第4話 原宿アクション
――原宿。
いわゆる若者のポップカルチャーであふれた街……というのはごく最近の話で、以前まではロリータ姿の女性が闊歩していた街でもある。
そんな歩行者天国の路上を歩く人混みに紛れているのは、ピンク髪の三つ編みをふりふりと揺らすシュトラであった。
しかし、原宿ではピンクの髪の人間など、そこら中にあふれている。青、緑、金色。様々な髪の、様々な格好をした人間が、当たり前のように通りを歩ける街。それが、現在の原宿であった。
「んー!すっごいね、可愛いものばっかり!」
あちらこちらに目移りしながら、シュトラは堂々と通りを歩く。
「ヒロくんはどう思う?こういうウィッグとか付けてたらバレないかも……なーんて」
そう言って、シュトラは店頭に置いてあるウィッグに手を伸ばす。しかし、そのウィッグも、水色と銀髪のツートーンカラーという、とてつもないものだった。
「あ、あの……」
「ん?」
シュトラは、にっこりと笑顔で浩樹を振り返った。
「……どうして、俺なんでしょうか?」
「それ、どういう意味?」
「いや……シュトラ君が追われているのは知ってますけど、どうして俺を一緒に連れて行きたがるのかって……」
「エッチが上手いから」
シュトラは、即答する。浩樹は、傷ついたような顔になった。
「あはははは!嘘嘘!それはね、ヒロくんのこと、僕がだーいすきだからだよっ!」
シュトラはそう言って、浩樹の装着している首輪の鎖をじゃらりと引き寄せた。自然と、浩樹の体もシュトラの方へと引き寄せられる。
7cmヒールのロンドンブーツを履いているシュトラと、普通の中肉中背の浩樹では、身長差はあまりない。しかし、シュトラは、自分の体を少しかがめて、浩樹の胸元にぽすんと寄りかかった。
「大好きだよ、ヒロくん」
原宿では、首輪に鎖といった奇抜な姿でも、通りの途中で抱き合っている人間を見ても、眉をひそめる人間はいても、まじまじと見つめる人間はいない。大都市東京は、そういう街であった。
――そう、原宿の普通の人間は、それくらいでは気にはしない。ただし、それが懸賞金のかかっている賞金首となればまた別であった。
「ヒロくん、今日はどこのホテルにしよっか?漫画喫茶はちょっと嫌だよ-?エッチの時に声が出せないっていうのは、結構きついんだからー」
シュトラは、浩樹と腕を組んで、原宿通りを抜ける。浩樹は、「……任せます」とだけ言った。
「んもー、ヒロくんってばいっつも僕頼りなんだからー。たまには、強引にラブホに押し込まれて、ラブホのエレベーターで待ちきれずにキス!とかやってみたいのになー」
シュトラは少しだけ片眉を跳ね上げた。
シュトラは、性別こそ男であるが、恋愛対象はずっと男性であった。そのため、自分の中性的な外見を利用し、メイクや女装を覚えて、堂々と人通りの多い場所をいちゃいちゃしながら歩けるようにしたのである。以外と、合理的な考えの持ち主なのだった。それが、悪魔という種族の性であるかはわからないが。
原宿通りから、ホテル街に抜ける道は、以外と人通りは少なくなる。
原宿を訪れる女性はティーンが多く、まだそういう性的なことには興味を示さない年齢であることも関係するかもしれない。
「……でさ、ヒロくん、リアクションなしでお願いしたいんだけど」
シュトラは、声を潜めた。
「……尾行されてるよ。間違いない」
「……っ!?」
「リアクションしないでってば。このまま自然に歩こう」
シュトラは、振り返りそうになる浩樹をなだめて、絡めていた腕をすっとほどく。
「ヒロくんは僕が動いたらすぐ隠れて。……首輪の鎖は僕、放すから、一人で持っててね?首輪、外しちゃ嫌だよ-?」
こんな時でも、シュトラは茶化すのを忘れない。浩樹は、どくんどくんと脈打つ心音に、「静まれ」と願いを掛けた。
「来るよ、3,2,1……隠れて!ヒロくん」
カウントしたかと思うと、シュトラは懐から30cmほどの粗末な木製の杖を出した。しかし、シュトラがそれの肌を撫でると、杖はみるみるうちに青色に変化する。
「魔界にケンカを売った悪魔、シュトラだな!?人質を放したのは感心だ」
追っ手の男が、前に出る。
「人質……?あはははは!そんなんじゃないよ!ヒロくんは僕のものだからね!」
「……狂ってるか……いいぞ、終わらせてやる!」
別の男が、そう言って構えた。
シュトラの杖がひらめいた。とほぼ同時に、高圧で放出された水が刃となって男たちを襲った。
男たちも慣れたもので、一人がそれを能力の「盾」で受け止める。そして、もう一人が、水とは対称の炎魔法を放った。
「あはっ!いいね、エッチの前にアドレナリンだしておくのもさあ!」
シュトラは、それをひらりと蝶のように翻ってかわした。その華麗なステップは、一流アスリートのそれでもあった。
「シュトラ君……」
浩樹は、それを物陰で見つめていた。シュトラは今は優勢のようだが、これから「追っ手」がどれだけ来るかはわからない。浩樹は、それを危ぶんでいた。




