アナザーワールド・オンライン.2
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【アナザーワールド・オンライン】
中世ヨーロッパの街並みに剣と魔法が交差する王道ファンタジー世界。
始まりの街にて。
剣や槍、大杖を片手に街を行き来する冒険者達。そこに一際目を引く少女が街道を歩いていた。狐の耳に九本の尾を持つ少女――ホノカは日課として冒険者ギルドにポーションを卸しに来ていた。
「毎日お疲れさまです。報酬金はギルドカードに振り込んでおきますね」
「ありがとうございます!」
そうしてギルドを後にしたホノカは、今日は何をしようかと頭を悩ませた。
◆
小鳥遊穂香が【アナザーワールド・オンライン】と出会ったのはただの偶然だった。友人がβテスターとしての特典で招待券が手に入ったので一緒に遊ぼうと誘われたのが理由だった。
「穂香も一緒に【アナザーワールド・オンライン】やろうよー」
「でも私ゲームなんてやったことないし、ダイヴギア? っていうのも持っていないし」
「それは大丈夫だよ。βテストで入賞して招待券貰えたからダイヴギアもソフトも無料で貰えるから!」
「でも……」
「それに穂香、誕生日近かったよね。私からのプレゼントだと思って貰ってくれたら嬉しいな」
「もう、そんなこと言われたら断れないよ」
「穂香ならそういうと思ってもう配達済ませてあるから!」
「あっ! ちょっと舞依! ……行っちゃった。私ゲームしたこと無いって言ったのに」
その後、穂香が自宅へと帰宅すると当然のように宅配が届いていた。送り主は『VR・コーポレーション』。開封すると舞依の言っていた通り【アナザーワールド・オンライン】と【ダイヴギア】が包装されていた。穂香が同封されていた取扱説明書を読み進めること数時間、ダイヴギアを起動する覚悟を決めたのはさらにその三時間後だった。
手首と足首に装置を付けてヘルメット型のダイヴギアにソフトをインストールして装着する。
そうして世界を渡る為の言葉を口にした。
「ダイヴイン」
『――認証。アナザーワールド・オンライン起動します』
「ようこそアナザーワールド・オンラインへ」
「え? あ、えっと、お邪魔します?」
穂香が奇想天外な発言をするが電脳AIは完璧な対応をした。
完全に無視だ。
「それではキャラクタークリエイトを始めていきたいと思います」
「え、あ、はい。よろしくお願いします」
「まずはゲーム内での名前を決めていただきます」
「えーと、『ホノカ』でお願いします」
「『ホノカ』様ですね、かしこまりました。次にホノカ様のアバターを設定していただきます。現実世界でのホノカ様の外見情報を取得します」
数瞬の後、ホノカの目の前に鏡が現れて自分自身の姿が映し出される。
小柄な身体つきに肩まで伸びた髪。内気そうな少女というのが第一印象だろう。
「健康上の為、性別など大きな変化は出来ませんが髪型などの変更は可能です。変更いたしますか?」
「あ、じゃあ髪を腰まで伸ばしたりできますか?」
「かしこまりました。他に変更点はございますか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。それでは次に種族を選んでいただきます」
「種族ですか?」
「はい、一般的な【人間】。獣の血が混ざった【獣人族】。魔力の申し子【魔族】。森の民【エルフ】など、アナザーワールド・オンラインでは様々な種族が生きています。尚、一度種族を決定されてしまいますと再選択はできませんのでご注意ください」
AIの解説と共に次々と参考画像が現れる。
ホノカは目の前に映し出される画像に目移りしながらも、ふと一点に視線が止まる。そこには【ランダム種族】と書かれていた。
「これは何ですか?」
「ランダム種族ですね。抽選で種族を決定するシステムです。ランダム種族でしか出現しないオリジナル種族も用意されています」
「そうですか。それじゃあせっかくだしランダム種族にしてみます」
「かしこまりました」
ランダム種族を選んだその瞬間――ホノカの体が光に包まれる。そして次に目を開けるとそこには狐耳を生やした少女が目の前に立っていた。
「……狐?」
「抽選の結果ホノカ様の種族は【獣人族:九尾】に決定いたしました。どうやらレア種族のようですよ」
「そうなんですか?」
ふりふりと鏡に背を向けて九本の尾を確認するホノカ。
「この九尾ってどういった種族なんですか?」
「狐族の長ですね。魔力と戦闘能力が非常に高く、種族固有能力である【変化】など多種多様な能力を使用できます」
「えーと、とても強そうな種族ですね?」
それからも様々な説明を受けるホノカだが、大半の説明を理解できていないのは自分でも分かっていたようで、
「他に何かご質問はありますか?」
「……多分……大丈夫です、はい」
自信なさげな返事をするホノカ。
「かしこまりました。それではキャラクタークリエイトは終了です。ホノカさんを始まりの街に転送します。気を付けていってらっしゃいませ」
「え、ちょ、まって! やっぱり説明――」
そういった出来事があり、穂香は【アナザーワールド・オンライン】の世界に足を踏み入れることになった。
◆
「それにしてもホノカさんは戦闘はしないんですね」
「生産寄りのプレイヤーなんだろ」
ポーション事件から数日後。
慎也と優香は昼食を頬張りながら目の前の少女を眺めていた。
「調べたところ彼女はβテスターである友人の招待でゲームを始めたそうですよ」
「一見すると自らゲームをしようとするタイプには見えないからな」
いつものようにゴリゴリと薬草を削りながらポーション作成に勤しむ少女。他の画面に映る冒険者達は現在もモンスターと激闘を繰り広げている。最前線の冒険者達はそろそろ始まりの街のエリアボスに遭遇するといったところだった。
「それよりも、こっちの問題をどうするか」
「ハラスメント行為に恐喝、プレイヤーキルですね」
慎也達が頭を悩ませている原因。机の上に置いている資料には現在ゲーム内で問題視されている迷惑行為についてのお問合せメール内容がびっしりと書かれていた。
「いつかは問題視されると思っていたが、こんなにも早いとはな」
「私達の想定を超えてきますからね。プレイヤーの皆さんは」
二人は深いため息を吐いた。
「それで何か解決策は出たのか?」
「一定以上の問題行動を出したプレイヤーはアカウント停止処分を下すのが妥当かと思いますよ」
「やっぱりそうだよなー」
「先輩は何か案を考えてきたんですか?」
「いいや、全然、さっぱりだ」
「ダメじゃないですか!」
「んーなんもん、一朝一夜で出るわけ無いだろ」
「もう、私達がこうしている間にもプレイヤーの皆さんは前に進んでいるんですよ!」
丁度その時だった。
二人が画面に目を移すとそこには初級錬金キットを手にしているホノカの姿があった。彼女は日課であるポーションを作り終えると、気になっていたのであろう錬金術を教えてほしいと懇意なNPCにお願いしていた。
『おばあさん! 錬金術について教えてほしいんですが』
『錬金術かい? そうさねぇ』
「……先輩。ホノカさん錬金術に手を出そうとしていますよ」
「錬金術って極めたらたしか――」
「賢者の石が作れますね。使い方次第じゃ街一つ滅ぼせますよ。あれ」
「マジかよ。誰だよそんな物作ったの……」
「提案をしていたのはポーション班の池崎君でしたね」
「またあいつかよ。頑張りすぎだろ」
「はぁ……先輩。私も【アナザーワールド・オンライン】やりたいです」
「全てのギミックを知ってるゲームはただのクソゲーだろ。それよりもだ」
慎也は懐から一束の紙を叩きつけた。
「第一回目のイベントについてだ」