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第11話 「恋を教える」という契約

 シュトラと浩樹は、念のために一晩、木崎家に泊まることになった。


 柏木はというと、やはりというか何というか、彼方の用意した酒だけでは足りず、自分でコンビニまで行って酒を買い足すと、それを全て綺麗に飲みきって、「ねむーい!」とリビングのソファで横になったきり、すぴすぴと寝息を立てて眠ってしまった。仕方がないので、柏木はルガリが米俵を担ぐように傍多とクロエが使っている部屋まで運んで、そこで寝かせることになった。


 傍多は特に文句はないようだったが、クロエは明らかに嫌そうな顔をしていた。概ね、傍多といちゃいちゃしっぽりと決め込むつもりだったのだろう。シュトラと浩樹の愛を目の当たりにした人間と悪魔は、自分の想い人と何かしら進展を持ちたくなったのだ。


 そして、それは、彼方も同じだった。


「……シュトラ君、もう大丈夫かな?」

 寝る場所がない、という名目で、ルガリと同じ部屋で寝ていた彼方は、消灯してベッドに横になってから、ルガリに向かってそう聞いた。

「それは、あの柏木とかいう女の方がよくわかるんじゃないか?」

「あはは……柏木さん、もう泥酔してるから、何かあってもわからないかもね」


 しかし、意外にも柏木は、見苦しく酔う女ではなかった。吐きもせず、絡みもせず、ただテレビを観ながらぐいっと飲んで、ばたんと倒れて眠ってしまう辺り、プライベートでもさっぱりとしているいい女なのではないだろうかと予測はできた。


「……ルガリは、あの恋人たちを見て、何か思うところはなかった?」

 彼方が、横になったまま、ルガリに話しかける。ルガリは、さすがにもうサングラスはしておらず、薄茶色の目を晒したまま、彼方の方に向き直った。

「……人間は、あそこで何か思うものなのか?」

「思うよ!悪魔のクロエだって思ってたじゃん!もう、君って全然そういうところだよね!」


 ルガリからすれば、何故彼方が急にそういう話を始めて、勝手に怒っているのかがよくわからないらしい。悪魔云々という話ではなく、同じ血を引くクロエの方が、どちらかというと淡泊な傍多より敏感にそういう人間の機微に反応することから、悪魔でなくともルガリは単なる朴念仁というのかもしれない、と彼方は思った。


 ……それか、考えられることとして、男である彼方にはそういった興味が持てない、という話も、考えられなくはない。

 しかし、恋愛経験の少ない彼方にすら朴念仁と評されてしまう辺り、ルガリ自身も恋愛経験はそんなに多くはなさそうだ。


 そこまで考えて、彼方は思わず顔を赤らめた。そこで、無意識のうちに「嬉しい」と思ってしまったからである。


(僕も相当だな……)

 彼方はそう考えて、隣に布団を敷いたルガリに手を伸ばした。


「ルガリ……」

「ん?ついにセックスする気になったか?するか?」

「そういうことじゃないよ。バカ。何で、君はなんでもかんでもすぐそっちに持っていくのさ」


 ルガリが、伸ばされた彼方の手を取る。そして、「これで良いのか?」と手を繋いだまま彼方と向き合った。


 時刻は深夜、下手をするともうそろそろ夜が明ける頃である。

 しかし、眠らない大都市東京といえど、この頃の時間帯は、一番夜が深く、辺りも静まりかえっている。


「そういえば、お前は俺に『恋』を教えてくれるはずだったな」

「……何でそんな恥ずかしいことはちゃんと覚えてるのさ」

 彼方は、急に自分が浅ましいような、恥ずかしさを覚えて、ルガリと繋いだ手を外そうとする。しかし、ルガリががっちりとその手を握り込んでいた。


「教えて貰おうか。『恋』とは何だ?」

 ルガリの、吐息のように静かな、低い声が彼方の耳を震わせる。彼方は、そこで、ルガリの手が若干冷たいことに気がついた。気がついて、「そんなことも知らなかった相手に、恋を教えてあげると意気込んだ」ことに、過去の自分を一発殴りたくなる。


「……そのことは、忘れて貰って良いかな?」

「おや、悪魔との約束を違えるのか?それは、それなりの報復を受けてもらうことになるが」

 彼方は、ぐうっと喉の奥で言葉を潰した。そうだった。悪魔との約束……契約は絶対。仕方なく、彼方は目をそらしながら、ルガリに言う。


「それは……ヒロ君とシュトラの関係性だと思う……多分……」

「多分。ふん。多分な」

 鼻で笑われた。彼方は、多少ムッとするが、自分の説にも自信を持てていないので、甘んじてそれを受けるしかない。


「よく、『恋と愛の違い』って議論が成されてるけど、それはそもそも『恋』の方が古い時代から使われているから、目新しい『愛』が恋よりもてはやされてるって説があるね」

「彼方が、俺に感じている感情は、恋ではないのか?」


 彼方は、一気に自分の感情を表に出された気がした。しかし、ふふっと笑いが出てしまう。


「そう……そうかもね。君、鋭いんだか鈍いんだかよくわからない」

「そういうものか」


 そう、言葉に出すと、彼方とルガリは、吐息だけでクスクスと笑った。なんとなく、笑えるような気分だったのだった。

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