第2話 恐るべき妹
そんな、混乱した中で、みしみしと廊下を軋ませながら歩いてくる人間がいた。
「クーローエー、ちゃん。遊びましょ」
女の声だが、どこか平坦で、感情を感じられない。
クロエと呼ばれた銀髪の少女が、「ひっ」と悲鳴を喉で押し殺す。
「兄貴の部屋にいるのね……なるほどなるほど。すぐにベッドに引っ張っていって、天国を見せてあげるわ」
「わ、私たち悪魔を天国に連れて行くとか、どんな罰よお……!」
クロエは、そう言って震えていた。そこで、彼方は「君たち、悪魔なのか……」とようやく理解した風に言う。
「兄貴-。3pしましょー!」
そう言って、ドアを開けたのは、兄である彼方と同じく紺色の髪をした。ショートカットの少女であった。全体的に凜とした顔立ちで、確かに一見すると美男子にも見える。背も、兄より10cmは高く、170cmを超えようかというほどである。
「……あれ。もうお楽しみだったの?」
妹は、そう言って、小首をかしげる。確かに、全裸の男が、彼方の上にのしかかっている様子は、襲っているようにしか見えない。クロエは、ベッドサイドのボードの裏に隠れているが、頭部が丸見えなので、隠れているようにも見えない。
「傍多、こいつら悪魔だ」
兄である彼方が言うと、妹の傍多は「ふーん」とさほど興味を示さないように返事をした。
「悪魔だろうが何だろうが、私の性欲を満たしてくれるために来たんでしょ?だったらノリが良いのは感謝こそすれ、逃げたり隠れたりするようなことじゃないと思うんだけど?」
……とんでもない妹である。彼方は、この妹が、家訓である「結婚するまでは処女・童貞を貫くこと」を守っているのか、心配になってもいた。
「そうねそうね。とりあえず、クロエちゃんをこっちに渡しなさい。4pってのも乙かもしれないけど、一応、初めてはマンツーマンでレッスンするべきだものね。さ、渡しなさいよ」
そう、怯えるクロエに手を伸ばすと、クロエの手が素早く動き、傍多の手を引っかいてみせた。
つつ、と、爪で傷付けられた手に、血がにじむ。
「……なるほど。こっちに来たくないのね。それなら、兄貴たちがここから離れるべきだわ。早く離れ――」
そのときだった。
暗かった空に、一筋の光がきらめく。太陽が、遙か遠くの山の間から、顔を出したのだった。
クロエの銀髪が、その光で金色に染まった。悪魔の兄のがっしりとした体躯も、ハッキリと見える。
「……わお。いい男じゃない。兄貴、もう抱かれたの?」
「は!?そんなわけないだろ……」
「じゃあ、とりあえず、ダイニングに集まりましょうよ。話を整理したいわ」
傍多は、そう言って、「ふんふん♪」と上機嫌で廊下を歩いて行った。
彼方らは、ばつが悪そうにゆっくりと動き出す。
「……とりあえず、服着てください。あなたは」
そう、悪魔の兄に言うと、兄は「ルガリだ」と名乗ってみせる。
「クロエさんも、ご飯にしましょう。大丈夫、さすがにご飯を食べながら襲ってくる人間はいませんから」
未だにベッドサイドに隠れているクロエにも声をかけると、「うー」とうなってから、おずおずとベッドサイドから出てくる。
いきなり性的に襲われそうになって、それが「間違い」だったということは、彼方にとって「なんじゃそりゃ!」な出来事だったが、あれでなかなか頭脳明晰な傍多がなんとかしてくれるだろう、と思い、彼方も巻き込んだシーツから抜け出し、廊下を歩いて行ったのだった。
――
『淫魔のコロシアムでの優勝商品が、私たちなわけ!?』
思わず、口をそろえてしまったのが、彼方と傍多の兄弟だった。
これまでずっと説明しているのは、妹のクロエだったが、小さく「はい」と答える。
「ここの家の兄弟は、元牧師を父親に持っていて、自分たちもミッションスクールに通っていると聞きました。しかも、処女と童貞だということで、悪魔にとってはものすごーく魅力的なんですよ、はい」
「悪魔は神に仕える者を惑わすのが仕事だからな」
短く、ルガリも言ってみせる。
「……で、優勝賞品としてあなたたちを頂いたんですが……兄と妹を間違って目視してしまい、こうなったです。はい」
「確かに、うちの兄貴は女顔で背も小さいし、私は顔が中性的で背が高いものね」
傍多が口を挟む。彼方は、キッチンで作業しながら、嫌そうに顔をしかめた。『女に間違えられた』ということが尾を引いているのだろう。
「でも、確か、クロエも最初に『契約』って言ってたわ。悪魔との契約って、絶対的なものなんじゃないの?」
「はい……」
クロエが、うなずく。
「じゃあ、契約解除して、また普通に契約し直せば良いんじゃないかな」
彼方がそう言うと、今度はルガリが口を挟む。
「悪魔の契約は、5年しばりだ」
「なにその旧ソ○トバンクのケータイ契約みたいなしばり……」
しかし、傍多は、それを聞いて嬉しそうにした。そう、傍多は、根っからのレズビアンなのだった。
彼方はそれに顔をしかめる。彼方はホモでもなんでもないのに、このままでは傍多の話術でルガリとホモにさせられそうだと気付いたのだった。