第9話 即身仏に似たもの
電車に揺られ、T市の駅に降り立った。
しかし、周りはのどかな田園風景である。市、というより郡や町といった方が説明するには早いかもしれない。
それというのも、元々は村であったが、周囲の市に合併されてT市となった場所だと、彼方たちは後から知ったのだった。
「……駅の周りで、迎えの車があるはずだけど」
彼方がそう言ってきょろきょろすると、ルガリが顔をしかめて辺りを見回し、「あれじゃないか?」と、数キロ離れた場所からこちらにやってくる車を指さした。
「……悪魔って、皆、視力良いの?」
「少なくとも、クロエは両目4.0だ。それにしては、お前と傍多の性別を間違っていたが」
そんな話をしているうちに、車が到着し、中から、作業着を着た男性が一人、降りてきた。
「霊能者の先生ですか?今日はよろしくお願いいたします」
そう、ルガリに握手を求めていたので、彼方は一瞬むっとした顔をしたが、すぐに営業用の笑顔を作り、「『霊能処・無道』の木崎です」と、ルガリに差し伸べられた手に名刺を渡した。
「あ、す、すいませんねえ。こちらが木崎先生でしたか!」
男性の引きつった笑顔からすると、「こっちのガキかよ。本当に大丈夫か?」という感情を読むことができたが、彼方はあくまで貼り付けた笑顔のまま、「今日はよろしくお願いしますね」と答えた。
彼方が助手席に乗ると、ルガリはその体躯を狭そうにしながら後部座席に乗り込んだ。
「それで、先日発見されたという箱ですが、あなたは中身を見ましたか?」
彼方が、そう、男性に話を振る。
「ええと……監督には見るなって言われましたが、それって見ちゃいますよねえ」
「というと、中身は見たと?」
「ええ。なんというか……人のミイラでした。しかも、両手両足が切断された」
彼方は、うむむとうなって眉を寄せる。
「聞いた話を統合すると、即身仏がそれに近いような気がします」
「即身仏ですか?」
「はい。仏教の一部の秘術で、自ら掘られた穴の中に入り、そこに土をかけてもらい、土中で念仏を唱えながら感覚を断ちます。そうして、そこで亡くなり、ミイラ化した後に土を掘り返し、それを寺の秘仏として崇める……というものです」
「うわあ……なんだか怖いですねえ」
「しかし、その場合は、祟りではなく、信仰の対象で、また、信仰に対して命を捧げたということで、呪うことはしません。むしろ、人々を救うために亡くなった人ですし、仏に近い存在ですから、手厚く信仰すれば怖いことは何もないと思います」
しかし、説明しながら彼方も、「これが怖いというのは一般人の普通の感覚なんだろうな」とわかっていた。
仏教でなくとも、信仰のために命を捨てる聖人は沢山いるのだ。なので、霊能関係者の間では、命というものは尊いとわかっているのだが、信仰のためにそれを捨てる者はさらに尊いとされている。
「しかし、手足が切断されているというのは、即身仏にはあまり聞きませんね。どうしてもその箱に収めたい場合は切断することもありますが」
「え、偉い仏様なのに切るんですか?」
「そういうこともあります。仏教の考えとしては、『合理的であれ』という、ある種の哲学的考えですから。できあがった即身仏が、手足が必要ないと感じるのなら、切ってしまっても構わないわけです」
運転席の男性は、「はあ~……」と、感心したような、理解できないというような声をあげた。
「即身仏で終われば良いんですけどね……。本当に呪術用の代物だったら、かなり厄介だと思いますよ……」
――そして、3人を乗せた車は、現場に辿りついた。
「現場監督の大塩です」
「『霊能処・無道』の木崎です」
名刺を交換し、早速「箱」が安置されているという倉庫に通される。
「……うわあ……」
彼方は、思わず声を上げた。11月だというのに、酷く蒸し暑い。それに、その箱周辺に、真っ黒いもやのようなものが見えていた。
「これ、即身仏じゃないですね……。恨みの念が強い。これ、開けて、体調崩された方いらっしゃいますよね?」
「あ、はい。あの~、そんなにやばいものですか?」
「やばいというか……呪物ですね。僕、箱が真っ黒に見えるんですが、大塩さんはどう見えます?」
彼方が話を振ると、大塩は首をかしげた。
「普通に木の色だと思います。何せ、ここのところ雨続きだったので、多少は茶色が濃くなって見えますが」
「じゃあ、これ、全部念ですね。うわあ……」
彼方は、その真っ黒な箱に手を掛けようとしたが、その彼方の手に、違う手が触れる。
「お前は横で見ろ。急に解放すると、人間がこの念を浴びるのはまずい」
大きな手の主は、ルガリだった。彼方も、それはわかっているので、素直にうなずいて、ルガリに任せる。
ルガリが解錠作業をしている間、彼方と大塩はさらに掘り下げる。
「この蒸し暑いのも、箱が来てからですか?」
「そうです。11月で、こんなに暑いってことは今までなかったですよ。あ、私、ここにいていいんでしょうか?」
「ええと、大塩さんは出て頂いても構わないのですが、ちょっと色々と壊しちゃったらすみません」
そんな会話の後、「開けるぞ」と、ルガリが確認を取った。
次の瞬間、真っ黒な霧状の「念」が、ぶわっと辺り一面に広がったのだった。