第5話 ざわめきの始まり
すっかり傍多に恐怖意識を持ってしまった新菜は、彼方を連れて枕を並べて両親の部屋で寝ていた。
(どうしてこうなった……?)
そう思いながら、彼方は、ベッドに寝ている新菜をちらりと覗き見る。さすがに一緒の布団で寝ることはなかったが、それでも、異性を意識し始める14歳の彼方にとって、新菜の存在はいささか過激が過ぎると思っていた。
すう……すう……と、新菜は寝付きが良いらしく、一定のリズムで寝息を立てて眠っている。新菜の持ってきたパジャマに着替えているが、横になった姿勢のそのバストがパジャマを窮屈そうに押し上げている。
彼方は、できるだけ新菜の方を見ないようにしながら、新菜とのやりとりを思い出していた。
――
「あの……彼方君……お願いがあるんですけど……」
彼方たちの部屋をノックした新菜が、風呂上がりだからか、頬を赤らめてもじもじと体を揺らしている。
「あ、なんかわからないことありました?」
彼方がそう聞くと、新菜は、「ん」とためらいがちに目を伏せて、それから、意を決したように彼方の瞳を見つめて言った。
「彼方君、今夜、一緒に寝てください!」
彼方は、一瞬気が遠くなった。自分の聞き間違えかと思って、何度か自分の頬を張る。
「え……?彼方君、どうしちゃったんですか?」
「……何でもないです。それより、何故に??理由を聞かないと、僕も誘惑に負けるわけにはいかないので」
「……?え、ええっと、その、傍多さんのことがありますし、一人だと怖くなってしまって……。クロエさんは、多分私のことをあんまり良く思っていないんじゃないかなって考えたら、頼れるのは彼方君しかいなくて……」
オーマイゴッド。そんな呟きがまさにふさわしい展開だった。しかし、これでルガリは話にも挙がらないことを考えると、完全に彼方は「身の危険を感じない男」として思われていることは確かになった。
「……行ってこい、彼方」
部屋の中から、ルガリがそう彼方に声をかける。
「俺は気にしない。お前が誰とどう過ちを犯そうと、最後に俺の側にいてくれれば良い」
どっかで聞いたセリフだな、と思ったら、ルガリが今開いている、彼方の漫画本には、筋肉隆々の漢たちが出てくる、少年漫画があった。
「……あの、僕も一応男なので、絶対に安全とは言えませんが……」
「でも、彼方君とルガリさんは、その、ゲイカップルだって無舵さんからお聞きしています。え……それとも、彼方君はバイなんですか……?」
無舵さん!!
彼方は、思わずあの恩人の肩を強くつかんで、ガタガタと揺らしながら「何故そんな嘘をついたああああ!?」と小一時間ほど問い詰めたい気分になった。
「……ええと、だめ、でしょうか……?すいません、私、甘えちゃってますよね……」
彼方が長考に入ろうとしたところで、新菜がしゅんと元気をなくしてそう言う。元々、それほど元気のあるような女性ではない新菜だが、そうすると、更に儚げで、男としては守ってあげたくなるような魅力を放っていた。
「あの、大丈夫です。もちろん、ベッドで一緒に、とかはできませんけど、隣で寝るくらいなら……」
彼方がそう、結論を出すと、新菜はようやく花の咲くような笑顔を見せた。
「本当ですか!?よかった……。では、今夜、よろしくお願いします」
一応、布団の準備があるので、そこで新菜と一旦別れた後、彼方は、ドアを閉めて、ルガリに向き直る。
「と、いうことです……」
「俺は気にしないと言っただろ。良かったじゃないか、気になる女に誘われて、一緒の部屋で寝るなんて、なかなかない経験だぞ」
「……完全に拗ねてる態度ですね、それ」
彼方は、ぐんと胸を張った。
「大丈夫!僕は綺麗な体のままでまた帰ってくるから!」
「我慢できればの話だがな」
ルガリのその言葉に、彼方は、ぐ、と痛いところを突かれた声を出した。
――
気がつくと、少しの間、眠っていたらしい。
彼方は、ふと目を覚まして、カーテンを見やった。本当に少しの間だけ仮眠していたらしく、カーテンの向こうはまだ、光は差していない。
眠れないだろうと思っていて、明日「無道」に一応報告をしに行かなくてはならないので、徹夜も覚悟していたのだが、少しでも眠れたのなら気は楽になった。
一応、時計を見ようと、枕元に繋げてあったスマホをいじる。
――その瞬間、新菜の寝息が少しだけ乱れた。
ぐら、と、彼方の体が、揺れた。
と同時に、莫大な霊的エネルギーが、新菜の体からほとばしる。
ぐら、ぐらぐら、がた、ガタガタガタガタン!!
彼方は、一瞬、地震かと思っていた。しかし、霊的エネルギーに気付くと、どうもこの部屋だけピンポイントで揺れているのだと気がつく。
ガタンガタン!!ガシャンガシャン!!
彼方は、「新菜さん!!」と息を乱している新菜の元に、這いずるようにして近寄った。
「はあ!はあ!はあ!」
新菜は、苦しそうに息をしながら、それでも意識はないようで、彼方が揺さぶっても返事がない。
「新菜さん!落ち着いて!新菜さん!」
と、同時に、ベッドのすぐ上の蛍光灯が割れる音がした。
暗闇の中で、彼方は、それが新菜に降りかからないように、とっさにベッドの布団を剥ぎ、新菜に覆い被さって布団を被った。




