第3話 悪魔兄妹と暮らす。
そうこうしているうちに、傍多の登校時間になった。
彼方は、朝食の後の皿を洗い、食器を拭いて戻す。傍多は、そもそも家事全般が壊滅的にできないのと、部活の朝練があるので、料理や家事は彼方の担当だ。
「じゃ、兄貴、行ってくる」
「行ってらっしゃい……あ」
そう、彼方が声を上げると、傍多の首元に手をやる。
「リボンが曲がってる。……これでよし。じゃあ、行ってらっしゃい」
おう、と一言言ってから、傍多は学校へと出かけていった。
「……なーんか、新婚夫婦みたいなのよねえ」
気がつくと、両肘を付いてテーブル席に座っている、クロエが出されたジュースのストローをくわえたままで喋る。
「新婚だと!?彼方、俺というものがありながら、早速浮気か!?」
何故か、ルガリが興奮してそう言い出す。
「あのね……新婚っていうよりは、普通に仲の良い兄弟だろ。あと、ルガリの件については、僕は認めてないからね」
と、呆れたように彼方は言う。
そして、「はい邪魔」と言いながら悪魔2人をどかしながら掃除機をかけ、前の晩に洗濯していた衣類をハンガーに掛けてベランダに出す。
冬に向かう季節は、風が少々乾燥はしているものの、彼方はこれはこれで嫌いではない。
「あら?彼方、もう学校始まっちゃってるわよ?」
クロエが、ことんと首をかしげる。彼方は、ため息をついた。
「僕は不登校なんだよ」
「ふとーこー?」
「不登校。要するに、訳があって学校に行かないってこと」
それ以上詮索されたら、面倒だと彼方は思ったのだが、クロエは「ふーん」と流して2杯目のジュースを飲み始めた。
「それに、仕事あるしね」
「え、彼方、もう仕事してんの?そういうのって……なんだろ?聞いたことあるような……そうそう、児童労働ってやつなんじゃないの?」
「そうかもね。でも、やらなきゃいけないからね」
そんなクロエと彼方のやりとりを、じっと見ている男がいた。
ルガリだ。
「……お前たち、ずいぶん仲よさそうだな。クロエ、契約者は5年間変えられないからな」
「あ、当たり前でしょ!?お兄ちゃん、なに一丁前に嫉妬なんかしてんのよ!嫉妬深いって、人間社会では結構なマイナスなんだからね?」
「っていうか」と、クロエは彼方に向き直る。
「私も学校に行ってみたいんだけど、何か方法はある?」
「方法ね……転校生ってこともできるけど、住民票とかないと……どうなんだろう。でも、そんなに良いところでもないよ」
と、彼方はどこか沈んだ声で言った。
しかし、クロエは「わかった!」とはしゃいだ声を上げる。
「その学校の偉い人に、暗示をかければいいわけだ!ふふーん、簡単簡単!」
「……まあ、方法は任せるけど。でも、あんなに傍多のことを怖がってたのに、傍多のいる学校に行きたがってるんだね」
彼方がそう聞くと、クロエは顔を真っ赤にした。
「そ、そうだけど……まあ、人間って色んな顔を持ってるっていうから、一緒に暮らしたり、学校行ったりしてみるのも良いかなって……あう。でも、いきなり襲われかけたのは忘れてないわよ!!」
彼方は、「どっちかっていうと、僕とクロエが兄妹で、傍多とルガリが悪魔兄妹みたいだよね……」と答えた。ナチュラルに、自分の妹を悪魔のカテゴリに入れていることについては、何の抵抗もなさそうだ。
「……さて。僕も仕事に行こうかな」
「待て」
と、ルガリが鋭い視線を彼方に向ける。
「俺も行く」
「え」
「俺も付いていく」
「ええー……」
彼方は、あからさまに嫌そうに顔をしかめた。すると、クロエも「私も行きたい!一人でこの家にいろっていうのも変じゃない!?」と騒ぎ出した。
「どうかな……ちょっとアポ取ってからで良い?」
と、有無を言わさず、ケータイの短縮番号をかける。
「すみません、今日、親戚が僕の仕事を見たいって言ってるんですけど……ああ、はい。もちろん、秘密厳守させますので……」
そう言って、通話を切り、悪魔兄妹に向き直る。
「一応、良いとは言われたけど、この仕事で見聞きしたことは他言無用でお願いしますってことだから。他言無用って、言っちゃいけないってことだからね?それだけ守ってね」
「わかった、約束しよう」
「えー、それ傍多にも言っちゃいけないの?」
「傍多も同じ職場だから、傍多には良いよ」
「じゃあ良いわ。約束してあげる」
そんな経緯を経て、悪魔二人と彼方は、軽く支度を整えてから、家を出て、路地を歩き出した。
「……ルガリって、身長いくつ?」
そう、彼方が聞くと、「180くらいだな」と答えられた。
「180……僕より20cm近く違うのか……」
「ちなみに、相手とキスをするベストな身長差は、15cmだそうだ」
「僕の唇をナチュラルに狙うな!!」
どうやら、ルガリは彼方のことを気に入ったらしい。しかも、キリスト教では禁じられている男色である。ルガリが彼方に迫ることは、理にかなっているのだが……。
彼方が、足を止める。「ここだよ」と示されたのは、一軒のビルのテナントのうちの一室だった。