第1話 女子高生チャンス
新宿、築50年は経っているおんぼろビル。エレベーターなんてものは付いていない、階段で登ること5階分。
看板は、一見スナックか何かのようにどぎついパステルピンク色でちかちかと光っている。そこに書かれた文字は、「霊能処・無道」。
喫茶店のように多少中が見えたりするが、そこには様々な縁起物や仏像が置かれていて、本気でカオスなテナントである。
そこに、藍色の髪をした、くるっと大きな目の、一見少女かと思うような少年が立っていた。身長155cmで、年齢は14。そろそろ声変わりが来ると思いきや、一向にその普通の女性よりやや低めの声が変わる気配がない。
そして、少年は、ドアをくぐり、怪しげな「無道」に入っていく。
「おはようございます。無舵さん、お呼びですか?」
少年――木崎彼方がそう声をかけると、パーティションで仕切られた「社長室」から「おう」と声が聞こえた。
室内に入ると、4つほどのデスクとパソコンが置かれているが、そのうちの3つはほとんど使われている様子がない。そのうちの1つのデスクでは、黒髪をまとめた黒いボンテージ衣装の妖艶な美女が座ってパソコンをいじっているが、「あー!目が疲れる!デスクワークってこれだから嫌!」とぶつぶつと文句を言いつつ仕事をしているようだった。
「失礼します」
彼方がパーティションの奥に入ると、黒髪を肩まで伸ばし、ジャラジャラと指輪やブレスレット、ネックレスにピアスなどのシルバーアクセサリーを大量に身につけた、この「無道」の社長、無舵がくるりと回転椅子を使って彼方の方に振り向いた。
「……あれ?ルガリ君はどうした?」
無舵がそう問うので、彼方は肩をすくめる。
「ルガリは、教習所ですよ」
「ふん?何だ。彼、日本国籍あんのか?車の免許でも取るつもりなのか?」
「一応、車の運転はできるそうですが、クロエが無免許運転するのを反対したんですよ。『無免許とか、怖くて私が乗れないじゃない!』だそうで。免許取ったら、僕を一番に隣に乗せてくれるらしいですけど」
「ほう。予約席ってやつだな。良かったじゃねーか、彼方。まあ、今まで自分の足と電車だけしか移動手段がなかったからな。男として思うところあったんじゃねーの?」
無舵はそう感想を述べると、「さて」と手のひらをこすり合わせた。
彼方から見ると、無舵の前に無舵専用のデスクがあり、そこでもパソコンが取り付けられている。そして、無舵の背後は窓で、日光が差し込むようになっているため、時々、彼方からは無舵の表情が読めなくなることもあった。
「そんな彼方君たちに、朗報だ」
「……無舵さんが朗報って言って、本当に朗報だったことって3回くらいしかないですよね?」
「5回くらいはあるんじゃねえか?ま、本当に朗報だぜ」
そう言って、無舵は腕を伸ばして、彼方に資料を渡した。彼方は、それをめくる。
「そこにある、女子高生を保護してほしい。特に追われてるとかじゃねーから安心しろ。とある『現象』を確認して、それが起きないようにするのがお前らの仕事だ」
「……え?保護って……」
「24時間、いつその『現象』が起きるかわからねーからな。お前らの家に泊めてやって、監視してくれ」
「女子高生を、一人で、僕らの家で保護するんですか!?」
「お前もルガリ君もゲイだって先方の親御さんには言ってあるから大丈夫だ。ま、お前らが手を出さなけりゃ良いんだよ」
無舵は自分で言って自分でゲラゲラと笑うが、彼方の顔はひきつっていた。傍多は妹だし、クロエも彼方にとっては妹のようなものだ。しかし。
写真に写っている女子高生は、黒髪のロングヘアに大きな瞳はゆったりとしたラインを描いた、いわゆる「垂れ目」になっている。唇はほんのりとピンク色をしており、そして、思わず彼方が見てしまったのは、その豊満すぎるバストにあった。彼方だって男である。自分にはない、巨乳というものに憧れを抱かないわけではなかった。
「名前は……佐野新菜ちゃんだ。ちなみに、おっぱいはGカップな」
「その情報要ります?」
「男としては要るだろ。ん?」
無舵は、完全に面白がっている風に言う。彼方はため息をついて、書類に目を通した。
「……で、その現象って、ここに書かれている感じですか?急にテレビやプレイヤーが作動したり、蛍光灯が取り替えたばかりでちかちかと点滅したりっていう。……それだけで僕らの家に保護する必要ってあります?」
「ねーな」
「じゃあ、何故……」
そこで、ガチャリと事務所の扉が開く音がした。
彼方は、一瞬ルガリが教習所から直行して来たのかと思ったが、次いでゴロゴロと何かを転がす音がする。
「あ、新菜ちゃんだな。詳しい話は本人に聞いてくれ。新菜ちゃん、こっちだ!」
無舵は声を張り上げて、彼女を呼んだ。彼方も、そちらを振り向く。
「お、お世話になります、佐野新菜です……」
そう、気弱そうな声で丁寧に挨拶をしたその女性こそ、佐野新菜(Gカップ)だった。




