第3話 大浦天主堂にて
――なんとか、傍多の隣を死守したクロエだったが、次に行く観光地を聞いて、げんなりした。
大浦天主堂。
キリシタンの街・長崎において、ミッションスクールのグレゴリオ学園の修学旅行のメインでもある、大型のキリスト教教会だ。真っ白な壁と、パステル色の出窓。そして、もちろん屋根の上には神の印である十字架が建っている。
「……これって、中に入らなきゃいけないの?」
隣を歩く傍多にそう話しかけると、傍多はニヤッと嫌な笑い方をした。嗜虐心を煽られた笑い方だ。
「そうよ。一応、先生も言ってたでしょ。この教会はメインだって」
クロエは、自分が動物なら、思いっきり毛を逆立てたい気分だった。悪魔という存在はキリスト教にも仏教にも、様々な宗教に存在する。その垣根を取っ払った存在が、クロエたち悪魔であった。
故に「神仏」とかいう存在は、クロエたち悪魔にとって敵のような存在でもある。
「……なんか、捕虜になって街を引きずり回されてる気分だわ……」
クロエは、そう呟いてため息をついた。さすがに、教会に入っただけで砂と化したり、消滅するわけではない。特に、こういう一般人も入れる教会なら、クロエも問題なく神の御許で祈りの真似をすることすらできるのだ。
しかし、クロエは悪魔としてのプライドが高い。敵である「神」に跪き、祈りを捧げるなどという行為は、クロエの矜持を激しく揺さぶった。
「……ふーん。じゃあ、自由時間に神様に怒られるようなことをすればどうかしら?あっちの方から追い出してくれるかもしれないわよ?」
傍多は、団体入り口で手続きをする教師を待つために、並んで止まった隙に、大柄の体をかがめて、そっとクロエに耳打ちする。
ぞわっと、クロエの全身の毛が、再び逆立った。
「ち、ちょっと!耳に息がかかるでしょうが!大体、あんたが形だけでものキリスト教徒で、ミッションスクールなんてものに通ってるのが悪いんでしょ!」
クロエは、一応列に並ぶ生徒にぶつからないように、2、3歩横にたたらを踏む。
「それは失礼。でも、珍しいわね。学校のミサでも、ちゃんと大人しくしていられるクロエちゃんがびびってるっていうのも」
「はあ!?誰がびびってるって!?神より偉い私が、観光施設くらいでびびるわけないでしょ!!」
「じゃあ、観光施設じゃない教会は嫌なのね?」
傍多は、クスクスと笑いながら揚げ足を取る。クロエは、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「はい、グレゴリオ学園の皆、入りますよ~!二列になって2人ずつ並んで入ってくださいね~!ここで自由時間1時間です~!」
妙に間延びした教師の声が耳に付く。そこで、クロエたちは、大浦天主堂の教会の中へと足を踏み入れたのだった。
――
「中は、結構大きいのね!」
クロエは、多少感心したように言う。繊細なステンドグラスの光が、教会内にも差し込んでいる。
窓からは、いくつもの七色の光の道ができていた。
それでも、光量がステンドグラスだけでは足りないようで、昼間でも教会内には明かりが灯っていた。
「アフターマンさん、教会内では静かに~!」
クロエたちのクラスの担任……小豆沢が、生徒たちの方を振り向くと、その肉感的な唇に指を当てて「静かに」のジェスチャーをした。
しかし、教師とはいえ、小豆沢の間延びした声では、いまいち迫力に欠けているのも事実だった。
「……怒られちった」
「しかも、名指しで怒られたわね」
クロエと傍多は、ひそひそと声を潜めて会話する。
「あのですね~。アフターマンさんを注意したのにも理由がありまして~、昔の話ですけど、『女性は教会内では口を利かないこと』って言われてたんですね~。今は、こうして皆さんも、小声で連絡事項を伝える分には構わないんですけど~、女性男性関係なく、教会内ではなるべく大声を上げたり、お喋りに夢中になったりはしないでくださいね~」
小豆沢は、下手をすると生徒より小さな背丈をしている、女教師である。
緩くウェーブがかかった神を、いつもハーフアップでまとめている。それに、紺のパンツスーツを着ていた。
ちなみに、クロエたち生徒は、紺のブレザーに赤いチェックのリボン、そして、茶色のチェックのプリーツスカートという、女子高生らしい制服姿である。
スカートの長さは、校則で膝丈とされているが、傍多はともかくクロエは、勝手に丈を詰めて膝上まで短くして着用していた。
「ケータイもオフにしないといけないとか、結構厳しいわね」
「まあ、ここは、普通の信徒も来る教会だから。完全な観光用ってわけじゃないのよ」
そうして、傍多たちは一応、形式的に祭壇に軽く祈りを捧げた。クロエも、渋々といった感じだったが、割と素直に祈りの文句を口にする。
「はい~、では、1時間自由時間です~。1時間後に、教会の前に集合してくださいね~!」
やっと、傍多と旅行気分が味わえる!と思ったクロエだったが、ことはそう甘くはいかないのだった。




