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風来歯科医の航海日記  作者: 時田柚樹
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5月15日

五月十五日 晴れ

「おはようございます。五月十五日。今日もいい天気です。良い一日をお過ごしください」

 船長の朝の放送で目が覚めた。朝七時。船の上だと思いだすのに少々時間を要した。彼の言葉が英語だったので、現在位置がわからなくなってしまった。

「失礼します。お目覚めですか、千早さま」

 ノックと同時にライラが入って来た。モーニングティーのことも忘れていた。

 ライラはドアの下に差し込んであった船内新聞を拾い上げ、紅茶と一緒に運んできてくれた。

「おはようございます。よく眠られましたか?」

「おはよう。おかげさまで。本格的な揺れがどうかなって思ってたんだけど、結構気持ちのいい揺れ具合だったよ」

 ライラはにっこり笑って

「皆様そうおっしゃいます。ですが、寝ている間だけかもしれませんよ?」

などと、不吉なことを言った。三日目くらいから医務室前には、船酔いの患者で行列が作られるらしい。

ふと疑問に思うのだが、目が回る時、北半球と南半球では回る方向が違ったりするのだろうか。排水溝に流れる水が逆回りになるように?

「朝食は十時までなら、いつでも結構ですよ。本日からバイキング形式になっています。『カーマイン』でもサンデッキでも、このお部屋のテラスでも、ご用意いたします。お好きなようにお召し上がりください」

「ありがとう」

「よい一日を」

 ライラは私のアホな考えを遮断し、最高のスマイルを残して部屋を出て行った。

 私は疑問を忘れ、紅茶を飲みながら船内新聞に目を通した。

夜届く船内新聞は次の日の予定が記されているが、朝ドアに差し込まれている新聞は、それらの変更事項やディナー時のドレスコードなどが書かれている。これに目を通しておかないと恥をかく。

朝食は今日もサンデッキにした。風の心地よさがたまらない。

ゆったりしすぎた感はあるが、ぼーっとしている時間は好きだ。


昼からビリヤード教室に参加しようと思い、プールバーに変身中の中ラウンジ『アリザリン』へ行った。

普段、このラウンジは小さな丸いテーブルがいくつも配置されており、ゆったりとした時間が流れているのだが、今日は活気があった。照明は、淡い赤に近いオレンジ色のもの。

 今日は一応教室ということなので、アルコールは無しだが、雰囲気はいい。それに、教室とは名ばかりのようでキューを握っている人たちは経験者のようだ。初心者にはちゃんと教えてくれる人がつくらしいが。

 この教室でマークに会った。

「こんにちは」

 声をかけると、マークも挨拶を返してきた。

「おー、千早(そう呼んでくれと言ってあった)。君もビリヤードを? 一緒にやろう」

 マークは機嫌がいいようで、私の肩をたたき、台へ誘った。

「たまにビリヤード室へ行ってるけど、いつも夜しか開いてないし、狭いしね。君は初めてかい?」

「この船では初めてですけど、昔かじってました」

 そう、若い時は夜な夜な店に通ったものだ。……だが、ブランクが長かったようだ。

「千早は筋がいいよ」

 マークが慰めてくれるが、白いボールはなかなか思うように転がってくれない。彼にアドバイスをもらいながら、やっと相手が出来るくらいの体たらく。継続は力なり。しみじみそう思った。

「やっぱり元が違うんですかね」

「はっはっは。俺は学生時代、代表を務めたこともあるんだ。もっとも、表彰台に上ったことは一度もないが」

「代表ですか。すごいですね」

「船にこんな立派なテーブルがあると知ってたら、マイキューを持ってきたのになぁ」

 マークは食事中とは全く違う表情を見せた。瞳は輝いてたし、口ひげは跳ね上がるように見えたし、細いだけのように見えた腕も力強かった。

「もうひと勝負しよう。大丈夫、身体が勝手に動いてくる」

 私たちは結局三試合した。全敗だったけど、楽しかった。

 さらに機嫌を良くしたのか、マークが言ってきた。

「今日の夕食のワインは私が奢るよ」

 そしてその言葉通り、夕食時にはメインの魚に合わせて、白ワインを出してくれた。それはそれは絶妙なチョイスで、香りも味も満足だった。

 明日か明後日か、私にも順番が回ってきそうだ。奢るのは嫌いじゃないけど、料理に合わせるという知識がない。その時には、ワインスチュワートにこっそり相談しよう。


 就寝前に本を読んだ。『RAKUGO』。英語訳されている落語の本なのだが、これが面白かった。日本でもそんなに経験したことがあるわけではないが、英語訳にした時の言い回しというか、表現というか。今年の末にでも日本語版をゆっくり堪能しようと思う


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