第10話 悪夢、醒めて
「ヒロくん……!」
シュトラは、涙をこらえきれず、だからといって浩樹の元に駆ける足を止めることもできず、浩樹に飛びついた。
「ヒロくん!本当に!本当に助けに来てくれた……!ヒロくん……!」
「……ごめんね、シュトラ君、遅くなって」
浩樹は、泣きじゃくるシュトラの背中をぽんぽんと軽く叩きながら、彼が落ち着くのを待つ。
「シュトラ君の見てたのは、夢だから。でも、俺は夢じゃないから。現実に帰してくれる人がいるから」
「……そうなの?グスッ」
シュトラは、涙も鼻水も垂れ流した状態で、浩樹の顔を見る。浩樹は、「すごい顔だよ、シュトラ君」と言って、自分のスーツの袖でシュトラの鼻水をぬぐってやった。
「……ほら、雲間から光が出てきた。もうすぐ、この夢も終わるよ」
シュトラと浩樹が上を向くと、すらっと、柏木の作った光が厚い雲間から何条も差し込んできた。この、暗闇の中に、夜明けの光が差し込んだのだ。
『……逃がす訳がないだろう!!』
不意に、あの、天の声がシュトラたちの背後から聞こえる。
二人が振り向くと、そこには、真っ黒な巨大な馬……眼と、蹄が燃えている、いわゆる夢魔がその足を鳴らしていた。
「……逃げられないんだったら、僕と戦うしかないよね?言っておくけど、僕は、ヒロくんがいるならすっごく強いんだから!」
シュトラはそう言って、黒い巨馬に向かっていく。得物はないが、その身のこなしでぽんっとナイトメアの背に手をかけ、くるりと背中にまたがってみせる。
「お、おい!何してるんだ!勝手に俺の背に乗るなあああああ!!」
ナイトメアは、なんとか背からシュトラを振り落とそうと、激しくたたらを踏み始める。しかし、当のシュトラは、まるでロデオボーイに乗るカウボーイのように、片手を放して「ほほーい!」と喜んでいた。
「く、くそ!くっそ!もう少しだったのに!どこで計画が狂ったんだ!??」
ナイトメアは、バタバタと暴れながら、ぶひひんと鼻を鳴らした。
そこで、シュトラが、ナイトメアの背から、何かを抜き出した。
「ラッキー!ヒロくん、ナイトメアの骨、ゲットしちゃった~!」
「ちょ、ちょっと……こっちに持ってこられても……!呪われたりしないでしょうね!?」
シュトラは、もう既にナイトメアには興味がなくなったのか、ナイトメアの背からすとんと降りて、浩樹の元に、白い骨を持って駆けていった。
「待て待て待て!それは俺の骨だろ!!返せ!」
骨のパーツがなくなって、上手く立てなくなったナイトメアが、鼻息を鳴らして言う。しかし、シュトラは平然としていた。
「そんなの、僕は知らないよ。散々苦しめられたんだから、これくらい貰っておいて当然でしょ?でしょ?」
「……シュトラ君、だいぶ元に戻ってきたね……」
多少は、ナイトメアを哀れに思ったのか、浩樹はナイトメアをちらりと見たが、シュトラに骨を返してやるように言うほどではなかったらしい。
やがて、光の方から、柏木の声で、『早く戻ってきなさいよ!バカ悪魔たち!ゲート開けるのも結構辛いのよ!?』と聞こえたので、シュトラと浩樹は、二人して「ごめんなさい」と謝ったのだった。
――
「……っは!あ!良かったあ!夢オチじゃなかった!良かったあ!」
5人が見守るベッドの中心に寝かされた、シュトラと浩樹は、同時に目覚めたようだった。
シュトラは、右手に握った、ナイトメアの骨にすりすりとほおずりする。
「やーっと帰ってきたのね!遅いのよあんたたち!」
クロエが毒づくが、そんなクロエの頭を、ルガリがぽんと叩いていさめる。
「ヒロ君、もちろん約束は覚えてるわよね?」
傍多が、にやにやと嫌な笑顔で、浩樹を見る。浩樹は、「はい!必ず!」と今度は力強くうなずいたのだった。
「あ~っと、柏木さん、ちょっと力使いすぎたわあ。美味しい料理とお酒を食べて飲みたい気分だわあ」
柏木がそう、彼方をちらっちらっとうかがうので、彼方は「はいはい、柏木さんに夜食とお酒、ご用意しますね」と、台所に姿を消した。
「彼方、何かやることはあるか?」
ルガリも、それに続いて、ダイニングへと移動する。柏木は、「やったー!彼方タソのご飯食べれるのね~!にゅーん、楽しみだにゃー!」と、相変わらずの砕けた口調に戻っていた。
「あ!言っておくけど!絶対ここではセックスしないでよね!?人の家で、3日もぐーすか寝ておいて、起きた途端セックスとかしないでよね!?」
クロエは、そう言い残したが、傍多に首根っこを掴まれて、猫のように退室させられた。
ぱたん、と、最後に傍多がドアを閉じる。
「あ、あのさ、シュトラ君――」と、浩樹が何かを言う前に、シュトラが浩樹の唇を奪った。
そして、ちゅ、と名残惜しげに唇を離す。
「ヒロくん、助けに来てくれたんだね。ありがとうね」
「シュトラ君……」
「えへ、キスはするなって言われてないから、キスはしちゃった」
シュトラと浩樹は、お互いに身を寄せ合った。言葉は要らない。二人で向かい合った形のまま、こつんと額をくっつけると、幸せそうに、愛おしそうに吐息だけで笑ってみせたのだった。




