第1話 傍多は女性にモテる
ムッとした表情で、新幹線の席に座っている美少女がいた。
ストレートロングの銀髪と、赤い瞳、それに、身長も低い。
ロシアから来たと言われれば、誰もが納得してしまう外見だったが、その中身は齢100年を超える悪魔であった。
そんな悪魔の美少女は、面白くなさそうに肘を突いて、高速で動く窓の外を見ている。
「木崎さあん、お菓子どうぞ~」
「あ、私のお菓子もあげます!どうぞ!」
同じクラスの、今までクロエの存在に遠慮していたような女子たちが、めいめいに、クロエの隣の女性に貢ぎ物を持ってくる。
そう、藍色のショートカットに、身長は170cm、目元は涼しく、まるで一見すると美少年のように見えるのが、その渦中の木崎傍多であった。
クロエたちの通っている聖グレゴリオ学園中等部では、修学旅行先として、長崎を指定していた。
クロエは、心の中で毒づく。
(なによ、長崎って。高い寄付金取ってるんだから、もっと派手に海外とか行かせなさいよね)
聖グレゴリオ学園は、いわゆるお嬢様校である。
完全な女子校であり、異性との接触を全く取らない、いわゆるキリスト教系のミッションスクールでもある。
しかし、その内部は「異性がいないのなら女の子同士で付き合えば良いじゃない」という思春期の女の子の恋愛したさをこじらせた思考の末、女性同士で付き合っているカップルも多数存在するという、堕落の一途を辿っている。
そして、悪魔のクロエもまた、隣の席の人間の傍多と付き合い、同棲までしている。しかし、学校の行事とはいえ、「一緒に旅行に行く」ということで、クロエも多少はうきうきしており、たとえ国内旅行でも、それなりに楽しみにしていたのだ。一応は。
しかし、旅行という非日常的なこともあって、この状況である。傍多は同じクラスの女子生徒から蟻のように集られ、いつも傍多と話したことのない女子も、今日は積極的に傍多に話しかけていた。
傍多も傍多で、そんな女子生徒たちをいちいち相手にして、「今日はおめかししたの?可愛いわね、そのカチューシャ」などといちいち女子が喜ぶような一言をかけるのをわすれない有様であった。
なので、冒頭に戻るが、クロエは一人で、ぶすくれているのだった。傍多の隣の席は絶対に譲らない!とは思っていたのだが、この際、それもどうでも良くなってくる。
クロエは、ついに席を立って、移動し、傍多の元に集まった女子生徒の席であろう、空いた席に座る。
これで、傍多が「ごめんなさいね、やっぱりクロエが一番よ」の一言を言って、追いかけてきて隣に座ることを期待してもいたが、やはりというか何というか、傍多は追いかけてはこなかった。
(くっそ!傍多も、周りの女も、腹立つ!私がいるのよ!?傍多と私は付き合ってるのよ!!?全くふざけてるわ)
クロエは、怒りをふつふつとわき上がらせながら、その形の良い足を組んだ。
「クーロエっちゃーん!あぶれちゃったのー?」
ぴた、と、クロエの頬に、暖かいものが押しつけられる。クロエは、「あっつい!」と悲鳴を上げてシートの隅に逃げた。
「あははー、クロエちゃん、やっぱ面白いな-。腕組んで座ってるところはライオンみたいに王様してるのに、リアクションはハムスターだよねー」
「誰が小動物よ!」
押しつけられた物は、ホットのコーヒーの缶であった。ひょこっと、後ろの座席から顔を覗かせたのは、セミロングの髪が鋭角に跳ねた、女子生徒であった。
確か、名前は、「カンナ」だったと覚えている。
「相変わらず、奇っ怪な寝癖付いてるわね。朝、鏡見ないの?」
「こーれーはー、寝癖じゃなくて好きでこういう髪型なのよ!オシャレなの!」
クロエの憎まれ口にも、カンナは好い反応をする。そして、ちらりと、傍多の方を見た。
「あらー……木崎さん、また囲まれてるねえ。それもそっか、あの風貌に、女子心をわしづかみにする小粋な会話もできる、モテないはずないもんねえ」
「……別に、私はどうでも良いわよ、そんなの。あっちから手を出してきておいて、恋人をただ隣に座らせて、自分は違う女の子とお喋り楽しんじゃってるだけでしょ。あー、マジで腹立つわあいつ……!」
「全然どうでも良くはないんだね」
クロエは、ふんっと鼻を鳴らして、カンナの手から缶コーヒーを奪い、一気に飲み干した。
「あー!私のコーヒー!」
「ぼやぼやしてるのが悪いのよ!他人のことより、自分のことをどうにかしなさいよね。あの子、どうするの?見てるわよ?」
クロエが指し示した方向には、茶髪にゆるくウェーブがかかったロングヘアの、これこそお嬢様然とした美少女が、さっきからクロエとカンナの様子をうかがっていた。
「理奈のことか?どうせなら一緒に話そう。おーい、理奈-!」
カンナに呼ばれて、びくっとした理奈は、おそるおそるといった感じで、クロエの方に席を移動する。
「……そういうことじゃないと思うわね……。ホント、カップルの男役って皆こういうデリカシーがないのかしら」
クロエは、やはりそう毒づくと、自分の持ってきたお茶を一気にあおった。




