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プレイヤーが思っているより運営さんは忙しい  作者: 跡野 祭
1章.運営さんの華麗なる日常
7/11

アナザーワールド・オンライン.7

     ◇


「君たち、減給ね」

「おい、なんでだよ」

「先輩のせいですよ!?」


 社会人にとって死刑宣告にも等しい通告を上司から受けた数日後。

 慎也達は現在、制作室で掲示板の様子を眺めていた。傍から見れば職務放棄という言葉がよく似合う光景だった。


「凄い盛り上がりですねー」

「まぁ、そうだな。なんていったって初めてのイベントだからなー。あ、また新しいスレッドが立ち上がったみたいだぞ」

「期待してくれるのは嬉しいんですけどねー」


 公式サイトでイベントが告知されてから【アナザーワールド・オンライン】の掲示板では様々な憶測が飛び交っていた。勢いよく更新されるスレッドにコメントもスレ主もワッショイワッショイである。


 そんなコメント群に二人はため息を吐いた。別にコメントを見て憂鬱になったわけではない。


 始まりの街で行われる防衛戦。予想や考察で盛り上がっているのはいいことだ。そうだ、もっと盛り上がれ。二人はそんなことすら思っていた。

 だが、イベントが始まるということは必然的に運営に仕事が降りかかるというわけだ。


 人気小説のようにイベントがありますよと告知され、翌日には当たり前のようにイベントが始まるなんて夢物語のような"なろう小説"的展開なんて起こらないわけで。

 実際には運営さん達の涙ぐましい努力があるはずなのだ。


 改めて二人は辺りを見回す。

 そこには逃れられない現実が広がっていた。


 ブラック企業――二人の頭上にそんな言葉が浮かび上がった。


 順調に積みあがっていくエナジードリンク、床下に転がっている製作スタッフらしき亡骸のようなナニか。笑いながら狂ったようにキーボードを叩いているキチガイエンジニア。定時で帰らせてもらえない新人スタッフ達。


「うわぁ……ヤバくないですか? これブラックですよブラック」

「大丈夫、合法だ。ギリギリ労働基準法は守っている。俺たちはホワイト企業だからな」

「絶対嘘ですよね!? 先輩が持っているその皆さんのタイムカードは何ですか!? それ完全にアウトですよ!? 皆さんのこと帰らせない気ですよね!?」

「当然だろッ! 俺より先に帰らせるわけないだろッ!」


 慎也の言葉に新人開発スタッフ達は驚愕と共に戦慄した。

 この人何当たり前みたいにクズ発言しているんだろうという疑問と共に、俺達はこんな人に憧れていたのかという感情がスタッフ達の心に広がっていく。

 スタッフ達が夢から醒めた瞬間だった。


 開発スタッフ達は一斉に思った事だろう。


 ――俺この仕事辞めようかな……と。


「ちょ! 先輩何言っているんですか! 皆さん違うんです! 先輩は脳みそをエナジードリンクに漬け込みすぎて頭がおかしくなっているだけで、いつもはもっと凄いんです! だから辞めないでください。ただでさえ人材不足なのにこれ以上人が減っちゃうと本当に大変なことになっちゃいます! だからお願いします辞めないで下さいいぃぃ――ッ!」


 優香の涙ながらの説得によって渋々新人スタッフを帰らせた慎也。その場に残ったのは狂気に満ちたエンジニアと製作スタッフらしきナニかの屍だけだった。

 いつも通りの光景ですねと笑いかける優香の頭を慎也が末期症状だと感じていた時。


 慎也のパソコンに一通のメールが届いた。


「あれ、先輩誰かからメールが届いていますよ」

「あぁ、これは番組出演の依頼だな。そろそろイベントが始まるだろ? それに合わせて向こう側がVRの紹介企画を組みたいと言ってきてな。連絡を取り合っていたところなんだ」

「まだそのイベントが出来るかどうかの段階じゃないですか……。大丈夫なんですか?」

「あぁ、それは問題ない。さっき動画班から紹介PVが届いたからな」


 慎也がパソコンを操作すると、ファイル内に一件の動画が保存されていた。それを優香に見えるように再生する。そこには広大な世界に空を羽ばたくチートドラゴン、街を歩くNPCや戦闘を繰り広げる冒険者の姿があった。


「よく出来たPV映像ですね」

「動画班の奴らは優秀な奴らばかりだからな」


 PVの良さは作品の良し悪しに直結する重要な素材の一つだ。

 優香はこの動画なら大丈夫だと安心して立ち去ろうとしたその時だ。


 シーンは移り変わり、街に襲い掛かろうとする魔物の大群の映像が流れ始める。その数は街を覆いつくさんとばかりに多い。多すぎた。

 それを見た優香は開いた口が閉じず、


「ちょ! え、先輩!? 何ですかこれ!? 私こんなの聞いていませんよ!? え、うわ。気持ちわる」

「凄い迫力の動画だな。思っていた以上の成果で俺もビビってるところだ」

「それはそうでしょうね! 明らかにおかしいですもん!? 総定数の倍以上のモンスターがいましたよ!? なんですかあれ! 世紀末ですか!? カタストロフですか!?」

「これを見たら皆驚くだろうな」

「驚くだけじゃ済みませんよ!? 本当にこの動画を番組で流すつもりですか? PV詐欺ですよ!? 炎上案件ですよ!?」


 PV詐欺とは呼んで字の如く、あることないことPVに流し込み、視聴者を騙そうとする行為の事である。


「なら、製作班の誰かにイベントモンスターを増やすように頼むか。ならPV詐欺にならんだろう」

「そういう問題なんですかね……」

「さぁて、誰に頼もうかなぁ」


 慎也の言葉を聞いて地面に横たわっている屍がビクりと震える。

 連日の徹夜続きで慎也の頭は最早正常な判断をできるキャパシティを越えていた。それは部屋の中にいる者も同じで、その場に「動画班に作り直させたらいいんじゃね?」という答えをする者はいなかった。

 生贄を選び始めた慎也にスタッフ陣が諦めかけたその時だ。


「でも、そうするとプレイヤーの勝ち目がなくなってしまうのではないですか?」


 そんな誰かの言葉に製作陣一同が激しく同意する。

 中にはどうしてそんな事を今まで誰も気づかなったのだろうと思うものまでいた。


「あー、たしかにな」


 現在、【アナザーワールド・オンライン】の冒険者達の平均レベルは25だ。最前線の者達でも30前後。まだゲーム自体始まって間もないのだ。そんな状態で大量の魔物の波に飲み込まれると一たまりもないだろう。待っているのは一方的な虐殺だけなのだが、


「プレイヤー全員をホノカクオリティで考えてたわ」

「あぁなるほど。だからさっき誰も気がつかなかったんですね」

「いや、みんな疲れていただけだと思うんですが」

「てか、プレイヤー全員ホノカちゃんだとあの魔物の数でもクリアしそうだよな」

「あんなプレイヤーが何人もいたら大変なことになりますよ」


 その言葉に一同納得だと頷いた。

 運営のホノカに対する評価はすでに天井を突き破り大気圏に突入しようとする勢いだった。それほどまでにホノカというプレイヤーは大きな存在となっていた。


「ホノカちゃんといえば、最近精霊魔法を覚えたらしいな」

「まぁ、精霊と契約した時点で、そんな気はしていましたけどね」

「そうだな。まー仕方ないか。このPVは動画班に新しく作り直させるか」

「そうしてください。まったく、人騒がせな方なんですから」


 問題が解決したと肩の荷を下ろした優香だったが、まだ仕事はたくさん残っているわけで。

 優香のPCに届くイベント関連の書類の数々。それを見て優香は一つの結論にたどり着く。


「このままじゃ間に合いませんよね……」

「お、優香は今日も泊まり込みか。お疲れ様だな」

「何言っているんですか。先輩も付き合ってもらいますからね?」

「え、ちょ、俺明日番組の収録があるんですけど――!?」


 優香の泊まり込みが決まった瞬間だった。

 もちろん慎也も強制的に付き合わされる姿がそこにはあった。


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