アナザーワールド・オンライン.9
◇
「え、なにこれ? フィクション映画?」
会議室のスクリーンに映っているのは大量の魔物が街に攻めこんでいる映像だった。鳴りやまない悲鳴、倒壊していく建物、蹂躙される街の住人。
阿鼻叫喚の地獄絵図――目も当てられない光景がそこに広がっていた。予想を超える映像に、製作人一同は唖然とした様子を見せる。開いた口が塞がらないとはこういった事を言うのだろう。
「えーと、エリアボス班が造ったモンスターによるイベントのシミュレーション風景みたいなんですが」
「どこがシミュレーションなんだよ。俺にはモンスターが人間を一方的に蹂躙している風にしか見えねぇよ。あれか? エリアボス班の奴らはサービスを終了させたいのか?」
「全くもってそんなつもりはないと思いますが……」
「……いや、あいつらならいつかやりかねないな」
「先輩ッ!? 自分達の部下を疑いすぎじゃないですか!?」
――イベントが目前に迫ったある日。
会議室に集まった製作人一同はエリアボス班が作成したモンスター達による戦闘風景を眺めていたのだが、それは最早戦闘などという生易しいものではなかった。もし、慎也がこのまま許可を出してしまうとアナザーワールド・オンラインの世界は人類が滅亡する未来しか残されていない。お先真っ暗である。
「誰がカタストロフを起こせって言ったんだよ。誰が」
「はい、なので改めて要望の旨を報告すると、彼らも察していたようで現在パソコンに向き合っていますよ」
「そりゃそうだろ。……街、滅んでるし。と言っても、あいつらがやってることも間違いではないんだがな。これは流石にやりすぎだ。それにしてもこいつら凄いな、軍隊みたいな動きだ」
イベントで使用されるモンスター達は通常のMobとは違い、特別なAIが組み込まれている。というのも、それらは全て今回行われるイベントの内容に深く関わっていた。
「今回のモンスター達は全て邪神族の手によって操られる予定ですから、エリアボス班も気合が入りすぎたのかもしれませんね」
「気合の入れどころが違うだろ。何であいつらの作るモンスターはどれもプレイヤーに殺意高いんだよ。それで、その邪神族は今どうしているんだ?」
「すでに街に潜伏していますよ。今は街の各地に魔方陣を配置しているところですね」
「結局人類滅ぼす気満々じゃねーか」
「しょうがないですよ……邪神族なんですから」
邪神族――アナザーワールド・オンラインの世界において世界に仇なす存在。所謂、プレイヤー達にとっての敵である。まだプレイヤー達には公になっていない存在で、今回のイベントで初登場する予定だ。
イベント内容は『始まりの街の防衛戦』であるが、攻められるのを守るだけではクリアにはならない。どうして攻めてきたのか、誰の仕業なのか、そういったことを考えて行動しないとイベントクリアにはたどり着かないのだ。
慎也達運営陣が創ったのはゲームであるが、れっきとした「もう一つの世界」なのだ。
周りの部下達から性格が悪いと思われている慎也だが、決して理不尽なことはしていない。街での聞き込みや図書館、冒険者ギルドで情報を集めると邪神族の存在は知ることができる。製作班の者達は伏線を既に街のあちこちに散りばめている。
今回も住人達の噂話から街に忍び込んだ男の話を聞くことができるのだが、
「ですが、そういったことを調べている人はいないみたいですね」
「気づきそうな奴は何人かいそうだが、邪神族の話は街でもタブー扱いだ。住人達と好感度が高いプレイヤーしか知ることができないからな」
好感度システムと図書館についてはホノカがすでにギミックを解き明かし、プレイヤーの皆も知っている。真実にたどり着こうとすればいつでも到達できるのだ。
だが、先日のミコ生放送でのモンスター情報や、「防衛戦」という言葉からプレイヤー達はモンスターとの戦闘がイベントの全てだと思い込んでいる。
「皆さん街の防衛に頭がいっぱいみたいですからね」
「『もう一つの世界』というキーワードを甘く見ているのかもな。クリアするにはプレイヤーだけでなく、住人達との協力も必要不可欠なんだが」
冒険者はレベルを上げるために、生産者は防具やポーションの作成に勤しんでいる。皆イベントに向けて準備を進めているのは嬉しいのだが。
驚くほど順調に運営の策略に嵌っているプレイヤー達だった。
「さすがにこのままじゃクリア自体難しいか?」
「そうですね。まったく、運営が悪役とはよく言ったものですね」
「俺個人としてはできればクリアしてほしいと思ってるんだぞ?」
「運営の皆も同じことを思ってますよ。でもこのままじゃ」
「取り返しのつかないことになるな」
プレイヤーと違って街の住人達は生き返らない。それは覆りようのない事実だ。
街にいる住人達を大切に想っているプレイヤーがいることを二人は知っている。その想いは二人も同じなわけで。
「まったく、だからこの仕事はキツいんだよな」
「それ言います? 私をスカウトしたの先輩なんですよ?」
「そうだな。俺は立派な後輩を持ったもんだ」
「本当にそう思ってます?」
二人も運営以前に一人のクリエイターだ。造ったキャラ達には愛着がある。自らが手掛けたのだからその気持ちも自然と大きくなるのは当たり前だ。
できることなら、かの有名なナンバリング作品の七番目のような事態は避けたいと思っている。
しかし、彼らは運営でありGM。私情で世界の物語に干渉することはできない。
「もし、このイベントが失敗してしまうと……」
「邪神族の計画が順調に進んでいくことになるな。邪神が完全復活してバッドエンドルート直行だ」
アナザーワールド・オンラインの世界におけるワールドストーリー。それは邪神と密接に関わってくる物語だ。もしイベントが失敗するとワールドストーリー全体に影響が及んでしまう。
それは運営側にもあまり嬉しくない話で。
「邪神ってあれですか。エリアボス班が発狂しながら作っていたボスですよね。あのゴスロリ幼女、見た目は可愛いんですけどね……性格が」
「まぁ、あいつらが作ったからな。絶対世界滅ぼすマンのゴスロリ邪神。あいつ全ての事象を無効化するからな。まず勝てない。というか、片手間に世界が滅ぼされる。……よく考えたらあいつやっべーな」
「私、あのルート嫌いなんですけど……」
「んーなもん俺も嫌いだわ。何が嬉しくて世界滅ぼさないといけないんだよ」
「え、でもバッドエンドになると、その後はどうなるんですか? サービスは続くわけですよね?」
「……作品のジャンルが変わることになるな。ファンタジーからアポカリプスになる」
「破滅した世界なんてユーザーがいなくなってしまいますよ!? 私そんなの嫌ですよッ!?」
「いや、でもゴスロリ幼女が支配する世界か。一部のユーザーには需要があるかもな」
「そういう問題ですか!?」
「どうだ? 一緒に計画書を作ってみるか?」
「絶対に嫌ですよっ!」
自らの将来の心配をする二人。
だが、悩んでも結果は同じで、世界を開拓していくのはプレイヤーなのだ。
二人は改めて思うのだった。
やっぱり運営って大変だわっと。
「では、この方向でイベントを進めていくということでいいですか? といってもほとんど終わっていますが」
「そうだな。準備ができ次第イベントのアップデートを進めるか」
二人が悩んでいたのはささいな問題で。
そして、運営達によるイベント開始日を迎えることになった。