第5話 粉屋の娘
「あ、チェーンも買ってくれたの?付けて?傍多」
そう、小袋の中身を手のひらに出しながら、クロエは言った。
「……クロエは怒るかと思った」
「なんで??私が……だから?私、別に気にしないわよ?だって、神とか言われても、実際にいるかどうかわかんないし、それなら実際に存在したっぽいキリストとかマリアの方が面白いじゃない?」
クロエは、悪魔にあるまじき見解を述べてみせた。どうやら、この悪魔の妹は、聖母マリアが彫ってあるこのメダイには「恋人からプレゼントされたもの」以外の見解はないらしい。
「さ、付けてよ。傍多が自分の手で!私、髪の毛自分で持ってるから」
クロエは、自分の腰まである長い銀髪を両手でたくし上げた。傍多は、クロエから渡されたメダイをチェーンに通して、クロエの後ろに回る。
チャリン、と小さな金属音と共に、不思議のメダイがクロエの胸元に提げられた。
「ん、ありがとう傍多」
そう言った瞬間、傍多の取り巻きたちが「あ!木崎さん見つけた!」と騒ぎ出す。
傍多は、再び取り巻きに囲まれ始めた。
「クロエ……」
「わかってるわよ!私は気にしないから、『お勤め』頑張ってね!」
と、クロエは、今度はニコニコと笑顔で傍多を送り出した。
「お待たせ、皆!さ、一緒に周りましょ」
と、先ほどとは全く違った、ニコニコと心からの笑顔で、クロエは取り巻きの一人の腕をつかむ。
「……あれ見せられて、取り巻きどん引きしてんじゃん、クロエ」
「そうよね……なんだか、『モテる夫を持った夫婦』って感じだわ。とてもじゃないけどあそこの間には入れない……。夫婦ならではの絆って感じがするわ……」
クロエの友達である、カンナと理奈は、冷静にことが見えている。二人して、クロエたちの、馬鹿夫婦っぷりを見せつけられたのだった。
――と、そこへ。
「クロエ・アフターマンさん」
と、クロエに声をかける、一人の女子生徒がいた。
「ん……?何かしら……って、げっ、宮島雪……!」
と、クロエも負けずに、その女子生徒のフルネームを呟いた。
「あっちゃー……宮島が宣戦布告かあ……」
カンナがそう言うと、宮島と呼ばれた女子生徒は、かつんかつんと石畳にローファーの音を響かせる。
宮島は、黒髪を2つに結い、それを体の前に垂らしている。そして、赤いリボンがあしらわれた髪ゴムで、その結った髪をくくっていた。
背は低く、クロエより1cm高い程度であった。その目元は、きりっとつり上がっていて、それがクロエと相対しているからなのかはわからない。
この宮島は、1年生にも関わらず、聖グレゴリオ学園の生徒会メンバーとして認められている。生徒会のメンバーとなれるのは、学園に寄付金を積んでいるという証でもあり、日本有数の製粉業者の娘でもあった。
「粉屋の娘」と、何かと有名な宮島の陰口をたたく者もいるが、それらを蹴散らすほどの気の強さを持っている。
「……ふっふーん、生徒会メンバーの宮島さんが、一般生徒の私に何の用かしらあ?それとも、傍多に用があった?」
クロエは、腕を組んで、『女王様スタイル』を作る。
「これは……面白くなりそうだな!」
「そうね!『木崎さんの片腕』として目立っていた宮島さんと、学園一の美少女とされるクロエさんの対決とか、見られるものじゃないわ……!」
と、カンナと理奈が目を輝かせた。この、カンナと理奈は、人の面倒を見るのも好きだが、人のいざこざを観ることも好き、という、なかなかのゴシップ中毒でもあった。こっちもこっちで、似たもの夫婦ではある。
「以前も注意したはずだけど、木崎さんから何か貰ってたわね?そういうのは、ファンクラブを通して貰わないと困るのだけど?」
「ファンクラブ~~?はんっ!家に帰れば好きなだけ傍多の側にいられるっていうのに、そんなのに入ってもねえ~~」
クロエと宮島は、見えざる手で殴り合いを始めている。
「それに、傍多は自分の意志で、自分の手で、私にプレゼントしてくれたのよ?それとも何?そのファンクラブとやらは、傍多の意志をねじ曲げるつもり?」
「ええ、そうよ」
宮島は、クロエを見据えながら言う。
「木崎さんは、ちょっと目立ちすぎているわ。彼女には、人を惹きつける魅力がある。その、人を惹きつける魅力という、大きな力を持つ人は、管理されるべきよ。適切に管理をされないと、その力の大きさでいずれ、彼女も、その周りの人たちも、破滅してしまう」
「はあん?そういうこと?要は、その管理者を自分でやることで、傍多の側にいようって魂胆ね?」
「……そうよ」
クロエは、にやにやと笑いながら、とん、とん、と靴底で石畳を叩く。
「でも、今、傍多の一番近くにいるのは、私よ。ねえ?『粉雪』さん?」
「――っ!?」
宮島の顔が、かあっと熱を持った。恥ずかしさなどではなく、怒りのためだった。
宮島『雪』と、粉屋の娘の『粉』。それを合わせた、『粉雪』とは、宮島が裏で陰口をたたかれる際の蔑称であった。聡明である宮島は、それを十分に知っている。それを逆手にとっての、クロエの「口撃」だった。




