第11話 初仕事の後で
『おおおお……お……』
人柱の女性は、泣きながら呟く。
『腕と足がある……!これで会える……!おおおおお……』
「そうですよ。彼に会えます。上を見てください」
女性がゆっくりと上を見ると、愛しい彼が、両腕を広げていた。
『ああ……懐かしい……!やっと会える……抱きしめてもらえる……!』
女性は、縛られていたミイラから解き放たれ、男性に導かれるままに上へと上がっていった。
彼方とルガリは、それを見送る。
そして、倉庫の中には、ミイラの入ったただの箱だけが残されていた。
「はい、これでおしまい。ルガリ、遅くなったね」
「全くだ。斬った方が早いと何度言わせるんだ」
ルガリの、非人道的な考えは、彼方には理解できない。しかし――
「バディとしては、なかなか良かったよ」
「……そうか」
ルガリは、口の端を引き上げることで、笑ってみせた。彼方は、目を見開く。
「ルガリの普通の笑顔って、僕初めて見た気がする。ね、もう一回笑って!もう一回!」
「見世物じゃないんだぞ……」
途端、ルガリは、呆れたような表情に戻ってしまった。
――そうして、彼方とルガリは、再び駅に送ってもらい、帰路についた。
箱の中の、「空っぽになったミイラ」は、火葬場で焼いた後、無縁仏として近くの寺に預けられることになっていた。
帰りの電車は、昼頃だからか、二人とも並んで座ることができた。
疲れたのか、彼方はルガリの隣で、うとうとしている。
「寝ろ。着いたら起こす」
そう言って、ルガリが彼方の肩を引き寄せた。眠気に勝てない彼方は、引き寄せられるままにルガリの肩にことんと頭を乗せる。
そのまま、寄り添うように、二人は電車で、わずかな間の逢い引きを楽しんだ。
――「霊能処・無道」。
「はい、お疲れさん。二人とも、ちゃんとできたみたいじゃないか~」
相変わらず、シルバーアクセサリーをゴテゴテ付けた無舵が、彼方から、「ご祈祷代」とされた封筒に入った金を受け取る。
「ルガリが強いんですよ。僕はほとんど何もしていません」
彼方はそう謙遜するが、無舵は「あーはいはい」と流して聞く。
「ほら、お前たちの取り分」
と、無舵から結構な額の金が二人に分けられた。彼方は、「いただきます」と言って、それを手に取った。
「あら、今日は傍多ちゃんはいないのね」
と、後ろから声がする。二人が振り返ると、そこには黒髪をアップにまとめた、口元にほくろのある妙に妖艶な美女が微笑んでいた。
「柏木さん……今日は平日ですよ。普通、この時間は学生は学校です」
「あら、そうだったかな?いやいや、昨日もつい飲み過ぎちゃってるし、日にちの感覚がないのよねえ……。ほら、無舵さん、私の分」
と、柏木という美女も、封筒を無舵に差し出す。
「柏木さんは、今日はその……『副業』ですか?」
と、彼方が、少し言いにくそうに聞く。ルガリがそれに疑問を持つ前に、柏木がルガリにさっと名刺を差し出す。
「副業……というか、趣味と実益を兼ねて、ヘルス嬢やってる柏木でっす!ちなみに、SMヘルスです!」
ルガリは、その差し出された名刺から視線を外し、彼方に『なんだこいつ』という目で合図を送る。
「あれー?名刺受け取ってもらえないのかな?お兄さん、18歳以上だよね?しかもイケメンだしぃ~、ま、私はセックスが得意そうなねちっこい脂ののったおじ様の方がタイプなんだけど、これも営業営業ってね!」
更に、目線の辺りまでずずいと名刺を差し出す柏木。かなり、強心臓の持ち主のようだ。
「あ、あの、ルガリは……まだ、日本に来て間もないので、そういうの苦手みたいです」
彼方が、助け船を出した。さりげなく、名刺を柏木の方に戻して、ルガリが受け取らなくて済むようにする。
「にゃ?そうなの?そういえば、外人さんっぽいもんね。ハーフかと思ったわ。ってことはまだチェリーだったりする?お姉さんが筆下ろししてあげよっか……ふぎゃっ!」
そこで、彼方が、にっこりと笑顔で柏木の顔面に名刺を持った手をばちんとぶつける。
「い・い・加・減・に・し・ま・しょ・う・ね?」
「にゃー……親善のジョークなのにい……」
柏木は、彼方にいさめられて、しゅんとした様子で名刺をごそごそとしまった。
「俺、もう発言して良いかな?柏木、こちらが新しく入った、ロシア国籍のルガリさんだ。ルガリ君、この女性が柏木だよ」
無舵が、機を見て紹介する。
「……ロシア国籍って、いつ取ったのさ……」
「何か文句でもあるか?彼方」
「……いや。いいけどさ」
「ルガリ君は、当面、彼方とバディで行動して貰うようにする。柏木は、もう前日飲み過ぎて依頼人の約束すっぽかして寝てたりするなよ?しかも、『すみません、電車が混んでて!』とかいう頭の悪い言い訳はしないように」
「にゃご!」
柏木は、軽く目をつぶって一応、反省の意を表す。
こうして、初依頼をこなした彼方とルガリは、そろって家路についたのだった。




