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第12話 最後に笑うのは誰か?

「お前ら、本当に何やったのかわかってんのか?」


 翌日。

 無舵の事務所に、珍しく傍多とクロエまで呼び出されたので出向くと、無舵は開口一番にそう言った。

 ちなみに、浩樹とシュトラも一緒である。一応、体面的には、「逃げていた賞金首シュトラを捕まえた」という風に口裏を合わせたのだが、やはりというか何というか、無舵には見抜かれていた。


「賞金首捕まえたって、どうせ明け渡すつもり、ねえんだろうが。それじゃあ賞金は下りねえんだよ」

 無舵は、端正な顔を右手で多いながら、ため息をつく。そこに、傍多が口を挟んだ。


「あ、なら、別にここで突きだしても良いんですよ?私は」

「そうよ!せっかく皆してこいつの回復を手伝ったんだから、こいつをさっさと魔界にでも何でも送って、賞金頂戴よ!」

 傍多とクロエの女たちは、そう騒ぎ出す。そこを、手で制しながら、無舵はシュトラに視線を戻した。


「シュトラ君、イーボルケインはどこに?」

 話を急に振られたシュトラは、きょとんとして、「なくしましたあ」と答えた。


「……何?イーボルケインって」

 彼方が、その異様な空気に圧倒されながら聞くと、シュトラは、元気よく答えた。

「僕が魔界のゲートを突破するときにちょっと借りてきた魔導具だよ!火・水・土・風の4大元素を操る杖だね!」

「……それって、結構なものじゃ……」

「結構、なんて言葉じゃ現せねーよ。魔界との取り引きでは、このイーボルケインさえ無事なら、シュトラ君の生死はどうでも良いとすら言われてるんだ。表向きではシュトラ君自身に懸賞金がかけられていると言ったが、実質では、イーボルケインに対する賞金だからな。だから、ここでイーボルケインを持っていないシュトラ君を魔界に突きだしても、大した金は貰えないってわけだ」


 無舵は、そう言って、「あー……千里眼使いすぎて頭痛え……」と、右手で額を抑える。


「……まあ、魔界との交渉は、こっちでやる。ただし、下手を打った彼方と傍多には、それなりの金額をはずんで貰うぞ」

「……え」


 傍多が、その涼しい眼差しを急にひん剥いて言葉を失う。


「しかし、イーボルケインをなくしたってことと、シュトラ君を人間界に留まらせるってことだからな。ざっと数えて……2000万ほど必要だ」

「……えええ……?」


 傍多は、目を剥きながら、ひっくり返りそうになる。2000万。それは、大金だが、あの浩樹が彼方と傍多にかぶせられた借金の額でもあった。


「……くそ!はめやがったなこの狸親父。千里眼で観てやがったな!ぶっ殺すか……」

 ぶつぶつと恐ろしいことを呟く傍多を置いて、彼方が代わりに声を上げる。

「あ、あの、2000万を急に用意しろと言われても……」

「いや、大丈夫だ。何言ってるんだ彼方。俺とお前たちの仲じゃねーか。お前たちが、そこの浩樹君からせしめた闇営業の金が用意できるまで待つさ。この、優しい優しい無舵さんの心持ちに任せておけ」


 無舵は、急に優しい声で、ぽんぽんと彼方の両腕を叩きながら言う。彼方は、「あれ?闇営業のことって、無舵さんに話したっけ……?」と、きょとんとしながら、「はあ……ありがとうございます……」と告げた。


「……なんだか、全てがこいつの手のひらの上で踊らされてた気がするな」

 と、ルガリがぼそっとクロエの袖を引っ張って言う。

「……っていうか、これじゃ無舵の一人勝ちじゃないの。ばかばかしい!」

 と、クロエはふいっと別の方向を向いて、「やってられない」と行動で表現した。


「ところで、浩樹君、君の勤めてた会社はどうなった?」

 無舵が、急に浩樹に話を振った。浩樹は、無舵のそのハードな外見に若干引いているが、一応答える。

「ええ……連絡もなく、1週間以上休みましたから。クビになりました」

「そうかそうか。それはこれから、厳しいだろう。しかし、一度は社会人を経験した君に、良い話がある。どうだ?うちの事務所にシュトラ君とバディで籍を置くというのは?」


 シュトラと浩樹は、びっくりした顔で無舵の提案を反芻する。


「で、でも俺、霊能力とか全然ないですし……」

「シュトラ君がいるじゃないか。君は、シュトラ君の監視と制御をやってもらいたい。悪い話ではないと思うがな。まあ、ゆっくり考えて、結論が出たらまた事務所に来てくれ」


 ルガリは、一部始終を聞いて、「この無舵という男こそ、真に抜け目のない勝者だろうな」と思っていた。若干素直すぎる彼方と、一見冷静沈着に見えるがまだまだそういった腹づもり対決の経験の少ない傍多では、到底この無舵には対抗できないだろう。



――

 まだぶつぶつと「2000万……あのジジイ殺すか……」と言っている傍多を引きずって、彼方たちは事務所を出た。


 新宿の空は、晴れている。雑居ビルの階段を降りたところで、彼方たちはようやく日の光を浴びた。

 悪魔という、太陽の下で生きられない……と考えている者にも、太陽は分け隔てなく光を降り注がせる。


 それだけの、話だった。

 彼方たちは、クリスマスの準備に忙しい街に溶け込み、消えてゆく。


 今日も、新宿はいつも通りに機能していた。

第2章終了です。「揺れる思い」、さて、揺れていたのは誰の思い(策略)だったのでしょうかね?


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