第4話 霊能処・無道
「はえ?ここが彼方の職場?」
クロエが、階段を覗きながら言う。
「うん。テナントの1つに、職場が入ってるんだ。5階の、『霊能処・無道』っていう社名だね」
「うわっ、うさんくさっ」
クロエがそう言いながらも、興味深そうに外から5階を眺めた。
「クロエ、行くぞ」
ルガリが声をかけると、クロエは慌てて階段まで戻ってきた。
しかし、すぐに不満げな顔になる。
「なんで階段なのよ?もっとこう、エレベーター!みたいな文明の利器はないの?」
「うちの職場は階段なんてないよ。外装は何回かペンキを塗り直して誤魔化してるけど、ボロビルディングなんだから」
「うえー……」
クロエは、文句を言いつつも、二人の男の後をついてきて、階段を登り始めた。
――
店の前には、「霊能処・無道」と書かれた、華やかな看板がぴかぴかと光っている。……普通、こういう看板はスナックか水商売のそれなのだが、おそらく気にする人間がいなかったのだろう。
店構えとしては、招き猫や木彫りの仏像などの縁起物が、半透明のドアの向こう側から透けて見えている。
「おはようございます」
彼方がそう声をかけて、ドアを開けた。悪魔の兄妹も、それに続いて店内に入る。
「おう、彼方か。今日は依頼入ってねーし、とりあえずみそぎだけしてこいよ」
と、パーティーションの向こうから、まだ若そうな男の声が聞こえた。クロエは、自分のドレスの裾に置物が引っかからないように、下を見ている。ルガリはというと、サングラス姿だが、マスクはしていない。そして、やはり迷彩柄のパーカーとジーンズを身につけていた。
彼方は、「はい」と答えて、事務所の奥へと立ち去った。
「お、親戚の子たちか。もしかして、彼方にちょっと憧れちゃった?ぐふふ」
そう、男が言うので、悪魔たちは驚いた。仕切りのパーティションは薄い板だとはいえ、あっち側からこちらを見ることはできない。何の術かはわからないが、見られているのは確かだった。
「すみません、こういう仕事は珍しかったもので、彼方に無理を言ってついてきました」
のしのしとパーティションに近づきながら、ルガリがよそ行きの口調で答える。
「まあ、そうだろうな。普通の生活をしてたら、こんな仕事があるなんてこと自体、知らねーもんな」
「……それで、彼方はどういう仕事をしているんですか?」
そう言いながらルガリがなんとかパーティションを覗こうとする。クロエは、それをパーカーの裾を引っ張って止めていた。
「うーん。……あ、まずはお茶か何か持ってくるわ。そういや、今日は他のやつらいないしな」
そう言って、パーティションの奥から現れた男は、黒髪を肩まで伸ばし、ジャラジャラとシルバーアクセサリーを付けた、霊能者とはとても言えないような姿の男だった。
「俺は、一応、ここの社長をやってる無舵だ。よろしく、親戚ちゃんたち」
クロエが、驚いてルガリの背中に隠れる。
それを見た無舵は、愉快そうに笑った。
「悪い悪い、よく言われるんだよなー。『エグザイルファミリーか何かですか?』って。ささ、応接室にどうぞ、お嬢さんもお兄さんも」
――
割合まともな応接室に通された2人だったが、クロエは既に警戒心丸出しであった。
出された紅茶にも手を付けない。
「……参ったな-。俺、子供は嫌いじゃないんだけど、子供には嫌われるんだよなあ。やっぱ外見かね。……さてさて、彼方の仕事だが」
そう言って、無舵は紅茶を一口飲んだ。
「彼方と傍多は、元々キリスト教一派だからな。最初は、エクソシスト絡みの仕事をさせてた。でも、それが仏教や神道を学ぶようになってから、それこそ何の宗教でも対応できるようになったのはさすがだったな。そんなときに、彼方と傍多が興味を持ったのが、これだ」
そう言って、無舵は、一振りの短刀を悪魔たちの前に置いた。
「一応、日本刀と同じ作り方でできている。こいつを、彼方は仕事に出る時に持って行ってるんだ」
「何か、いわれとかあるのですか?」
「いや。近年作られただけの、ただの短刀だよ。……しかし、こいつの材料になったのが、『妖刀 無舵丸』だった。はは、俺の名前と一緒だが、そもそも俺の名前自体がこいつの元になった妖刀から取られたんだよ。もう刀って時代じゃねーし、そもそも今の狭い住宅事情じゃあ、除霊するにも日本刀を振れない時もある。だから、こうやって短刀に鍛え直した」
悪魔たちは、興味深そうに、黒い鞘に黒の持ち手の、その短刀を見つめた。
「こいつがまた、やんちゃでなー。同じ名前を持つ俺ですら、こいつを受け継いだ祖父から、使い方を教えてもらえなかった。それが、彼方と傍多はいとも簡単に扱ってみせたから、ちょっとだけ無舵さんはジェラシーなわけです」
無舵は、そう言って口を尖らせた。本気で、嫉妬しているらしい。
「妖刀か……。俺たちは専門外だな」
ルガリがそう呟くと、無舵は、
「いやいやいや。普通は使えないって。やめときなやめときな」
と笑って答えたのだった。