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プレイヤーが思っているより運営さんは忙しい  作者: 跡野 祭
1章.運営さんの華麗なる日常
11/11

アナザーワールド・オンライン.11

     ◆


 イベントが始まる数時間前。


 掲示板はイベントについて盛り上がりを見せていた。その熱気は街にも浸透しており、道行くプレイヤー達は皆一様に目をギラつかせている。対し、いつも通りの気楽な様子で街を歩いているホノカ。


 彼女は防衛戦に参加するつもりはないのか、日課であるポーションを冒険者ギルドに納品してから街を散策していた。が、いつもは感じない街の違和感にホノカは狐耳をピクリと動かした。

 プレイヤーの陰に隠れて見えていなかったが明らかに住人達の数が少ない、少なすぎる。いつもは開いているはずの店が今日は閉まっている。楽しそうに遊んでいた子供達も今日はいない。

 冒険者達とは違い、いつもの賑わいを見せない街の住人達に何事かと思考を巡らせる。話を伺おうと近くのNPCに声を掛けるホノカ。


「すいません。少しいいですか?」

「あらホノカちゃん。どうしたの?」

「今日は街の皆さんの姿をあまり見ないと思いまして」

「冒険者ギルドから避難指示が出ているのよ。何でもモンスターの大群が押し寄せてくるっていう話らしいじゃない」

「そうですね。その為に冒険者も街に集まっているみたいで」

「物騒ね。今までこんなことなかったんだけど」


 話をする街の住人は困り顔を見せていた。それもそうだろう、自分達が暮らす街が襲われると聞いたら誰だってそういう顔をする。

 ホノカはふと以前に掲示板で書かれていた一文を思い出した。


 曰く、「死んだNPCは生き返らない」


 彼らも生きているのだ。感情だって持っているし、家族だっている。嬉しい気持ちになると笑うし、悲しい気持ちになると憂い顔を見せて涙だって流す。


 ホノカが初めてログインした時は、本当にこの世界はゲームなのかと疑ったほどだ。


 NPC達の事を他のプレイヤー達はどう思っているのだろうか。ゲームの一部と考えて有象無象と認識しているのだろうか。ただのMobとしか見ていないのだろうか。


 ホノカは考える。本当にそれでいいのだろうか。運営陣はどうしてこのゲームを「もう一つの世界」などと謳うのだろうか。


「私もそろそろ避難した方がいいかしら」

「そう……ですね。街が安全と決まったわけではないですし」

「それじゃあもう行くわね。ホノカちゃんも気を付けて……といっても、あなたは開拓者だったわね」

「はい」

「それでも、気を付けるのよ」


 そういて去っていくNPCを見届けるホノカ。死んだNPCは生き返らない。きっとその通りなのだろう。


 始まりの街の防衛戦。言葉にすれば簡単だ。

 街を守ればいいのだ。それは舞依も言っていたことだし、掲示板でも話題になっている。

 ホノカが最近友人に聞いた話によれば、VRモノのイベントとは起こるべくして起こるのが小説やアニメの定石らしい。オンラインゲームとイベントは切っても切れないものなのだとか。

 だからといって、「もう一つの世界」を謳うこの世界で、理由もなく街がモンスター達に襲われるのだろうか。理不尽を前に住民達が涙を流すのだろうか。理由も持たずして死ぬのだろうか。


 ホノカは考える。考える。


 ――どうしてこの街がモンスターに襲われるのだろうか。


 理由はいらないのだろうか。本当にただ街が襲われるだけなのか。

 彼がそんな理不尽な事をするだろうか。意味もなくイベントだといってモンスターを嗾けるのだろうか。


 ――そんなわけがない。あるはずがない。


 思い出すのはあの日の事だ。自らにこの世界を楽しんでいるかと聞いてきた日の事。目の前にいた青年の優しい笑顔。

 少なくとも目の前にいた"あの人〟はこの世界をそんな目で見ていなかった。


 ――もっと他に理由があるのではないだろうか。


 そうしている間にもイベントが始まってしまって。

 街に鳴り響いてくるのは冒険者達の声とモンスター達の悲鳴。爆発音がホノカの耳を刺激する。

 しかし、そんな事はお構いなしだとホノカは思考の波に身を任せる。


 ホノカは考える。考える。考える。


 ――モンスターが街を襲う理由があるのではないだろうか。


 そうだ。皆始まりの街を攻めてくるモンスターから守るだけでいいと決めつけて、そんな事気にも留めていなかったはずだ。

 『始まりの街の防衛戦』そのクエストが意味する理由はもっと他にもあったはずなのだ。何も、モンスターだけが街を襲いに来ると決まっている訳でない。

 冒険者達が街の外に出ている今、街の中はもぬけの殻だ。攻め入るなら絶好の機会といえるだろう。


「あの人はやっぱり性格が悪い」


 ホノカは辺りを見渡すが、街中には人影はない。恐らく皆避難したのだろう。

 この街のどこかに、襲うためのナニかがあるはずだ。それが何なのかは分からないが、探さないといけない。見つけないといけない。


「本当は街の人達に聞きたいんだけどもう避難しているかな」


 きっと何かあるはずだとホノカは駆け出した。辺りに気を配り異変が無いかと目を光らせる。油断なく、慎重に。

 伊達に街に引きこもっていないと自信があった。街に異変があれば私にも分かるはずだと。

 そして、その異変を目の当たりにする。


 路地裏の壁。その場に彫られた謎の魔方陣。

 どうしてこんな所に魔方陣が彫られているのだろうか。怪しい、怪しすぎる。怪しさしかなかった。


 思考するまでも無い。ホノカの判断は早かった。


「絶対これだ!」


 その場で錬金術を起動するホノカ。幸か不幸か錬金スキルを上げていたホノカにとって、目の前の魔方陣の解析はさほど難しい事ではなかった。

 スキルに身を任せて魔方陣の解除を試みる。そうして数瞬後だった。壁に彫られていた魔方陣が徐々に形を取り戻して消滅していく。


「ふぅ、解除できたかな」


 すると、ホノカの画面上の地図にチェック印が付けられる。それはイベントクエストにも関係あるようで。イベントのギミックを解き明かしたからだろう。残りの魔方陣の総数も表示された。


「やっぱり間違ってなかった。にしても量が多いなぁ。皆は……街の外だし」


 だからといって止めるわけにはいかない。

 次なる魔方陣に向かって走り出すホノカ。時間内に間に合うように駆ける。


 次々と地図に印を付けていくホノカ。


「この種族でよかった。人間の私なら時間内に間に合わなかったかも」


 ホノカは力ある言葉を口にする。


「――韋駄天いだてん


 瞬間。ホノカの体が光に包まれる。一気にその場で踏み込み、力一杯飛び出した。

 人もいないから当たる心配は無いとばかりに、圧倒的速度で街中を駆け抜けるホノカ。


 [韋駄天]

 そのスキルはエリアボスであるジャイアントウルフを初回討伐した時に習得したものだった。

 通常の人間では習得することは出来ても、コントロールすることができない物理法則を無視したぶっ壊れスキル。九尾の持つ身体能力を駆使しているからこそ扱えるスキルだった。

 それでも数分扱えば酔いが起こるはずなのだが、ホノカは全く気にすることなくスキルを使い続ける。


「――次」


 ――駆ける。駆ける、駆ける。ただひたすらに風を切る。

 魔方陣を見つけて解除する。

 イベントの残り時間を視界の端に解除することだけに集中する。


「――後、三つ」


 街中を駆けるホノカ。その視界に避難しているはずのNPCを捉える。が、今は足を止めるわけにはいかなかった。


 ――黒いローブ。白い肌、銀髪に赤い目。あの人……。


「――後、二つ」


 イベント終了時刻まで残り。


「これで、最後――ッ!」


《現時刻を持ちましてイベントクエスト・始まりの街防衛戦を終了します》


《イベント達成率100%》


《邪神族の撤退を確認。ワールドストーリー【アナザーワールド】を進行します》


 ワールドアナウンスが流れると共にイベントが終了したと判断したのだろう。その場でぺたんと腰かけるホノカ。


「おわったー!」


 声を大にして叫ぶホノカ。それはもう周りを気にしないとばかりに大声で。

 街のど真ん中でごろんと寝そべりながら達成感に酔いしれる。着ている着物が崩れることもお構いなしだ。


「つかれたー!」


 そうだろう。プレイヤー総出で挑むように設定されたギミックを一人でクリアしてしまったのだから。

 そうして集計が終わったのだろうホノカの目の前にウインドウが表示される。


「うわぁ。皆凄い」


 スクロールしていく。堂々と連なる最前線メンバーの名前。掲示板でも度々見かける二つ名持ち達。

 そして、その最前線組を差し置いて順位表の一番上に躍り出たのは、


【MVP ホノカ 討伐数0体】


「……え」


 改めてホノカはその名前を見る。それはとても見覚えのある名前で。

 いつも呼ばれている長い付き合いの名前で。


「えぇ――ッ!? 私ですか!?」


 数少ないフレンドから着信が鳴り響く。

 ホノカの存在が全プレイヤーに知れ渡った瞬間だった。


「ホノカ!? どういうこと!?」

「えっと、私にも分からないんだけど」

「そんなわけないでしょう!」

「そんなこと言われてもぉ」

「いつもの喫茶店に集合ッ! いいわね?」

「うぅ……分かりました……」


 フレンドに呼び出されたホノカは全てを語った。洗いざらい全て話さざる終えなかったといった方が正しいか。

 その情報とLIVE映像もあり掲示板ではホノカについての話題で持ち切りだった。圧倒的思考能力と[韋駄天]をコントロールする身体能力。街中を駆け抜ける九尾の姿は最前線プレイヤーに負けず劣らずの知名度となった。


 曰く、「九尾ちゃんマジすげぇ」である。


 しばらくは九尾ちゃんワッショイ祭りが開かれることになった。


 しかし、分からないこともあった。邪神族とは。ワールドストーリーとは。プレイヤー達はそれを突き止めるために再び冒険に出掛けることになる。


 そうしてホノカはというと。


「あ、私CMに映ってる」


 周りを気にする様子もなくいつも通りの日常を送るのだった。



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