第12話 それぞれの家庭
「あ、お兄ちゃんたちおかえり」
室内に入ると、床に肘を突いて寝転びながら、クロエがポテトチップスを食んでいた。
「クロエ、お行儀悪いよ」
彼方がそう注意するが、
「だって私、悪魔だもーん」
と、悪びれない。
「そういえば、今日はクロエ、ついてくるって言わなかったね」
と、彼方が、帰り道のスーパーで買った食材を冷蔵庫に入れながら聞いた。
「え?だって私、学校行ったもん」
クロエが、首をかしげながら言う。
「学校って……まさか……」
「ふふーん、色んな人に暗示をかけまくって、私が転校生ってことにしたの!すごいでしょ!」
顔を輝かせて、「褒めて褒めて」といわんばかりのクロエに、彼方は、「公文書偽造罪……」と呟いた。
「ああ、よくやったなクロエ。良い子だ」
と、ルガリがクロエの頭を撫でる。クロエは、「そうだよね!私良い悪魔だと思う!」と微妙に使い方が間違っていると思える返事をして、笑う。
「……ルガリがそうやって甘やかすから、クロエはこんな風に育ったんじゃないの……」
彼方が、呆れてそう言った。
「でも、変なのよね-。私がロシアからの転校生って言って、傍多と同じクラスになったんだけど、皆、妙によそよそしいっていうか……。学校ってこんな感じなのかしら?傍多に甘えたら、呼び出されて『木崎さんは皆のものだから、一人だけ近寄らないで』って言われるし-。『傍多は私のものよ!』って言ったら、なんか怒ってたみたいだけどー」
それを聞いて、彼方は、正直めまいがした。この子は、どれだけ地雷を踏んでいるのだろうと。
そして、その地雷を踏んでも、けろっとしているのが、このクロエという人物だった。
「それは、クロエに嫉妬しているんだ」
と、ルガリがクロエの目線に合わせてしゃがみ込むと、クロエは「嫉妬?」と更にこてんと首をかしげたが、すぐに「ああ!」と瞳をキラキラとさせた。
「知ってる!7つの大罪よね!傲慢・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲。それに、嫉妬で7つ!じゃあ、もしかして、私ってすごい!?人間を堕落させているのね!」
「ああ。そうだ。クロエは偉いな」
……この兄妹は!そう思いながら、彼方は今日の夕食の献立を考え始めた。
「……そういえば、傍多は今部活?」
そう、彼方が聞くと、クロエはふふんと笑って胸を張る。
「部活は、彼方と違う部に入るの!ほら、『会えない時間が愛を育てる』っていうじゃない!」
「……そう」
彼方は、若干呆れながら、この悪魔の妹の暴走を誰か止めてくれ、と願った。
――
傍多が帰ってきてから、4人で夕食を済ませる。
それから……これだけはスイッチ一つで済ませることができるため、風呂の用意は傍多がしていた。
全員が風呂に入ってから、彼方は最後に入浴する。これは、ついでに明日の風呂掃除の箇所を見つけたりするためだ。
「ふう……」
ゆらゆらとゆらめく水面を見つめながら、彼方はバスタブに身を沈めた。風呂は自動で、41度の設定になっているため、最後に入ってもぬるいということはない。
「……しかし、あの悪魔兄妹は仲良いよな……」
思わず呟いてしまう。自分が、つい最近まで傍多とすれ違いの生活だったため、こうして「家族らしい家庭」というのが、妙に懐かしく感じてしまうのだった。
父は亡くなり、母は仕事で海外に出ている。傍多は学校と部活の日々で、彼方はというと、「霊能処・無道」の仕事と家事にいそしんでいる日々。こうして、家族というか、偽家族とはいえ賑やかな家庭は、本当に久しぶりだと思う。
「……家族ねえ……」
彼方は、思わず感慨にふけってしまう。そして、自分が不登校になった時、父が亡くなった時、それから――と、様々な家族の危機を考えてしまった。
「……まあいいや」
そう言って、彼方は、バスタブから上がる。
体を拭きながら、洗面所に入ると、高級基礎化粧品が目に入った。
「うっわ、これ、一本5000円くらいするやつじゃん……傍多は、こういうの興味ないし、クロエだな……?」
それなら、あの美肌を保っているのも納得である。一応、傍多には彼方からのお小遣い月1万と、休日に「無道」で仕事をした際に稼いだお金は自分で使って良いと言っている。「無道」での仕事はなかなか高給だし、母親からの仕送りもあるので、彼方たち兄妹はあまり貧しているわけではない。
しかし、彼方は、スーパーで安売りの食材を買ったりすることが好きだった。金があるないの問題ではなく、これは性分なのだろうな、と自分では思っている。
「……今日はルガリ、来ないだろうな……」
彼方は、危うく昨夜のキス事件を思い出して、ため息をつく。
悪魔は、人間の精気が栄養源だと聞いてから、「でも、他の女性を選べばいいじゃないか」と、彼方は思ってしまう。元々、ルガリが契約したがっていたのは傍多で、ゲイでないという思いがあったからだ。
「……僕は女性じゃないもんな……」
しかし。その言葉で、ぎゅっと胸が痛くなるのを、彼方は自分の中でなかったことにしていた。




