が嫌で、今日もまた公園のベンチで一人で昼食をとる。

「あ、秋山さん。この前はありがとうございました。おかげで良い人と巡り会えましたよ」

 声をかけてきたのは酒屋のご主人。このご主人だけでなく、個人店主の方々と大手メーカーをつなぐ懇親会を先日行い大盛況だった。このご主人は地元にある鉄鋼会社の専務と知り合いになり、今後はここで行われる各種イベントで飲料を取引してもらえるようになったそうだ。

 ニコニコ顔で私に報告するご主人。そうなんだ、私はこんな顔を見たくて今の仕事をやっているのだ。なのにどうして周りのみんなはわかってくれないんだ?

 商工会の秋山さん。地域の人達は私のことをそう気軽に呼んでくれる。私は商工会の指導員として、地域密着を目指している。

 そもそも商工会というのはそういうもののはずだ。地域に密着し、商店などの店主とコミュニケーションを取りながら、望むところまで連れて行く。必要とあればいろいろと企画を立て、経営者に必要な学びの場を提供していく。そのためにも、こうやって街の人たちと触れ合うことが大事なはずだ。

 だが実際にはどうだろう。一部の経営指導員は、商工会に訪れた人だけを対象に相談に乗ればいいという考えを持っている。そのほうが実績としてカウントしやすいし、こちらが出向かなくていいので楽な立場である。

 また別の指導員は、青年部などとのつながりはしっかり持っているが、それも後方支援ばかりで積極的な動きはとっていない。また、情報を知らない店主たちを相手にしようとしていない。

「まだあそこは遅れてるからなぁ」

と、平気な口を開く。

 いろんな有益な情報を知らないのは当たり前だ。そういった店主ほど、忙しくてパソコンなどを開いている暇がないのだから。下手するとパソコンすら持っていないところもあるほどだ。

 だから私はそんなだれた雰囲気の商工会の中にはいたくない。なんとかしてこの雰囲気を変えていきたいと思って行動すると、そこまでしなくてもと言われる。

「秋山、お前もうちょっとみんなと足並みを揃えろよ。和を乱すようなことをしてもらっては困るんだがなぁ」

 うちの商工会の所長までこんなことを言い出す始末だ。

 私は和を乱しているつもりはない。ただ、会員さんのためを思っていろいろな企画を立て、勉強できる場や情報を与えられる場をつくっているだけなのに。聞けば、私一人で予算を食いつぶしているという。そこの考え方もおかしい。

 私は予算内の範囲でイベントなどの企画を立てている。単に他のメンバーが何も企画を立てないから、私が使っているだけなのだ。予算をオーバーしたことはない。なのに、私だけが使っているという印象を持たれている。私は自分の目標に沿って一年間の事業を行なっているに過ぎないのに。

 目標管理制度というものを取り入れてから、私はまじめにそれに取り組んできた。年々自分のハードルを上げて、それに向かって活動をしている。なのに、それは形だけ。評価はあいまいで、年に二回所長との面談はあるが、ほとんど雑談に終始して適正な評価を受けているとは思えない。

「私がおかしいのか、それともみんながおかしいのか。わからなくなってきたな」

 そんな考えが頭の中をグルグル回ってる。そんな思いで今日も時間を見つけては街にであるき、いろんな人の声を聞いて歩く。

 そういえば久々にあそこに行ってみるか。そう思って足を運んだのは、大野屋という昔からある駄菓子のお店。ここのおばあちゃんと奥さん、なかなかの天然ボケでおもしろいんだよな。

「こんにちはー」

「おうおう、商工会の秋山さんじゃな」

「おばあちゃん、元気でしたか?」

「そんなもん、見ればわかるじゃろう」

 そう言って、ニカっと笑う大野屋のおばあちゃん。

「あらあら、商工会の秋山さんね」

 そう言いながら、ここの奥さんが顔をのぞかせる。この奥さん、マイペースというかスローペースというか。とにかくのんびりした人だ。ここに来ると、時間がなんだかゆったりと流れるような気持ちになる。

「最近はどうですか?」

「どうと言われても何がどうかわからんじゃろう。ものごとはもっと的確に質問せんといかんぞ」

 うっ、確かにおばあちゃんの言うとおりだ。今まで何気なくそういった質問を投げかけてきたが、確かに何について答えればいいか迷うことがあるな。

「おばあちゃん、羽賀さんからレクチャーを受けたからってすぐそうやって人に使うんだから」

 奥さんがそう言ってフォローしてくれた。

「いやぁ、おばあちゃん冴えてますね。ところで、その羽賀さんって?」

 私がそう言ったときに、一人のお客さんが現れた。

「こんにちはー。あら、今日は先客がいらっしゃったんですね」

 振り向くとそこには、自転車のヘルメットをかかえた長身の男性が立っていた。一見するとビジネスマンぽいが、ジャケットにチノパンでノーネクタイというラフなスタイル。だがどことなくビシッとした雰囲気が漂ってくる。

「おうおう、今お前さんの話しをしとったとこじゃ」

 おばあちゃんのその言葉でわかった。この人が羽賀さんなのか。

「えーっ、ボクの話ですか。また変なことを言ってるんじゃないでしょうね。これ、もらいますよ」

 そう言って羽賀さんはイカ串をとってお金を渡した。

「羽賀さん、紹介しますね。こちら、商工会の秋山さん」

「初めまして、秋山と申します」

 私はあわてて名刺を取り出し挨拶をした。すると羽賀さんは先程までのラフな形から一転。急にビジネスマンとしての態度で私と名刺交換。この人、できるな。今まで何人も名刺交換をしてきたが、こんなに丁寧で印象に残る人は初めてだ。

 羽賀さんの名刺をあらためて見る。

「コーチング…あ、ひょっとしてあの羽賀さんですか!」

 聞いたことがある。今までコーチングでいろんな人達の悩みを解決してきた人がいるということを。また、研修やセミナーも人気が高くて、多くの人が頼りにしているらしい。私としてはちょっと雲の上の人って感じがしていた。その人が今、目の前で、しかも駄菓子のイカ串をほおばっているなんて。

「あはは、ボクがどんなふうに見られているかは知らないけれど。初めまして、羽賀純一です」

「あ、あの、初対面でいきなりこんなことをお願いするのはなんなのですが。ぜひ一度、商工会が開催する事業で商店会のみなさんに刺激を与えてはいただけないでしょうか?」

 私は何を言っているのだろう?でも、口から言葉が勝手に出てきた。

「へぇ、今何か面白い事業あるんですか?」

「いえ、これから企画を立てないといけないんですけど」

「だったら、ちょっとおもしろいところがあるんですけど。えっと、秋山さん、でしたね」

「はい」

「まだお時間は大丈夫ですか?」

「えぇ、今日は夕方まで外回りをしようと思っていましたから。でも、こういった活動はなかなか受け入れてもらえなくて…」

 思わず愚痴がポロリと出てきてしまった。

「秋山さんって、なんか他の人と違うって感じがしますね」

 他の人とは違う。私にとってはある意味最高の褒め言葉かもしれない。

 うすうすは感づいていた。私は他のメンバーとは考え方が違うということを。これが地域活性化につながれば。私はその一心でここまでやってきた。それが正しいのか間違っているのかはわからない。しかし、これが私の考える道であり、私が進む道でもある。その志は変わることはない。

「じゃぁ行きましょうか。ここからそんなに遠くないですから」

 そう言って羽賀さんは自転車を押していくことに。私は少し離れたところに車を停めてはいるのだが、羽賀さんと一緒に歩いていくことにした。

「この通りにあるんですけどね」

 羽賀さんに案内されたところ。ここは私もときどき訪れる。

 パステル色のタイルで敷き詰められた道路。道幅は車一台が通る程度。道の両側にはレンガでできた花壇がある。そしてそこにはところ狭しといろんなお店が並んでいる。

「ここの二階なんですけどね。カフェ・シェリーっていう喫茶店なんですよ」

「へぇ、ここの通りのお店はいくつかは知っていましたが、こんな二階に喫茶店があったのは気づかなかったですよ」

「えぇ、隠れ家みたいでいいでしょ。でも、知る人ぞ知る名店なんですよ」

 私は羽賀さんの後ろについて、カフェ・シェリーにつながる階段を上がる。

カラン・コロン・カラン

 ドアを開くと心地よいカウベルの音。それと共に漂ってくるコーヒーの香り。さらにクッキーの甘い香りもミックスされて、なんだか心地よい空間を感じることができた。

「いらっしゃいませ。あ、羽賀さん」

「マイちゃん、こんにちは」

「羽賀さん、いらっしゃいませ」

「マスター、今日はお客さんを連れてきたよ」

 羽賀さんはここの顔なじみのようだ。私と羽賀さんはお店の真ん中にある三人がけの丸テーブルの席についた。そこであらためて店内を見回す。

 窓際には半円型の四人がけのテーブルがあり、カウンターには四席。十人も入れば満席のお店だな。店内は白と茶色で落ち着いた色彩。ジャズが流れて、ちょっと大人の雰囲気も漂わせている。

「なんだか落ち着きますね」

 これが私の印象だ。

「ここ、いいでしょう。そして一番の目玉は、魔法のコーヒーシェリー・ブレンドなんですよ」

「魔法のコーヒー?」

「はい、百聞は一見にしかず。まずは飲んでみてください。マイちゃん、シェリー・ブレンド二つ」

「かしこまりました」

 マイちゃんと呼ばれた若い女性店員は、にこやかに注文をうけた。

 魔法のコーヒーという言葉に、私は少し胸を踊らせた。羽賀さんは相変わらずにこやかな顔をしている。その羽賀さんからこんな質問を受けた。

「秋山さんは何のために今お仕事をされているのですか?」

 何のために。これはさっきも思ったことだ。今度はその思いを素直に羽賀さんに伝えた。

「私は地域の活性化を行いたいんです。御存知の通り、今はどの企業や商店もなかなか物が売れずに困っています。また商店街も人通りが少なくなって。これをなんとかしたいんです。ですから、いろいろな企画を立てて活性化につながれば。そう思っています」

「なるほど、地域の活性化ですね。ではそうなったときに秋山さんってどうなっていると思いますか?」

 地域が活性化したときに、私がどうなっているのか。そんなこと考えたことがなかった。私はただひたすらに、ここで生活するみんなが喜んでもらえれば。それしか頭にはなかった。

「いやぁ、考えたこともなかったですね。私がどうなっているか、なんて」

「じゃぁちょっと質問を変えましょう。この地域が秋山さんが目指す姿で活性化していたら。秋山さんってどんな気持ちになっていますか?」

「そりゃぁうれしいに決まっていますよ」

「当然うれしい、ですね。じゃぁどんな表情で街の人たちの触れ合っていますか?」

「そうですね。みんなが活性化している姿を見てニコニコ顔になっていますよ。うん、それいいですね」

 私は何年後かわからないが、地域が活性化している姿を眺めている自分の姿をイメージしてみた。

「じゃぁ、そのために何をしなければいけないのか。そこをシェリー・ブレンドの助けを借りて明確にしてみましょうか」

「シェリー・ブレンドの助けを借りて?」

 まだわけがわからない。どうしてコーヒーが私を助けてくれるのだろうか?

「おまたせしました」

 ちょうどいいタイミングでマイさんがシェリー・ブレンドを運んできてくれた。テーブルの上は一気に香りが際立つ。それだけで心地よさがさらに強くなってきた。

「じゃぁ、いただきます」

 私は早速このシェリー・ブレンドに口をつける。

 うまい。私はいろいろなコーヒーを飲んできたが、これはその中でもトップレベルになるだろう。だがそれだけでは終わらなかった。その後に強烈に私をある感覚が襲った。

「オーッ!」

 まるで運動会の騎馬戦が始まるときの、威勢のよさ。その中でも特にリーダーが先陣を切って勢い良く前に進む。そんな感覚だ。

「な、なんなんだ、これ」

 私は頭の中で急に描かれたその感覚に戸惑いを覚えた。だが、悪いものではない。逆にこれなんだということに気付かされた。そう、勢いのあるリーダーをもっと育てなければ。そうしないと街の活性化にはつながらない。

「いかがでしたか?」

 羽賀さんの声で我に返った。

「え、えぇ。とてもおいしいコーヒーでした」

 戸惑いながらもそう答える。だが羽賀さんは私の頭の中を見透かしたかのようにこんな質問を投げてきた。

「秋山さん、それだけではないでしょう。何か特別な味がしたか、頭の中で何かがイメージできたのではないですか?」

「おっしゃるとおりです」

 そこで私は今感じたことを正直に話してみた。

「なるほど。つまり秋山さんは街の活性化のためにはリーダーを育てていく。そういうことがしてみたかったのですね」

「えぇ、そうなります。今までは講演会や勉強会という形で、多くの人に情報を提供することしか考えていませんでしたが。もっと対象者を絞り込んでもいいかもしれませんね」

「私もそれは賛成です。広く浅くよりも、狭くても深い学びを。それが突破口となる可能性が高いですから」

「そうですね。貴重なアドバイスありがとうございます」

「私はアドバイスなんかしていませんよ。秋山さんが言ったことを言葉を変えて伝え直しただけです」

 言われてみるとそうかもしれない。だが、おかげでより納得感が強くなってきた。

「リーダーを育てて、それからどうするんですか?」

 羽賀さんの質問で、私は以前から頭の中に漠然とあった構想を口にしてみた。

「まずは各地域のリーダーを育てます。その中で地域間交流を行い、その連携を強くしていきたいですね。まだリーダーを育てただけでは点の世界ですが、そこを結ぶことで線になります。さらにその結びつきを活用していくことで、面の世界で事業を推進できるんじゃないかと」

 すると羽賀さんは紙を取り出して私の言っていることを書きだし始めた。だがその書き方は独特。私を中心として、そこから枝葉が伸びるように単語が連なっていく。

「それ、マインドマップですよね」

「えぇ、この書き方の方が発展しやすいですからね。面になって、それからどうするのですか?」

 羽賀さんがそう言ってくれるので、私はマインドマップを見ながらさらに発言を続けた。

 面の動きから、販路を拡大しこの地域の特産品や製品をさらに広く売っていく。農商工連携も必要だ。いやそれだけじゃない。

「何か新しいものをつくりださないと」

 私の頭に、ふとそんなことが思い浮かんだ。

「新しいもの、とは?」

「そうですね。新しい商売の仕組みや新商品、こういったことを創りだすようなことをしないと。でも…」

「でも?」

「そういう意欲が商店のみなさんから感じられないんですよね」

「感じられない、ですか。ではどうしますか?」

 どうするといっても、こっちが聞きたいくらいだ。しばらく考えこんだが、何も思い浮かばない。

 すると、私たちの様子を見ていたマスターがこんなことを言ってきた。

「もう一度、シェリー・ブレンドを飲んでみてください。何か思いつくかもしれませんよ」

 どうしてコーヒーを飲むと思いつくのか? そういえばこれ、魔法のコーヒーと言っていたけど。どういうことなんだ? そう思いながらも私はコーヒーに手を伸ばした。そして口に入れた途端、さっきとは違う衝撃が私を襲った。

「知ればいい」

 とっさに思い浮かんだ単語がこれだ。

 頭の中で一瞬思い浮かんだ映像、それは学校。そこで知らない人が学びを得ている。

「やはりセミナーを開かないと。リーダークラスの教育と、新しいものを創りだすようなセミナー。そんなものを企画しないといけないな」

「だいぶやるべきことが見えてきたみたいですね」

「えぇ、おかげさまで。でも、どうしてこのコーヒーを飲むとこんな発想が生まれてくるんですか?」

「その理由はマスターに説明してもらいましょう」

 私達の視線は、カウンターにいるマスターに注がれた。

「羽賀さん、なんか照れるじゃないですか」

 そう言いながらマスターが解説を始めた。

「コーヒーというのは薬膳の役割も持っているの、ご存知でしょうか?」

「あ、それは聞いたことがあります。コーヒーを飲むと眠れなくなるって一般的に言いますが、それは眠りたくない人にとってはそう作用する。逆に眠りたい人には睡眠を促してくれる作用もある、というのを聞いたことがありますよ。他にもその人に合わせた効果を促進するらしいですね」

「秋山さん、よくご存知で。シェリー・ブレンドはその効果がとても高いのです。つまり、その人が今欲しいと思っている味がするのです」

「今欲しいと思っている味?」

「えぇ、そして人によってはそれが映像として頭に浮かんでくることもあります」

「なるほど、それで私がこのコーヒーを飲むと、欲しがっている答えが頭の中でひらめいたのですね。いやいや、これは確かに魔法のコーヒーだ」

 まさか、そんなことは。説明を聞いてそう思ったが、実際に私自身にそれが起きているのだから間違いない。ならばそれを素直に受け止めよう。

 となると、私に今課せられているのはリーダーを育成し、新しい発想を生み出すような教育を、商工会の会員メンバーに行うことである。

「だったら、やはり経営革新をもっと多くの企業にとってもらわないと…」

 私は以前から頭の中にある構想を口にした。

「経営革新?」

 マスターの言葉に先に反応したのは羽賀さんであった。

「県の承認事業のことですね」

「はい。知事の承認がとれた事業として認証されると、融資や税金などの面で優遇されます。しかし、これはその名の通り新しい事業でなくてはいけません。といっても、他の県ですでに行なっていても県内初とかだったらその承認を取ることは可能です」

「じゃぁ、そういったのをどんどん取らせるような教育をするってことですか?」

「えぇ、実はその事業は毎年行なっているのですが。これが点で終わっているんです」

「点でって、どういうことですか?」

 マスターが興味深そうにさらに聞いてくる。

「つまり、個々の会社でこれを取るだけで、それが地域一体のものに繋がらないんです」

「なるほど、それで点なわけですね」

「はい。私の考えは、この点を結んで線にすること。さらにこの線を結んで面にすること。これにより地域一体となって新しい何かを作り出すことができるんじゃないかと思うんです。地域といっても、このあたりだけのことじゃありません。地域と地域を結んで、ひいては日本中が元気になること。これが私の望む地域づくり社会なんです。なのに…」

「なのに?」

「私のところの商工会のスタッフは、経営革新の数をたくさん出すことに夢中で。だから発展性がないんだって、何度も訴えているのですが」

「その必要性を感じてくれない、ということですね」

「はい。それどころか、そんな余計なことをと言われる始末ですし。今までのやり方じゃダメだって、私は思うんです」

「点を線に、そして面にか。イメージはなんとなく湧いてきますけど、具体的にはどうするのかがなかなか見えてこないなぁ」

 マスターのその言葉は実は私も同じ思いなのだ。どうやったらこの点が線になるのだろうか。やはり線を結ぶリーダーの存在が必要不可欠なのか。

 そのとき、羽賀さんがにこやかな顔でこんなことを言ってきた。

「あはは、秋山さん、今点になっていますね」

「えっ、どういうことですか?」

「文字通り、秋山さん自身が点の状態で行動しようとしているってことです。秋山さん、商工会の中で一人ぼっちだと考えていませんか?」

「まぁ、実質一人ぼっちのようなものだとは思っていますが」

「仮に、今所属している商工会で一人ぼっちだとしても、県内に目を移すとどうですか? さらに、全国に目を移せば」

 羽賀さんのこの言葉は衝撃的だった。今までそんなことすら考えていなかった。そうか、もっと自分の視野を広げれば、似たような志を持った人たちがいるはずだ。そういう人達と手を組めば、きっと何かが変わるかもしれない。

 羽賀さんはさらにこんなことを言ってくれた。

「それでもまだ線にしかなりませんよ。商工会以外に、他の業界メンバーに目を移すといかがですか? 同じように地域を活性化したい人たちや団体がいるはずですよ」

 この言葉で、私の頭の中では面になったイメージが膨らんだ。

 そうか、そうだよ。私は今まで、誰もしないから自分がしないといけないと思い込んでいた。けれど、自分一人でやることにも限界がある。そもそも、自分一人でやる必要なんかないんだ。出来る人と手を組んで、業界をまたいで行動をしないと。

「なんだかウズウズしてきました。帰って早速企画書を書いてみます。よぉし、点から線、線から面の行動を起こすぞ。羽賀さん、また相談に乗っていただけますか?」

「えぇ、お安い御用ですよ」

「そのときは仕事として羽賀さんにコーチングでご指導をいただくようなものを考えますので。よろしくお願いします」

 私はそう言って飛び出すようにカフェ・シェリーを後にした。この意欲が、このアイデアがまだ自分の中で燃えているうちに形にしないと。周りから何と言われようと、これは絶対に実現させてみせるぞ。

 この日、私は商工会に戻るとすぐに企画書の作成に取り掛かった。家に帰ってもこのことで頭がいっぱい。おかげで夜中の一時までかかって企画書を作成してしまった。

 翌日、私は早速この企画書を所長に提出。所長はまたかという顔で私から企画書を受け取り目を通した。だが私の自信満々な目と勢いに押されたのか、いつもとは見る目が異なったようだ。

「これを行えば、この地域だけではなく全国的につながっていく。秋山、そういうことか?」

「はい。もちろん、一回や二回やっただけでは無理だと思います。継続した事業として実施することで可能ではないかと考えます」

 所長の目が変わった。どうやら「全国的につながる」というところがヒットしたようだ。

 実はこれは後から聞いた話なのだが。ちょうどそのときに県の商工会から補助金を活用した企画の応募が出ていたとか。これは全国的な規模で行われている事業らしい。所長もそろそろこういった大型の事業で本格的な実績を出さないと、と焦っていたところだったらしい。

「秋山、この進行はお前に任せる。頼んだぞ」

「はい、わかりました」

 初めてじゃないだろうか、所長からこんな言葉をもらったのは。だがこの事業は一人ではできない。うちの商工会メンバーを巻き込んで行わないと。

 私はこの企画書の説明会を時間を割いて開かせてもらった。だが最初はみんなちょっとイヤイヤ的な態度を見せていた。が、実はそうなるのは計算済み。私はそれぞれのメンバーが持っている目標管理制度で掲げた目標を把握している。

 これ、実は全メンバーのものがちゃんと見れるようになっているのだ。だが、だれも他の人のを知ろうとしないだけで。そこで私はなるべく全メンバーの目標がこの事業の中に盛り込まれるように仕組んだのだ。目標が達成できれば査定も上がる。ちょっと餌をぶら下げてみたわけだ。

「なるほど、そうなると経営革新の件数も増えるかもしれないな」

「そうか、これだったら相談の件数も回数も向上するぞ」

 などなど、口々に自分が目標としている項目を語りだした。どうやら撒いた餌が効いてきたようだ。今はバラバラな思いでも、一つのことをやることには変わりない。

「それじゃぁ、この企画に皆さん協力していただけますか?」

 結果的には了解をもらうことができた。よし、ここからがスタートだぞ。

 今から各地区の各組織のリーダー格を集めた説明会とミーティングを開催。このとき、羽賀さんにちょっと相談したら

「ボクの仲間にファシリテーターをやっている人がいるから。堀さんっていうんだけど、彼女に任せたらおもしろいワークショップになると思うよ」

とアドバイスをいただいた。私は早速堀さんに連絡を取り、ワークショップの依頼をした。

「羽賀くんの紹介なら断れないわね。大丈夫、まかせて」

 シャキシャキとした女性で、なんだか安心できそうだ。

 そしてリーダー格を集めたワークショップを開催。これが大評判で、今までにない盛り上がりを見せた。ただ盛り上がっただけではなく、地域が抱える課題が見えてきた。その中でも一番の課題はこれだった。

「各地区、各グループの横の繋がりがない」

 まさに私が懸念し、そして取り組もうとしていたことではないか。この会に参加したメンバーの多くがこのことについて考えていたのか。しかし、どうやったら横の繋がりができるのだろうか。堀さんはこのことについても参加メンバーから答えを出してもらうよう促してくれた。

「何か一つのことをみんなで取り組めるようなプロジェクトをつくるっていうのは?」

「じゃぁ、イベントをやろうか」

「イベントだと一過性のものになるから、商品づくりとかは?」

「それだと業種が偏ってしまうのでは?」

 今までこれについては、商工会におんぶにだっこだった感があった。が、今回はみんなが自分の問題だという事に気づき、そして自分でその答えを出そうとしてくれている。これはファシリテーターをやってくれている堀さんがうまく促してくれたおかげでもある。

 そうだよ、各地区のリーダーにはこういった会議の手法も学んでもらわないと。頭の中ではまた一つ、講座の案ができあがってきた。

 今回のワークショップで出された結果としては、商品開発とイベント、そしてその後の継続した販売につながるための企画が提案された。それがこれである。

『食と環境を地場産業でつなぐ』

 最近はB級グルメが流行りだが、それに匹敵するような食の文化を新しく創造すると共に、それを製造する機械なども特産品にしてしまおうというもの。さらに今はエコの時代。ここもうまく絡めて、地球環境から全国規模のイベントへ発展できるようなしくみを考えていこうというのだ。そして、これらを地場産業だけでまかなってみようというチャレンジ。

 タイトルだけは決まったが、まだ中身がないのが実情。しかし、これは不可能ではないことを実感している。なぜなら、それなりのことができる人や企業、組織がそこにいるのだから。あとはこれらをどうつないでいくのか。点を線にする段階がまず必要だ。

「なるほど、そんな結果になったのですね」

 ワークショップの翌日、私は羽賀さんを訪ねてみた。すると、羽賀さんはカフェ・シェリーで会いましょうと提案。そして今、私はカフェ・シェリーにいる。今日はお客さんが少し多くて、私と羽賀さんはカウンターの席に腰掛けている。

「となると、問題はこれからですね」

「はい、構想はできてもそこにたどり着くにはどうすればいいのか。ここが難問です。せっかく高まっている士気を萎えさせたくないし」

「士気を萎えさせたくない、か。じゃぁどうしましょうか?」

「そうくると思っていましたよ。だからこそ、カフェ・シェリーだったんでしょ?」

「ははは、読まれてましたね。マスター」

「はい、わかっていますよ。シェリー・ブレンドですね」

「さすがマスター」

 羽賀さんとマスター、かなり息が合っているな。こういう状況を街全体に広げることができれば。街そのものが阿吽の呼吸で動けるようになれば。そんなことをシェリー・ブレンドができるまで頭の中で描いていた。

「はい、お待たせしました」

 カウンター越しにマスターがシェリー・ブレンドを渡してくれた。私は早速そのカップを手にした。が、マイさんがその手を止めた。

「秋山さん、どうせならこのクッキーも一緒に口にいれてみてください」

そう言って渡されたのは普通のクッキーよりも色が白いもの。

「これは?」

「これはとある牧場でとれた牛乳をふんだんに使っているんです。シェリー・ブレンドと合わせると、おもしろい効果があるんですよ。どんな効果なのかは、試してからのお楽しみ♪」

 マイさんのその笑顔には、何やら期待が持てる効果を感じさせてくれる。

「では早速」

 そう言って、私はそのクッキーをひとかじり。

 甘い。そして口の中でとろけるように溶けていく。

 さらにシェリー・ブレンドを口に含む。すると、コーヒーの苦さとクッキーの甘さがグルグルと渦を巻くような感じでブレンドされていく。その味がひとつになったと思った瞬間、前に見たあの映像が再び頭をよぎった。

 騎馬戦のような威勢の良さと、そこから何人かのリーダー格が先陣を切って進んでいく姿だ。このとき、もう一つ私の目に飛び込んできたものがある。それは、その姿を後ろのほうで見守る軍師の姿。三国志に出てくる諸葛孔明のイメージだ。そしてその軍師とは…

「私か」

 思わず口にしてしまった。そうか、こういったリーダーたちをうまく動かすには軍師のような存在が必要。その軍師に私がなれ、ということなのか。

「いかがでした?」

 マイさんの言葉にハッとさせられた。一瞬の間に壮大なスケールの映画を見ていたような気分であった。その映画からようやく意識が舞い戻ってきた。

「なんだかすごいものを見てきた気がします」

 そこで私は今見た光景を話してみた。

「なるほど、秋山さんが軍師になる。そしてリーダーたちを、さらにはその地域の人達を動かす。そういうことなのですね」

「えぇ、でもこれって?」

「うふふ、それが秋山さんが望んでいた答えなのね。実はこの白いクッキーはシェリー・ブレンドと合わせると、食べた人が欲しい答えを明確にするっていう作用があるの。だから秋山さん、自信を持って軍師になってみてくださいね」

 マイさんにそう励まされると、なんだか力が湧いてくる。そうか、軍師か。

「でもそうなると、軍師になるような勉強をしないといけませんね」

「ではどんな勉強をしてみますか?」

 羽賀さんから質問されて、いくつかひらめいた。

「まずはやはりマーケティング的なところでしょう。ドラッカーが流行っていますが、私ももう一度そこを勉強しようかな。他にもリーダーシップ、さらには各地域で行われている成功例とか」

「まだ思いつくものはありますか?」

 まだ思いつくもの、そのときまさに三国志が頭に浮かんだ。

「やっぱり三国志、ですかね。どういうつながりがあるかはわかりませんが。なんだか役に立ちそうです。でも、三国志なんて読むのに疲れそうだな」

「だったらうちにいいのがありますよ。ほら、マンガ版の三国志。これならすぐに読めるんじゃないですか」

「あ、それいいですね。羽賀さん、その本お借りしてもいいですか?」

「えぇ、遠慮なく」

 この日、早速羽賀さんの事務所を経由して三国志のマンガを借りた。一気に全部は多いので五冊ずつ。何しろ全部で六十巻まであるからな。あせらずにいくか。

 他にも羽賀さんのところには沢山の本がならんでいた。

「これも借りていいですか。あ、これも」

 図書館で本を借りるよりも、こっちのほうが面白くて専門的なものがたくさんならんでいる。私はついつい言葉に甘えて、結局三国志以外にも五冊ほど借りてしまった。

 その日から勉強と企画の日々が始まった。どうすれば地域リーダーが育つのか。そしてそのリーダーを動かすことができるのか。

 今まで私は「自分が考えねば」という気持ちが強かった。だが軍師としては「どうやったら考えさせることができるのか」に意識をおかないといけない。そのことがよくわかった。

 私一人の考えよりも、多くの人の考えをいかに集結させるか。そういった仕掛けをたくさんしていかないと。そのためにも、我が商工会職員にファシリテーションやコーチングを学んでもらうことにしよう。今までは会員にばかり目を向けていたが、職員教育も必要だ。その提案を早速所長に行い、了承してもらった。その結果、羽賀さんや堀さんの職員研修が実現された。

 空気が変わった。私にはそう感じられた。

 一見すると今までと変りない仕事の流れ。しかし、職員一人ひとりが何かを持ってそれに取り組んでいる。そういった姿が感じられるようになった。

 その気持が徐々に商工会の会員企業に伝わっていったのだろう。徐々に街が動き始めた。そんな感じを受ける。

 そんな中で私は常に軍師をイメージして、適切なアドバイスができるように日々の勉強を怠らないように心がけた。今では羽賀さんとは時々カフェ・シェリーで会うことを約束し、シェリー・ブレンドで自分がやるべきことを確認しながら前に進むことができた。本だけでなく羽賀さん自身からもいろいろと情報を得ることができている。その見返りというわけではないが、羽賀さんには仕事として地域リーダーの育成やアイデア出しワークショップの仕事をお願いしている。

 会員さんからも、なんだか活気づいてきましたねという声をたくさん聞くようになった。うん、良い感じだ。これが私が望んでいた姿なんだ。

 今までは私は与えることしか考えていなかった。けれど、こうやってみんな自分で考えて事を起こすことはできるんだから。そのためには一つの大きな目的が必要。これも痛感させられた。

 気がつけば、多くの人が「街の活性化」のために動き始めた。商工会の会員のみならず、街全体が一つのことに向けて動き出した。そんな感じがする。

 私はそんな中、常に全体を見渡して次の戦略を立てて動くようになってきた。

「秋山さん、なんだか生き生きしていますね」

 ある日、カフェ・シェリーのマイさんから言われた言葉だ。この喫茶店に通い始めてから、私の心は大きく変化した。ここに来る以前は、不平不満しか口にしていなかった気がする。

 どうしてみんなわかってくれないんだ。

 どうしてみんな動いてくれないんだ。

 だが、自分が目指すべき所がはっきりし、そして何をすればいいのかが見えてきた時から気持ちが変わってきた。

 どうすればみんなわかってくれるんだ。

 どうすればみんな動いてくれるんだ。

 言葉にすればほんのわずかな違い。だが、この違いはとてつもなく大きい。

 どうすれば。今ではこの言葉が私の中で出されると、次に何かが動き始めるチャンスとなった。そして一緒になって街が動き始めた。私はそんな中、今できることをガムシャラに動いてみた。

「秋山さんのおかげです」

 気がつけばそんな声をよく耳にするようになった。私としては嬉しい評価だな。


「そろそろお時間です」

「あ、ありがとう。じゃぁ行くか」

 私はそう言って席を立ち上がった。その席からはフロアが一望できる。

 今日はこれから全体ミーティング。とうとうこの日がやってきたか。

「それでは秋山事務局長からご挨拶をしていただきます」

 私はみんなの拍手に迎えられ、そして事務局長として初めてのあいさつを始めた。

 思い起こせば七年前。コーチの羽賀さんと出合い、カフェ・シェリーで自分の望む未来を明確にしてから私は、そして私の周りは大きく変化した。私の所属している商工会が一丸となって地域おこしに力を入れ。会員企業が一つになってそれに取り組んだ。

 そのおかげでご当地グルメが完成し、B級グルメグランプリにも出場した。結果は惜しいところまでいったのだが、それが逆に地元住民の力となり、次こそはグランプリを取るんだと意気込みを見せた。

 またゆるキャラもできた。今ではその着ぐるみが地元のイベントで引っ張りだこである。

 さらにこのご当地グルメを生産する機械も、全国に飛ぶように売れている。これも地元産業として成功した事例だ。これらは誰か一人が成し得たことではない。みんなで考え、取り組んだ結果生まれたものである。

これらを指揮したということで、私の活動が評価された。

 そのおかげか、どんどん重要なポストに就かせてもらい、気がつけば事務局長という役職にまで昇進することができた。

 しかし、私は現場第一主義。事務局長だからといって、椅子に座って部下に指示を出すだけにはなりたくない。その旨を就任挨拶として行った。職員は私の考えを大きな拍手で受け入れてくれた。

「じゃぁ、早速次のプロジェクトに取りかかるか」

 私は意気揚々と仕事に取り組み始める。これからがまたスタートだ。

 私はこの街が好きだ。そして、この街で生活をしている人が好きだ。なにより、そういう自分が好きだ。この七年間、それをあらためて自覚させてくれた。その思いが今の自分を作ったんだな。

「秋山さん、今日はこれからどちらに?」

 事務局長ともなると、今までのようにふらりと出かけるわけにはいかない。そこがこのポストの弊害ではあるが。だからといってこれは欠かすことはできない。今では私の生活の糧となっているのだから。私は部下にその旨を伝える。

「今からカフェ・シェリーに行ってくるよ」

「わかりました。お気をつけて」

 さぁて、今日はシェリー・ブレンドに何を見せてもらおうか。


<志あるもの 完>

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