アナザーワールド・オンライン.6
◇
――神崎慎也。
ゲーム業界においてその名前を知らない者はまずいないだろう。
【アナザーワールド・オンライン】の開発から販売までの全てを取り仕切り、ゲーム業界で歴史的偉業を達成した若き天才。というのが世間的な評価であるが、例によって編集部と開発陣の裏工作により様々な脚色がされているのはここだけの秘密である。
それを知らない開発スタッフの卵達からすれば憧れの対象であり、同世代のライバルから見れば嫉妬の対象に。ゲーマー達にとっては神的存在であり、アンチ民族からすれば格好の的である。
しかし、今現在。シンヤの目の前に座っているホノカの評価は少し違った。憧れもなければ嫉妬の感情もない。神と崇めてもいなければアンチ的思考も持ち合わせていない。
ホノカの評価は簡潔にして一言。
変な人。この一点に尽きた。
それはそうだろう。急に目の前に現れたかと思えばいきなりPvPを仕掛けてこようとしたのだ。挙句、一緒に居た女性と頭の悪そうな会話を繰り広げ、終いには俺はプロデューサーだとドヤ顔で語りだす始末。
どこからどう見ても変な人だ。変人だ。誰だってそういう評価を下すだろう。
そんなことを思いながらホノカは目の前に座っている二人に視線を向けた。
どうして私は運営の人達と一緒にお茶しているのだろうか。そもそもどうしてこの人は私にPvPを仕掛けようとしたのだろうか。
そんなことを思いながらホノカは目の前に差し出されたパフェに口を付けるのだった。
◆
「これ『上』の人達にバレたら減給確定ですよ。どうするんですか? 先輩」
「安心しろ。もうすでにバレてるだろうから。後はどうやって言い訳をするかだが」
「やっぱりこういうのって下手から出た方がいいんですかね? こう、オブラートに包んで」
「バカかお前は。いいか? こういうのはあくまでこちら側が正当だと言い張ってだな。向こうが一方的に悪いとあることないこと書き連ねてだな――」
シンヤ達三人は現在、NPCが営業している喫茶店へと訪れていた。席へ着くやいなや注文するよりも自らの給料の事を話し始め、生々しい現実をホノカへと突きつける二人。ダメな大人の典型的な図がその場にできつつあった。
そんな汚い大人達を目の当たりにしているホノカはというと、
「私、少しここの運営さんが心配になってきました……」
汚物を見るような目で二人を眺めていた。
地下を掘り進めていたシンヤへの評価は順調に地下帝国を築き上げて領地を拡大しているのだろう。二人の事を無視したホノカはNPCを呼び出して注文を済ませていた。
そうしてパフェを頬張っているホノカを見て、シンヤは嫌らしい笑みを浮かべていた。
「どうだ? 美味いか? 美味いだろう」
「えっと、はい。とても美味しいです」
「フッハッハッハ――ッ! そうだろう、そうだろう」
目の前のホノカに対して偉そうに振る舞うシンヤ。
傍目から見れば年端もいかない少女を相手に威張っている冴えない大人の絵面がそこにはあった。第三者からしたら通報案件である。
シンヤ自身はいつも予想外の行動をとるホノカに対して文字通り一敗食わせた気でいるのだが、まったくもってそんなことはなかった。強いて言えばプレイヤーメイクであるホノカ自身が作った料理の方が数段上だ。その事実を知らないシンヤは無様にも高笑いを続けていた。
上司の恥ずかしい姿にユウカは思わず頭を抱える。
そんななか、ホノカの素朴な疑問が二人に降りかかった。
「お二人はGMなんですよね? たしか製作者はゲームを遊べないんじゃ……」
運営である製作人がゲームを遊べないのはプレイヤー内でも有名な話である。だが、ホノカの目の前には冒険者をエンジョイしている二人の姿があった。
疑問に思うのも無理はないだろう。
「……別に俺たちは遊んでいるわけじゃないぞ」
「……そうですね。これでも一応仕事中なんですよ。一応……はい」
説得力のない二人の回答がそれぞれの口から告げられる。
だが二人の言っていることも間違ってはいない。名目上は仕事なのだ。仕事なのだが、二人が【アナザーワールド・オンライン】にダイヴしてからしたことと言えば、理不尽極まりないチートドラゴンにフルボッコにされ、屋台の料理を食べ歩きながら通りすがりのプレイヤーにPvPを仕掛けようとしたくらいだった。
二人もそれは自覚しているのだろう。はたしてこれが仕事なのか、仕事と言っていいのだろうかと。そんな二人の言葉にホノカは小首を傾けた。
「そうなんですか?」
「お、おう。そうだぞ。プレイヤーが思っているより運営さんは忙しいんだ」
「えっと……お疲れ様です?」
「あは……あはは」
「まぁ、俺たちのことは置いといてだ」
その瞬間――シンヤの纏っていた雰囲気がガラリと変わる。初めて出会ったホノカにも一目で分かる空気。ユウカが毎日のように身近に感じているモノだ。
「ホノカ。君については運営一同いつも楽しませてもらっている」
「そ、そんな、私なんかより他にもっと凄いプレイヤーは沢山いますよ!? セイヤさんとか、エリスさんとか――」
「……おいおい、無自覚だったのか」
「……なんて恐ろしい子なんでしょう」
「えっと、私、何か変な事言いましたか?」
恐るべき事実に二人は思わず顔を引きつった。運営泣かせのプレイヤー。その名前の真なる意味を運営一同が知った瞬間だった。
――この子はこの先も俺たちを泣かせにくるぞ、と。
「大丈夫だ。こっちの事情だ」
「えっと、そうですか」
「それで、どうだ? ホノカは【アナザーワールド・オンライン】の世界を楽しんでくれているか?」
「はいっ!」
元気良く頷くホノカ。
その顔は本当に、本当に輝いていて。
「友達に勧められて始めたのが切っ掛けですが、私は【アナザーワールド・オンライン】を通して沢山のプレイヤーさん達、街の皆さんに出会いました。今では皆、私の大切な友達です。私にとってここはとても、とても大切な場所です」
「……そうか」
ホノカの言葉にシンヤは自然と頬を緩ませた。
目の前で自分達が作りあげたゲームをこんなにも大切に思ってくれている人がいるなんて、運営として――製作者としてこんなに嬉しいことはない。
ホノカの言葉にユウカは涙を流しそうな勢いだった。
「なんか肩の荷が下りた感じだな」
「……っ。私、泣きそうなんですけど……」
「え、ちょ。どうしてですかっ!? 私、変な事言いましたかっ!? ちょ、ユウカさん!? 待って! 泣かないでくださいッ! ちょっとシンヤさん! 助けてください!」
慎也にとって本当の意味で【アナザーワールド・オンライン】が完成した。そんな気持ちになった瞬間だった。
だが、そんな時間も長くは続かず二人の元に一通のメールが届く。目の前に表示されたメールのアイコン。その送信主は働いている二人なら確認しなくても分かるわけで。
「あー、くそ。やっぱり減給は免れないか。ほら、ユウカそろそろ戻るぞ」
「ちょっと待ってください先輩! このメールってあれですよねか!? 減給ですか? やっぱり減給なんですか!?」
「もう行かれるんですか?」
「お偉いさんから呼び出しが来たからな。あぁ、それと今日の0時公式サイトを確認してみな。面白いものが見れるぞ」
ホノカに対して笑顔を見せるシンヤ。
そうしてログアウト処理をすませたシンヤとユウカ。その場に取り残されたホノカはとりあえず今日の0時に公式サイトを見てみようと思うのだった。
――そして0時。
【アナザーワールド・オンライン】にて、第一回イベントの告知がされるのだった。