第7話 お尻叩き
傍多は、クロエの耳元でそうささやくと、ぱっと体を離した。
クロエは、不思議そうに、傍多の行動を注視する。
「ん」
傍多は、そう言って、ベッドに腰掛け、自分の膝の上をぽんぽんと叩いた。クロエは、飼い主に呼ばれた犬のように、ぱあっと顔を輝かせて、その膝の上に傍多をまたぐようにして乗る。
しかし、傍多は、残念そうに「違うわ」と言った。
「?何が違うの?これじゃないの?」
「そうよ。私はね、節操がないように見えて、一度も好きな子以外に唇を許したことはないの。でも、クロエは違ったのね。だから、お仕置きが必要だなって思うのよ」
「……?膝の上と、お仕置きが関係あるの?」
「大ありよ」
そう言うと、傍多は、一呼吸置く。
「膝の上に、お尻を突き出しなさい。クロエ」
クロエは、途端に顔を真っ赤に紅潮させて、それから、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりを繰り返す。
「お、お、お尻って……そんなの、突き出してどうするのよぉ……」
「決まってるじゃないの。お尻を叩くのよ。お仕置き……というか、躾、かしら。もう二度と誰にも唇を許さないように、こういうことはしっかりやっておくべきだと、私は思うのよ」
「キスされてないって言ってるでしょ-!?って、きゃあっ!!」
身長170cmで、陸上部で鍛えている傍多は、華奢な体型のクロエを持ち上げることなど容易だった。クロエは、傍多の膝の上に腹ばいになるようにして、お尻を空中に突きだした格好にさせられる。
「止めて止めて-!本当に、本当にキスなんてしてないのよ!?どうして信じてくれないの!?」
「クロエに隙があるから、そうなるのよ。じゃあ、10回。10回で、今日は終わりにしてあげる」
「今日はって、なによお……。うう……」
クロエは、早速泣きそうになりながらも、羞恥と未知の恐怖に耐える。「お尻を叩かれる」など、兄であるルガリにもされたことがなかった。
「じゅーう!」
パシン、と、クロエの肉付きの薄い尻に、傍多の手のひらが打ち付けられる。
クロエは、「ひぎゃっ!」と、悲鳴を上げて、痛みに耐えた。
「きゅーう!はーち!なーな!」
カウントと共に、次々と平手が襲いかかった。
クロエだって、元は悪魔である。悪魔同士は好戦的で、試し合いとして、刀傷などを負うことも多かった。
だが、あくまでそれは、悪魔同士のマウントや、腕試しといった、色気も何もない状況下での話である。
傍多に尻を叩かれる、という行為は、クロエにとって屈辱と、それと同時に、支配されることによる被虐的な体の悦びを覚えていた。
「ろーく!あと半分よ。頑張って」
半分まできたところで、傍多は、柔らかく、クロエの尻を撫でる。パジャマの上からではあるが、クロエの尻は、既に熱を持ってじんじんと痛みを感じ始めていた。
「ごーお!よーん!さーん!」
パン、パンと、肉を打つ乾いた音がする。クロエは、目に一杯に涙を溜めて、傍多を見上げた。
「傍多……もう、もう良いでしょ?ここまで頑張ったんだから……ひぐっ!」
「まだよ。にーい!」
パシン、と、クロエの尻が鳴った。クロエは、「あと1回……!」と思いつつも、うっかり尻に力を入れてしまう。
「いーち!」
しかし、尻に力を入れたのは、逆効果だった。クロエの薄付きの尻の筋肉は、ただ叩かれるよりも、痛さの強みが増す。クロエは、慌てて尻から力を抜いた。
「ぜーろ!……はい、おしまい。頑張ったわね、クロエ」
「ぜ、ゼロまでカウントするなんて聞いてないわよ!ひぐっ……」
クロエは、喉の奥でしゃくりあげる。恥ずかしくて、悔しくて、悲しくて……そして、快感だった。
その、快感が、クロエを追い詰める要因にもなる。
「お尻、見せてごらんなさい?ちゃんと、パジャマの下を脱いで。ショーツも脱いで」
クロエは、ぼろぼろと涙をこぼしながらも、傍多の言葉に従った。真っ赤になったお尻を、傍多の前に突き出す。
「そうよ。これくらいがちょうど良いわね。よくできました、クロエちゃん」
「う、う、う……何よ……何よ何よ何よ!!傍多の馬鹿!!私の話も聞かないで!!」
クロエは、そう叫んで、手元にあった500ml入りのミネラルウォーターのペットボトルを、傍多に向かって投げつける。
「ちょっと、クロエ。またお仕置きして欲しいの?」
「傍多なんか大嫌いなんだから!!なーにが、『好きな人以外に唇を許さない』……よ!!そもそも、傍多が取り巻きの言うとおりにしてなければ、私はあんな目に遭わずに済んだんじゃないの!!」
次に、枕。次に、使っていたドライヤー、と、クロエの投げる物の激しさは凶器度を増していく。
「傍多なんか大嫌い!!大嫌いなんだから!!」
クロエは、最終的に、ホテルの備え付けの木製の椅子まで自分の頭の上に掲げた。そのまま、投げつけようとしたところで、傍多に「もう、いい加減にしなさい」と止められた。
「――っ!傍多は、私のことなんてどうでもいいんだわ!!もう知らない!!」
クロエは、そう言って、自分のベッドに潜り込んで、布団を被った。
傍多は、本気で、自分のしたことの重要性がわかってはいないようだった。




