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短編集

いつか、好きだった風景

作者: 鞘月 帆蝶

     ◇◇◇



「ふぅ、久し振りだな……」



 東京から新幹線に乗り、徒歩を挟んで二度の乗り換え。そうして数十年ぶりに戻ってきたこの町は、私が知っているそれとは別物だった。


 近年、文明の進歩もあり、都心部では何年かぶりに訪れると風景が変わっていたりするが、それとは正反対の、相容れない変化がそこにはあった。


 和歌山県和歌山市草種畑。そこに私の実家の最寄り駅である『和歌山港駅』はあった。



     ※※※



 小さい頃、お袋に作ってもらったポーチを首から提げて、よく親父と一緒に電車で出掛けた。その頃は和歌山港線の終着駅もここではなくもう一つ先の『水軒駅』で、電車ももう少しは頻繁に通っていた。


 幼かった頃に父親っ子だった分の反動だったのか、親父から高校を出たら大学へは行かず、家の和菓子屋を継げと言われた時には猛反発した。親父の頑固も相まって、最終的に大学の金は出してやるが、二度と家へは戻ってくるなと、所謂勘当というやつをされてしまったのである。


 その頃、どうしてもなりたいものがあった私は、親父との縁を切ってでも東京の国立大学へ進学する事を選んだ。その選択が正しかったか否かは今でも分からないままだ。


 大学を無事卒業すると、晴れて夢だったウェブデザイナーになった。何年かすると慣れてきて、和歌山へ帰っても良さそうなものだったが、親父と和解をする事はなく、家族と会うのは偶に東京へ来たお袋と食事をする位だった。


 そんなこんなで実家へ帰ることもなく二十年余りが経ったある日、何の前触れもなく親父の訃報が届いた。


 これを機に、私は和歌山の実家へと新幹線で向かったのだった。



     ※※※



『こんな田舎だけどな、俺にとっては生まれてからずっと育ってきた町だ。だから、お前もこの町を好きになってくれたら、俺も嬉しいよ』



 そんな事を、夕陽が射し込む電車の中で、親父はよく言っていた。今でも偶に、夢で見る見慣れた光景が目の前に浮かぶ。



「あんた、そろそろ準備した方がいいんじゃないの? 」



 お袋から発せられた言葉で目を覚まし、その光景は遥か頭の奥へと仕舞われる。



「すぐに着替えて、そろそろ出掛けるわよ」

「あ、あぁ」



 私は体を起こすと、持ってきておいた礼服に五分で着替えた。





「じゃあ、行こうか」



 玄関へ向かう途中、居間で待っていたお袋に声を掛ける。通夜の行われるメモリアルホールへは車で十分程。ミニバンの助手席にお袋を乗せると、私は車を出した。



     ◇◇◇



「ふぅ、ほんまきけたわぁ(本当に疲れたわぁ)



 早めに行って準備をして、終わってからも片付けの手伝い。帰ってきた時には、今までに無い疲労感に包まれ、気付けば長らくご無沙汰だった方言が口から零れていた。



「親父に縁切られてるのに、親族席にいてほんまに良かった? 」

「縁切ったって言っても、お父さんが勝手に言った事よ。あがら(私たち)以外誰も知らんよ。それと、これ―――」



 そう言うと、お袋は一枚の手紙を渡してきた。



「お父さんがね、もし何かあったらあんたに渡すようにって」



 差し出されたそれを受け取り、開いて中を見ると、そこにはぎっしりと、父が慣れない標準語で書いたであろう文字が溢れていた。


 読み進めていくと高校時代、「家を継げ、家を継げ」とうるさく言って悪かった、という事や、実家の和菓子屋はもういいから好きな事をやりなさいという様な事、それでももし出来るのなら、この町を好きでいて欲しいといった事が、所々不自然な標準語で丁寧に綴られていた。



「お袋。俺、店継ぐよ」



 気が付くと、私はそう口に出していた。久々に戻ってきて、何かと思うところもあったが、その言葉は私の本心そのものだった。




 あの時、泣きながら嬉しそうに笑ったお袋の顔は、今までで一番の笑顔だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 丁寧でとても自然で とても共感させられるお話でした。 ありがとうございました。
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