第2話 彼方、純真をもてあそばれる
彼方は、固まった。
彼方だって、もう思春期の男の子である。そういう雑誌の表紙を見てはドキドキしたり、ネットをしていてエッチな広告を目にして思わずクリックしそうになったりもした。
そもそも、ルガリと出会う前は、彼方は自分の性癖はノーマルだと思っていたのだ。ルガリの件だって、彼方が本当にノーマルでも、ああいうことをされたら意識してしまうだろうと思ったりもする。
それが、女子高生で、外見もよろしくて、頭の下げ方からして育ちの良いお嬢さんで、しかもGカップである。
元々というか何というか、彼方は、優しい年上のお姉さんに手ほどきされて云々というエッチな妄想をして悶々とすることがあった。
時には、そのお姉さんが看護師だったり、女教師だったりはするが、「お姉さんに主導権を握られたまま強くそして優しく……」というシチュエーションをよく使ってはいたのだ。
佐野新菜は、まさにそういうお姉さんであった。いや、エッチなことに積極的かどうかはわからないが、紺のブレザーに赤いネクタイ、それに茶色のチェックのプリーツスカートに今流行の短めのソックス、といった格好は、まさに最強の女子高生ルックであった。
「……あの?木崎さん、ですよね?」
おそるおそる、というように、固まった彼方の方を向いて、新菜は聞いてくる。彼方は、思わず「はははは、はいっ」とどもりながら答えた。
「いつまでになるかわかりませんが、『現象』が治まるまで、おうちをお借りします。どうぞ、よろしくお願いしますね」
そう、新菜はやはり、美しく礼をした。パーフェクトだった。
新菜は、お姉さんであり、女子高生であるが、それと同時に、あふれるのはいわゆる「バブみ」、母性であった。女子高生であるのに、圧倒的な「ママ」感。それも、彼方の心臓を更にドキドキさせた。
「あ、で、でも、傍多たちにも確認しないと、僕一人だけの判断じゃ……」
「確認したぞ」
「え」
「確認済みだ。傍多のケータイに連絡したら、『何言ってるんですか無舵さん。そういうときこそ私たちは手に手を取って協力しなければいけないではありませんか。私は無舵さんをお父様だと思ってるんですから、無舵さんの言うことには全面的にイエスですよ』だそうだ」
よりにもよって、無舵は傍多の声真似までしてみせた。あの妹は、単に巨乳女子高生と聞いて、自分のハーレムに入れたい真性レズなだけだと容易に予測できた。
「ぐう……」
彼方は、喉の奥で、言葉を詰まらせる。しかし、その様を、新菜は心配そうに見つめた。
「あの……何かご都合の悪いことがあるんですか?」
「そ、そういうわけではないん、です、けど……。ええと、ちょっと佐野さんが魅力的すぎて……」
「え……?……うふふ」
新菜は、嬉しそうに笑ったが、これは決して彼方を異性と見ての笑いではない。ただ、子供が背伸びをして大人の真似をしているのを見て「かわいいなあ」と思うだけの笑みであった。
それは、彼方も重々承知である。
「『佐野さん』ではなく、『新菜』で良いですよ。学校のクラスメイトみたいに、苗字で呼ばれるのって、ちょっとくすぐったいです」
新菜はそう言って笑顔を見せる。無舵は、そこでにやりと笑った。
「じゃあ、そういうことで、彼方は新菜ちゃんを家まで案内してやってくれ。部屋は空いてるだろ?布団もあるよな?俺のところで泊まらせるのもなんか変な感じだし、柏木のマンションは今から掃除してもしきれないほど汚ねえからな。本当に、彼方の家が頼りなんだよ」
すると、パーティションの向こうから、「むきー!うちはどこに何があるかは私にだけわかるけど、一般人から見たら汚れてるだけの話です-!」と柏木の怒声が響いた。
「まあ、そんなこんなで、よろしく頼むぜ、彼方」
そう、無舵に面と向かって言われてしまうと、彼方は弱い。結局、「わかりました」と無茶を飲んでしまう形となった。
――
新宿から港区までは、1区間歩けばすぐに到着できる。地方都市での1区間というのは大変なものだが、狭い東京では、案外歩いたり自転車に乗ったりした方が下手をすると車よりアクセスが良いこともある。
彼方は、ガラガラと新菜の最低限の荷物が入っているというキャリーケースを引いて、自分のマンションに向かっていた。
「荷物、持って頂いてすみません。やっぱり男の子ですね。力が強い」
新菜は、ローファーの音を響かせながら、彼方の後ろをついてくる。彼方の自尊心をくすぐる言い方は、割とこういうことに慣れているのかもしれないが、その清楚な見た目から、それでも悪くないと思わざるを得なかった。
「妹がいるので、以前からよく『女の子に手提げのバッグ以外のものを持たせるな』って言われてるんです」
本当のことなので、彼方は調子よく答えられた。もう、どもったりはしないようである。
彼方は更に、新菜の持ってきた着替えなどが入った大きめのショルダーバッグも肩からかけている。少々重いのが実際の話だが、新菜の手前上、弱音を吐くことはできなかった。




