第5話 ルール?何それおいしいの?
「もう、危ないなあ、こんな住宅街で……」
シュトラは、ひらりひらりと炎弾をかわしてみせる。
追っ手は、まだ未熟なのか、冷静にターゲットに当てようとせず、がむしゃらに弾を撃ちまくる。
「本当の炎弾っていうのはね……」
と、シュトラが再び杖の肌を撫でる。途端、青い杖は赤に変化した。
「こういうんだよっ!」
と、シュトラは杖の先から人一人すっぽり入るほどの大きさの炎弾を放った。
「シールド、保つか!?」
「いや、この大きさでは無理です!!」
男たちは、改めて人と悪魔の実力差に驚愕する。元々、悪魔というのは天使のなりそこないや、事情があって堕天した天使のことを指す。つまり、シュトラが賞金首として1000万もの大金をかけられるということは、それだけの実力があるということだった。
男たちは互いに横に飛び、巨大な炎弾を回避する。しかし、それが精一杯だった。
すぐにシュトラが間合いを詰め、大きくジャンプして馬跳びの要領で男の一人をぽんと飛び越え、その男の背後に回ると、すぐに男の腕の関節をぐるりと極める。
首元には、赤く染まった杖を持ち、男に対して突きつけている姿となった。
「どうかな?この距離で炎魔法放ったら、この人黒焦げになっちゃうかもね?」
シュトラはカラカラと笑う。こつん、とロンドンブーツを鳴らして、もう一人の男に迫る。
「安心してよ。僕は無用な人殺しはしないんだ。……そう、無用なら、だけど。君たち、もう僕を付け狙わないって約束してくれるなら、このまま帰してあげるよ?」
「つっっ!悪魔が……!」
拘束されていない方の男が、ゆっくりとホールドアップする。それは、実際に負けを認めたことになった。
「実に賢明だね。そう、人間が僕を捕まえようなんて思わないことだね。でも、少しだけ質問しようかな?どうして僕たちがゲートを突破したと伝えられたの?」
「……魔界から直接通信があったそうです。懸賞金をかけているのも魔界です」
捕まっている方の男が、苦しそうに言った。ふむふむと、シュトラはうなずく。
「そ。じゃあ、主導は魔界なんだ?参ったなあ……ゲート文化にムカついちゃったのと、人間界って面白いって聞いてちょっと旅行のつもりだったんだけど……」
しかし、悪魔が魔界の扉を許可なしで突破するということは、こうして追っ手に追われる立場になるということだった。当たり前である。パスポートを持たずに現代日本に海外から旅行に来ることは不可能。そういうことである。
「ま、しょうがないかあ」
そう呟いて、シュトラは、男の首に当てていた杖を、手首で回す。
すると、ぱん!という音と共に、男たちの服がはじけ飛んだ。男たちは、下着一枚の格好になる。
「うひゃああああ!!」
「え……なっ……!」
男たちが肌を隠すように自分の体に腕を回すと、シュトラは顎で示した。
「行きなよ。今度は君らが追われる立場だ。あは!お巡りさんに見つかるのと、事務所まで帰るのと、どっちが早いかな~?」
「ひゃああああ!!」
男たちは、悲鳴を上げながら逃げていく。浩樹は、おそるおそるソープランドの看板から顔を覗かせた。
「あの……終わったんですか……?」
「うん!ヒロくん!」
シュトラは、満面の笑みを浮かべて、浩樹の元にちょこちょこと駆け寄ってきた。
「……ヒロくん、怖くなかった……?」
シュトラが、急に表情に影を作る。しかし、浩樹は、「いえ……」と答えた後、こう言った。
「とても……綺麗でした」
「えっ!?どこが!?ねえどこが!?」
その途端、シュトラの顔がパッと華やぐ。浩樹は、少々たじろぎながら、言う。
「えっと……魔法を避けているところが、ダンスみたいでした……」
「ホントに!?やったあ!!」
シュトラは、両腕を頭上に掲げて、バンザイをしてみせる。浩樹は、それをとても暖かな瞳で見つめた。
「でも、シュトラ君は、魔界に帰った方がいいかもしれません」
そう、浩樹が言うと、シュトラは表情を曇らせる。
「なんで?人間界、楽しいじゃん!僕が悪魔だから!?」
「いえ……でも、こういう逃亡生活って辛いんじゃないかと思いまして……いつも勝利できるとは限りませんし……」
「ヒロくんは僕が邪魔なの!?」
「そうは言っていませんよ。でも、危険だと言っているんです」
浩樹は、何故シュトラがそこまで人間界に執着するのかがわからなかった。人間界を楽しいと思うのも、一時的な感情で、実際に人間界に定住すればその考えも変わると思っていたのだ。
「今、魔界に帰れば、そうお咎めもないでしょう。大人しく魔界に出頭した方が……」
「ヒロくん!ホテルどこがい~い?こっちがジャグジー付きで、こっちがクラシックスタイルのお部屋ってあるよー」
「……って、聞いてないんですか……」
浩樹は、わがままな子供に接するように、根気よくルールを教えなくてはならないことに、少々の頭痛を覚えた。シュトラは自由すぎる。しかし、何の変哲もない会社員だった自分に、ここまで自由を教えてくれたのも、シュトラであると気づいてもいるのだった。




