第10話 人柱の女性
黒い霧の発生源は、箱の中身にあった。
「ルガリ……大丈夫?」
彼方は、一応声をかけるが、ルガリは
「俺を何だと思っている。悪魔だぞ?魔界の瘴気よりはだいぶマシだ」
と言って、彼方の腕を取り、箱の中身から体を離す。
「……これ、人柱だ」
彼方が、そう言うので、ルガリは「人柱?ああ、よく橋を架ける時に若い女を犠牲にするあれか」と答えた。
「うん。しかも、生きたまま両手両足を切断してから、地中に埋めてる。それで、恨みに恨んだ女性の思いと、そこらにいた浮遊霊がかなりの年月を経て、融合してる。まずいな……」
「それで、こいつの出番か」
と、ルガリは、有舵丸を取り出す。
「待って。まず説明させて。『有舵丸』は、いわゆる魔法攻撃なんだ。攻撃するのは、こっちの『無舵丸』の方。どっちか選んで」
そう、彼方は言うと、自分の持っていた無舵丸を差し出す。
「俺はこっちだろう」
と、ルガリが無舵丸を取った。
「うん、そうだと思った。で、使い方は普通の剣と同じで大丈夫。でも、霊に対する攻撃は元の無舵丸のリーチになるから、今の無舵丸の2倍のリーチになると思って」
「わかった」
そのうち、ずず、と、真っ黒な影が箱からせり出してくる。有舵丸と無舵丸が、カタカタと揺れた。霊気に当てられて、反応しているのだ。
「とりあえず、元の女性の霊は傷付けないで!まず、他の浮遊霊をそぎ落としちゃおう。僕も援護するから!」
「わかった」
ルガリはそう、一言言って、跳躍した。まるで、重力がないかのように高く飛び上がると、黒いもやに斬りかかる。
すると、もやが集まって、女性の姿に形を変えた。しかし、その手足の代わりに浮遊霊がまとわりつき、両目も口の中にも、胎児のような浮遊霊が詰まっている。
その、右腕にいた浮遊霊を、ルガリは切り離した。元に戻ろうとするその腕を、彼方の有舵丸から放たれた炎が焼き尽くす。
「後は作業だな」
と、ルガリが言う。左腕も、切り離して、焼却。
すると、女性の足がルガリに向かって蹴り出された。しかし。
「遅い」
そう呟いて、ルガリがその左足を切断する。彼方に向かってそれを放ると、彼方がそれを有舵丸で焼く。
『ああああああ……ああああああ』
女性が、体を震わせて嘆き悲しんだ。
『腕を……私の腕と足を……!』
しかし、ルガリは眉一つ動かさない。右足をつかんで、切断し、彼方に放る。
そして、女性の顔をのぞき込むと、「この、中に詰まっているやつはどうする?彼方」と声をかけた。
「それは、こうして……」
と、側まで近寄っていた彼方が、有舵丸を女性の口に突き刺す。
「こう!」
と、有舵丸が光を放つと、女性の中に詰まっていた浮遊霊が焼却された。
「後はこいつだけか……」
と、ルガリが無舵丸を肩に乗せてトントンと叩く。
「待って。まず、話が聞きたい」
と、彼方は、女性の正面に膝をそろえて座った。
「辛い目に遭いましたね」
彼方が、女性に話しかける。
『おおおお……私の手と……足がない……』
「そうですか、それはおつらいですよね」
『手と足……手と足がない……』
「手と足がないと、彼に嫌われてしまうと思っているんですね」
ぴたりと。それまで震えていた、女性の霊が、動きを止める。
「あなたには彼がいたんですね。それなのに、人柱にされてしまって、あまつさえこうしてミイラ化されて長い年月を土の中で過ごした。それでもずっと『上』に上がらずにいたのは、彼が迎えに来てくれると、彼が解放してくれると信じていたから。そのために、あなたには手と足が必要だったんですよね」
『お……おおおおお……』
女性の頬から、涙がぼろぼろとこぼれる。
「彼は、ずっとあなたのことを気に病んでいたのですよ。そのため、妻も取らず一人で一生を過ごし、あなたが人柱になった後も、一年に一度、花を手向けていたのを知りませんでしたか?……いえ。あなたには手と足がないから、会いに行けない、会ってはいけないと思っていたんですよね」
『……おおおおおおお……』
女性は、号泣した。ルガリは、全く理解できないというような顔で、待っている。
「彼方、さっさとこいつで斬った方が早いぞ。そいつのためにもなる」
「黙れ」
彼方は、怒りを込めた目で、ルガリを見据えた。
「悪魔にはわからないよ。ちゃんと話をして、自分で上に上がって貰った方が良いって」
「しかし、それはお前の気持ちだろう。斬った方が早い」
「……ルガリ。お願いだから黙っててくれるかな。君と話してると、いつまで経っても平行線だから」
そこでルガリが黙ったので、彼方は女性に手を掛ける。
「彼のいる処に行きましょう。大丈夫、あなたには手も足もあります。僕が作ってあげますから」
そう言うと、彼方は、女性の右腕、左腕、右足、左足に霊力を込めて、手足を繋げてみせた。




