第1話 俺があいつで、あいつが俺で!?
「……あれがターゲットの家ってことね……」
木枯らし吹きすさぶ季節、一つのマンションを目前にしながら、宙に浮く人影があった。
もちろん、現代日本で、「宙に浮く人間」などいるはずもない。いるはずもないのだが、現に、この人影たちはふわふわと浮かんでいる。
目下にはキラキラと輝くネオンの光があふれている。
都会と言われれば都会の光景だが、その偽の星空は、どこかむなしくもあった。
「いい?間違えないでよ?西側の部屋が妹の部屋よ。そして、真ん中が兄の部屋だからね?くくっ、どっちも極上の気を放ってるわ……!とっても美味しそう……」
背中に伸びた黒いコウモリのような翼をはためかせながら、銀髪のストレートロングで、赤い目の少女がそう言って口元をぬぐう。格好は、ネグリジェのようにひらひらとした、一般的に連想されるドレスのような、豪奢な服装をしていた。
「そっちこそ、目視したターゲットは間違っていないだろうな?」
そう、もう一人の、背の高い男が言う。
こちらは、サングラスとマスクで顔の全体を隠しており、自衛隊が着るような迷彩色の服に身を包んでいる。顔を隠しているとはいえ、プロポーションで言うと中身はなかなかのハンサムであろうとうかがえる。
「しっつれいね!私の視力は4.0あるのよ!この目でちゃんと見たわ!」
「悪い。疑う気はないが、念のためだ。さて、では、食事にしよう。降りるぞ」
「ちょっと、お兄ちゃん!……ああもう、ホントに団体行動できないんだから……」
「妹」と呼ばれた銀髪の少女は、ため息をついてそのマンションを滑空していく。
悪魔の兄弟は、そうして、ターゲットの人間の部屋へと潜り込むのだった。
――
ぱたぱた、とカーテンが揺れる音がする。
それで目を覚ました木崎彼方は、「ふあっ」と声を上げてあくびを一つする。
「……何?窓閉めてなかったっけ……?変なの……」
そう、幼さを残した声で、窓際に置かれたベッドから手を伸ばして、窓を閉める。
ついでに、窓の外をうかがうと、いつもの「眠らない街」のネオン街が見えた。
この街には夜がない。夜中であろうと、皓々と光の照らす店が軒を連ねる様子は、まさに「不夜城」と言うべき街であった。
「……もう一回寝よう……」
彼方はそう呟いて、ごそごそとベッドに戻り、布団を掛ける。そして、ほどなくして、深い睡眠に落ちていった。
――
そんな彼方は、夢を見ていた。
黄色い草花の生い茂る花園で、誰かと抱き合う夢。
彼方は、夢の中では、その誰かと恋人であり、抱き合うなど当然と考えていた。
しかし、様子がおかしい。
恋人は、180cmはあろうという体格で、体つきもごつごつしている。しかも、腹の奥に響くような良い声は、彼方を夢中にさせた。
まあ、こういうのもいいか、と冷静な彼方は自分を眺めている。
奇妙な、夢だった。
――
「……ん、」
次に目が覚めたのは、朝である。
彼方は顔まで覆っていた布団を剥いでから……固まった。
目の前に、顔がある。
栗毛の髪をざんばら髪にしており、整った顔は男から見ても美しい。しかも……彼方が最も驚いたのは、その人間が全裸であることだった。
「う、うわあ……」
彼方は、叫びも上げずに、ずりずりずり、と、男から遠ざかる。しかし、男は、それも当然というように、彼方をベッドの上方向に押しやる。
「精気をくれ」
そして、一番最初に発した言葉が、これであった。彼方は、「えー……何?」とどん引きした様子で今度はシーツを自分の体に巻いた。
「お前は、優勝賞品だ。だから、契約をしに来た」
彼方の頭は、寝ぼけと知らない人間が全裸で迫っているという光景に、ついていけない。
「この、藍色の髪も良い。目も大きいな。肌も、吸い付くような極上の肌だ。……さあ、褒めたぞ。俺と契約をして、精気を捧げろ」
そう言うと、男は彼方の頭をしっかりとホールドし、唇を近づけた。
ちゅ。むちゅ。ちゅ。
そんな音をさせて、彼方の唇が奪われる。すると、口づけしたところから光があふれ出し、彼方の体を取り巻いた。
「うわ……」
戸惑う彼方に、男が満足いったかのように微笑むと、
「契約は成された。これで、俺とお前はつがいだ。さあ、精気を――」
と、言った、そのときだった。
「うわああああああああああん!!」
幼い、少女の悲鳴が聞こえてきた。ばたばたとマンションの廊下を駆ける音。そして――
「お兄ちゃああああああん!!違う!!こいつら違うの!!」
銀髪の、ストレートロングの髪を揺らしながら、その少女は彼方の部屋へと駆け込んでくる。
そして、彼方と兄を盾にするように、さっとベッドサイドに身を隠した。
「何が違う?どうした、クロエ」
と、兄と呼ばれた栗色の髪の男が銀髪少女に声をかける。
「だから、お兄ちゃんが入った部屋が兄の部屋で、私が入った部屋が妹の部屋なのよ!!」
そこで、兄と呼ばれた男が、くわっと目を見開いた。
「……では、お前は……男なのか!?」
「え、ええ」
彼方が密かに女顔ということで傷ついていたのだが、それを知らない悪魔2人の兄弟は、その事実に驚愕していたのだった。