第7話 人質ビジネス
東京港区の、クリスマスシーズンの電飾に彩られた街には、ちらちらと雪が舞い始めていた。
港区、といえば高級住宅街のそれを連想する者は多いだろうが、実際は今流行のタワーマンションの建設も盛んである。彼方たち木崎家も、そのタワマンの一室を母親が借りて、今は兄妹で住んでいるのだった。
それに、港区は、実は税金の滞納率も多いと聞く。どんなに高額なブランド品や車やペットに身を固めていても、中身は一般市民のそれに近い。金があろうとなかろうと、港区の住人は「港区在住」というだけで、なんとなく金持ちを気取りたくなるのであった。
そんな、タワーマンションのロビー付近で、彼方と傍多、それにクロエがシュトラたちの到着を待っていた。
クロエがきょろきょろと、ロビーを出て、シュトラたちを探している。彼方と傍多は、悪魔ほど寒さに強くないので、ロビーの中に入って、暖を取っていた。
「……クロエは寒くないのかしら」
傍多が言うが、彼方は、
「本人が寒くないのなら、寒くないんじゃないの?」
と答えた。
やがて、クロエが「来た!来た!!」とロビーに飛び込んでくる。
彼方と傍多は、共有スペースに置いてあったソファから立ち上がると、ロビーの外へと駆けだしていった。
何百メートルか先に、華奢な少年を、いわゆる「お姫様だっこ」で抱えた、「ヒロくん」が歩いてくるのが見えた。
彼方たちは、浩樹目指して駆けていく。
「ヒロくんさん!!」
「……さかなクンさんみたいに言われても……」
浩樹のことを呼び止めると、浩樹は気まずそうに笑った。
彼方と傍多が腕の中のシュトラを見ると、シュトラは青い顔で、ひゅ、ひゅ、と呼吸をしている。脇腹に血がにじんでおり、原宿で購入したらしいゆめかわ系の服を赤く染めている。
「すぐにうちに運びましょう」
傍多が、そう言って浩樹を先導する。彼方は、浩樹のサポートをしながら、マンションの中へと運び込んで行った。
――タワーマンション木崎家。
シュトラを、いつも悪魔兄妹の使っている母親の部屋のベッドに寝かせると、悪魔たちは何かを話し合っている。そして、ルガリが彼方に「包丁はあるか?」と聞いた。
彼方は、傷口の様子を見るために服を切り裂くのだと考えて、包丁を持ってくる。
……しかし。
ルガリは、包丁で自分の手首を軽く切った。
「な、何してるのさ!?シュトラ君の治療するんじゃないの!?」
彼方が慌てて言うと、ルガリは
「うん?治療だ」
と言って、傷口からしたたる血液をシュトラの口に垂らし、口を抑えて鼻をつまみ、飲み込ませた。
すると、シュトラの傷口からゆっくりと光があふれ、内臓が見えてしまうのではないかと思うほどの深い傷を、編むように肉組織が復活していく。
「出血による貧血まではどうにもできない。応急処置をしたが、もう少し休ませておくことだな」
ルガリはそう言って、自分の手首を切った傷を、べろりと赤い舌で舐めた。確かに、シュトラの呼吸は、すう、すうと穏やかなものに変わっている。
「ヒロくんさん、こっちに。兄貴も」
傍多が、浩樹を別室に呼び寄せた。
「ヒロくんで良いですよ……もしかして、シュトラ君のことですか?」
彼方が最後に部屋を出て、扉を閉めると、傍多はリビングに彼方と浩樹を呼ぶ。
「ええ。というか、ビジネスの話をしましょう」
「ビジネス……ですか?」
浩樹は、眉をひそめた。彼方には、傍多が何を言い出すのか、全くわからない。
「私たちは、今、東京の霊能事務所に所属しています。そして、シュトラ君を捕まえるように指示されています」
「…………」
「ちなみに、現在、魔界からシュトラ君の懸賞金として、1000万が提示されています」
「……いっせん……」
浩樹は、そのあまりの高額にか、少々めまいを覚えているようだった。
「一応、事務所に所属しているものですから、我々の取り分は、そのうち800万です」
「…………」
「……で、シュトラ君がある程度回復したら、我々はシュトラ君を事務所に引き渡さなければなりません」
浩樹は、合点がいったように、唾を飲み込んだ。
「それが……ビジネスということですね」
「そう。ヒロくんが、それ以上の金額を打診してくだされば、我々も多少は協力しよう、ということになります」
浩樹は、ゆっくりと自分の尻ポケットに手を入れた。ポケットから出したのは、黒革の財布である。
「……俺の貯金が500万あるのですが、それでは……?」
「……残念です」
傍多は、首を振った。浩樹は慌てて、傍多の両腕をつかむ。
「1000万!1000万用意します!」
「……んー……しかし、魔界と敵対するとなると……少なくともこれくらいは……」
と、傍多は2本、指を立てて、浩樹に提示した。
浩樹は息を呑んだが、すぐにその指にすがるように傍多の両手に自分の手を重ねた。
「わかりました!2000万用意します!すぐには用意できませんが……必ず!必ずご用意しますので!どうか、シュトラ君を助けてください!!」
「良い交渉ができて嬉しいですよ」
傍多はそう言ってにやりと笑うが、彼方は到底笑えることなどできなかった。この妹は、本当に悪魔か何かかと、疑いの目をやるのだった。




