第5話 髪をいじるのってエロいよね
「あれ?それ、無舵丸じゃないか。2人とも、見せて貰ったの?」
そう言いつつ、彼方が髪をガシガシと乱暴にタオルで拭きながら奥から出てくる。まるで死人のような白い襦袢を着ており、そこには何か独特の色気があった。
「ごめんねー。ってゆーか、元々俺のだけどさ。って、彼方!風邪引くから髪は乾かして来いって何度も言ってるだろ!」
と、無舵が叱りつける。が、彼方は「はーい」と言って、奥に引っ込んでいった。
すると、ルガリが動く。
「俺が面倒見てきます」
そう言って、彼方の去った方へと姿を消した。
「……お兄さん、なんか怒ってる?俺、変なこと言ったかな?」
と、無舵が言うと、クロエは、
「そんなことないです。いつものお兄ちゃんです」
と答えた。無舵は、今まで偉そうにふんぞり返っていたのを、急に机に突っ伏して「良かった~~~!!」とわめいてみせた。
「あの人、君のお兄さんだよね?変な威圧感あって怖かった~!いや、俺、こんなカッコしてるけど、超小心者なんだよ!」
そう、突っ伏したまま言うので、クロエは困って、「あの、傍多はいつ来るんでしょうか……?」と問う。
「あの子は、彼方と違って、授業も部活もあるからね。来るのは休みの日くらいかな。……ところで、その髪、地毛?俺も染めたことあるんだけど、リタッチが面倒すぎて止めたんだよね。妹ちゃんはロシアかどっかの生まれかな?」
「はあ……」
クロエは、「この人、結構話長いな」と思いながら、延々と聞く側に徹していた。
――
奥のみそぎ場……というか、風呂場の脱衣所で、彼方は丁寧に髪の水気を切られていた。
「……あの。髪を乾かすくらい、自分でできるから……」
「心配するな。これでも、クロエの髪を保持しているのは俺だ」
そう言われ、彼方も、返す言葉がない。確かに、クロエの腰まであるストレートロングの髪は、天使の輪ができるほどつやつやに整えられていたからだ。悪魔なのに。
「……お前、シャンプーしか使ってないだろう?面倒でもトリートメントも使え」
「……みそぎだから、ただの水で濡らしただけだよ」
「水だと!?」
何故か、悪魔であるはずのルガリは、そう聞いて、ドライヤーを手に取る。
「水だけとは、髪にも肌にも悪い!人間はデリケートな体を持ってるんだからな。お前は俺のものなんだから、ちゃんと体のメンテナンスはしておけ」
「……はあ」
ドライヤーが、ウオンと、うなり始めた。そのまま、ルガリは彼方の髪を、丁寧に乾かしていく。
……しばらく会話が途切れたが、急に、彼方が後ろを振り向いた。
「いやいや!ってか、僕は君のものになったつもりないんだけど!?」
「……反応が遅い」
そう返され、彼方はルガリの両手で側頭部を押さえられ、強制的に前を向かされた。
強制的に髪を整えられた後、彼方の耳元で、ルガリがささやいた。
「俺はお前のものだが、お前も俺のものだ。それをしっかり覚えておけ」
そして、だめ押しに、耳元でチュッとリップ音がした。彼方が急いで振り返ると、ルガリはドライヤーのコードをくるくるとまとめているところだった。
まったく、その顔は照れも何も感じられない。
「……ホント、最悪な悪魔だな……」
彼方は、そう言って、突っ伏したくなる気持ちを抑えていた。
――
彼方とルガリが戻ると、クロエがうんざりした顔で振り返った。
「この仏像は、ビルマから輸入した本物の舎利が入っててさ、なかなか良いんだよこれが!このふくよかな顔を見て!」
……どうやら、無舵のコレクション自慢を延々と聞かされていたらしい。
「無舵さん。俺も、ここで雇ってくれませんか?」
急に。急に、ルガリがそう言い出す。
「お兄ちゃん、何言ってるの……。ここ、相当胡散臭いよ?」
クロエはそう反対するが、ルガリは、
「傍多がいない時にでも、彼方のサポート役でやらせてください。それに……」
と、あまりの衝撃に、絶句している彼方をちらりと見やる。
「俺は、彼方の婚約者ですから」
…………。
そりゃ沈黙もするよね、ということで、空気がぴしりと凍った。
「え?え?あれ?彼方君がルガリさんの婚約者?え?変だよね?なんか変だよね?あははーはーはー!面白いなあ、お兄さんは!これギャグだよね?」
無舵は、理解が追いついていないのと、「ルガリの渾身のギャグ」と受け止めて、作り笑いを始める。
「ちなみに、私は傍多の婚約者よ!」
…………。
沈黙が重い。
「え?君のお兄さんが、彼方と婚約してて?妹さんが、傍多と婚約してるってこと?え?こんな相談、無舵初めて!」
と、無舵はおろおろしだした。
そして、しばらく考えた後、出した結論は、
「うん、色んなご家庭の事情があるからな!!」
であった。
そういう彼方はというと、「何言ってんだこのバカ悪魔たち」と、次から無舵にどう言い訳をしようかと考えていた。