第10話 母性あふれる中二男子
くつくつ、と野菜と肉が煮える音がする。
鍋が煮えるまで、ということで、無舵とのやりとりを簡単に話した彼方は、新菜の顔色をうかがう。
「そう……なんですか。やっぱり、私のせい、だったんですね……」
新菜はそう言って、まだ痛むらしい下腹を軽くさすった。
「新菜さんのせいではありません。これは、体質ですから、仕方がないんです」
彼方はそう言うが、新菜はまだ納得がいかないような、顔をうつむかせてしまった。
「ねえ、そろそろ肉も煮えてきたわ。とりあえず食べながらにしましょうよ」
クロエが、空気を読まない発言をするが、それもそうだと彼方たちは、目の前の鍋に向き直った。
「では、いただきます」
『いただきます』
そう、食事の挨拶をしてから、彼方たちは鍋に手を伸ばした。
しかし、新菜だけが、お腹をさすりながら、うつむいたままだった。
――
「あ、あの、彼方君」
食事が終わった後、新菜は彼方の元にやってくる。
「あ、新菜さん。何です?また、一緒に寝ようとかなら、喜んじゃいますけど」
話をした後、新菜が終始、顔色が悪かったのを知りつつ、彼方はわざとおどけてそう言う。しかし、新菜は、やはりうつむきながら、こう言った。
「あの、私、廊下で寝ます。きっと、廊下なら、ご迷惑をおかけしないので……」
新菜は、決して馬鹿ではない。自分の体質を気付いていて、「その部屋内でしか、ポルターガイストは起きない」ということを逆手にとって、比較的物が壊れたりしにくい廊下で寝るつもりなのだ。
しかし、彼方は、ふるふると首を振る。
「それはできません」
「どうしてですか……?私が廊下で寝れば、彼方君たち、もう掃除や後片付けをすることないんですよ?」
新菜は、体の前で手を組んだ。生理のせいか、それとも本当に彼方たちにすまないと思っているのか……おそらくは両方であろう、顔をうつむかせたままだった。
「今の季節、廊下なんかで寝たら、凍死してしまいます」
「ここは東京ですよね……?そんなに寒くは、ないですよね……?」
「ともかく、具合の悪い女の子を、廊下で寝かせるなんてことはできません。どうしてもっていうんだったら、今すぐ出て行って外で寝てください」
「……失礼しました。出て行きます」
「いや、ジョークで言ったんですけど……本当に、新菜さんって……」
彼方は、はあっとため息をついた。彼方自身も真面目すぎるところはあるが、新菜はそれを上回る馬鹿真面目である。これで、外で寝ろと言われれば、きっと本当に外で寝るような女の子なのだろう。
「……まあ、いいです。ともかく、今夜は両親の部屋で寝てください。きっと、今夜を過ぎれば、新菜さんのポルターガイスト現象も治まるはずです」
「はあ……」
新菜は、やっと彼方の瞳を見ると、ことりと首をかしげた。うつむいて、悲しげにしているより、その可愛らしい仕草の方が、よほど新菜にはぴったりだと彼方は思った。
「ともかく、新菜さんは食べる物を食べて、寝られるだけ寝て、元気になってください。僕の注文はそれだけです」
「……ふふっ……」
新菜は、急に、クスクスと笑い出した。彼方は、洗い物を終えて、手を拭きながら振り返る。
「何です?」
「いえ……彼方君の言ってること、『お母さん』がきっとそう言うんだろうなって……」
「うちの母親は、そんなタイプじゃないですけどね。それに僕、一応学年で言うと中学2年ですよ?中二の男を見て、『お母さんみたい』って言います??」
彼方は心外だったようだが、新菜はまだクスクスと笑っている。
「ごめんなさい、そうですよね。なんだか、彼方君って、精神年齢がもっと上に見えるっていうか……言ってることとか、やってることがお母さんみたいっていうか……だから、安心して甘えられるのかもしれません」
「……新菜さん、あれで甘えてるつもりなんですか?もっとクロエみたいにわがままを言うべきなんじゃないでしょうか?」
彼方は、ほとほと新菜に呆れてしまう。傍多やクロエといった、わがまま大王に付き合っていると、新菜のような引っ込み思案というか、わがままを言わない女性に、どうしても気を使って色々と世話をしたくなってしまうのだった。
「ごめんなさい。でも、今日は一人で寝ます。寝られます。彼方君は、ルガリさんをもっと構ってあげたら良いと思います」
「?なんで、そこでルガリが出てくるんですか?」
彼方の疑問に、新菜は驚いた表情を浮かべる。
「ルガリさんは、彼方君の恋人じゃないですか。最近、私の世話ばかりしていて、きっと、ルガリさんも寂しいと思うんです。彼方君は、多分、恋人に尽くすというか、世話を焼きたいタイプだと思いますし」
彼方は、思わず赤面するところだった。
確かに、最近ルガリとの時間をなかなか取れないところだ。ルガリの素っ気ない態度も、寂しかったのだと言われたら、その通りだと思い返したのだった。
「私、大丈夫です。結構しぶといですし、彼方君がそんなに気を使う必要ないですよ。では、お風呂をいただきますね」
新菜は、そう言って、また美しく頭を下げたのだった。




