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プレイヤーが思っているより運営さんは忙しい  作者: 跡野 祭
1章.運営さんの華麗なる日常
1/11

アナザーワールド・オンライン.1

 パソコンが立ち並ぶオフィスの一角。壁一面に液晶が映された部屋にて、スーツを着た社員達が画面を眺めていた。


「あ、先輩見てください。またランダム種族を選択するみたいですよ」

「ほう。なかなかチャレンジャーだな」


 ポニーテールの活気溢れる若い女性が気だるげなスーツを着崩した男性に話しかけていた。

 女性が指し示す先。そこには数多もの人々が画面の奥でキャラクタークリエイトなるものを行っていた。その一画面、種族選択をしている少女に二人の目が留まる。


「これで何人目ですかね。ランダム選択するプレイヤー」

「さぁな。なんて言ったってレア種族だからな。引き当てたい奴はやまほどいるだろうな」


 男性の口がニヤリと歪む。

 少女が見ている画面に映される種族の文字。そこには一般的である【人間族】をはじめ、メジャーである【エルフ族】【ドワーフ】【獣人族】【魔人族】【機械族】 があり、コアな層向けに【ゴブリン】や【コボルト】、【デュラハン】など【魔物】があった。


「うぇ。魔物なんて選ぶ人いるんですか?」

「結構いるみたいだぞ?」


 別の画面では「ローションプレイひゃっほーい!」と声を張り上げるスライムや「くッ殺騎士はどこだ――ッ!」と探索をしているオーク、などが映っていた。


「……それで、どんなレア種族を用意しているんですか?」

「お前は種族担当じゃなかったんだっけ? そうだな――」


 男が広げた資料ファイル。そこには【吸血鬼】【妖精族】【人魚族】【龍人族】など一目見ただけでプレイヤー達が喜びそうなモデル達が描かれていた。


「何%なんですか? レア種族を引き当てるのって」

「0・0006%」

「1%きってるじゃないですか!」

「あぁ。おかげで今のところレア種族を引き当てた猛者は一人もいないな。ハッハッハッ――ッ! ざまぁっみろ!」

「それ詐欺ですよ!?」

「馬鹿を言うな! れっきとした合法だ。それに公式サイトにもちゃんと記載している」


 二人が言い合っている間にも画面に映った少女はランダム種族を選択する。そして次の瞬間には少女の体は光に包まれ、そこには九本の尾に狐耳を携えた狐の少女が立っていた。

 その様子に部屋中の者達から感嘆の声が上がる。


「あ、これレア種族ですね? えーと、【獣人族:モデル九尾】  めちゃくちゃ強い種族じゃないですかこれ!」

「だぁぁぁァァァ―――ッ! どうしてレア種族を引き当てるんだァァァァァ―――ッ!」


 男の叫び声が部屋中に響き渡った。


     ◇


 某日。

 世間は一つのVRMMOに注目を集めていた。ソフトの名前は【アナザーワールド・オンライン】。

 史上初のヴァーチャルリアリティオンラインゲームの試みということで各国のエンジニア達が日本に集まり、その手腕を遺憾なく発揮していた。それだけでも異例のことなのだが、運営会社である『VR・コーポレーション』はさらにその先を見ていた。


「私達はもう一つの世界を創っているのだ」


 彼らはあらゆる分野のトップ達を会社に招き入れ、言葉通りもう一つの世界を造り上げた。


 βテスター曰く、「あれはVRではない。本物の世界だ」

 

 圧倒的グラフィックと豪華声優陣、世界観を彩る楽曲の数々。一流企業によって創られるもう一つの世界。


 ネットでは連日連夜【アナザーワールド・オンライン】の話題で持ち切りになった。テレビで流れるCMは否応にも視聴者を釘付けにしていた。今では若者達の口からその言葉を聞かない方が珍しいほどだ。

 ソフトの予約は即日終了し、販売抽選では涙を見たものも少なくないとニュースにも取り上げられたほどだ。


 そうして販売当日を迎え、『VR・コーポレーション』はゲーム業界の歴史を大きく塗り替えた。


     ◆


「上手いこと脚色されてるなぁ」

「どうしたんですか?」


 ゲーム雑誌を片手に気だるげな声を上げる男性――神崎慎也かんざきしんやは隣にいる女性に雑誌を手渡した。


「うっわ。何ですかこれ。美化されすぎじゃないですか」


 ポニーテールを揺らしながら呟く女性――立花優香たちばなゆうかはありえないとばかりに声を発した。


「私達の苦労が一文字も書かれてないじゃないですかー!」

「俺たちの苦労を書こうものなら広辞苑の太さでも足りないぞ」

「それでもこれはあんまりじゃないですか?」

「まぁ世間様は開発裏よりプレイ動画の方が話題性があるからな」


 そういいながら壁に映ったもう一つの世界を見る慎也。そこにはモンスターと戦う冒険者達の姿があった。

 

 ここは巨大ビルの一角。パソコンやデスクトップが並ぶ『VR・コーポレーション』のビルであり【アナザーワールド・オンライン】の開発オフィス――所謂、運営部屋だ。


「それにしてもよくここまで漕ぎつけたよなー」

「えぇ」


 チャンネルを変えながら呟く慎也。その言葉にハイライトを失った目をした優香が答える。

 そう、彼らは【アナザーワールド・オンライン】の運営側の人間――GMさんだった。


 二刀流の黒の剣士や生産に精を出す無自覚系プレイヤー、Luc極ぶりキャラを扱う者にレア種族を引き当てた最強系人外キャラや不遇種族の成り上がり主人公など、巷では様々なVRMMO作品が流行っているが、実際にこの職に就いて度々思うことがある。

 運営って大変だわっと。


 彼がそう思ったのは【アナザーワールド・オンライン】の企画立案した時の事だった。


 最初は上手くいっていたのだ、最初は。しかし、どこかで歯車が狂ってしまった。自らのコネを使って各国からエンジニアを呼んで買収し、コネを使って資金稼ぎをした。コネを使って知り合いから職に精通した人達を集めてコネを使って【アナザーワールド・オンライン】を世間に大々的に発表した。

 曰く、「ここで失敗してみろ。俺達の努力が全て水の泡だぞ」

 連日寝る時間は削りながらデバックに勤しみ、徹夜明けで会議に出席する毎日。やっとマスターアップしたかと思えば重大なミスが見つかり徹夜したのは彼の記憶に新しい。

 そのままミコ生放送に出席し、リリースを迎えて数分後に自らが考えたレア種族が当てられた時は思わず発狂してしまったのも記憶に新しい。

 そんな事があり慎也が立案した【アナザーワールド・オンライン】は世間的に大ヒットした。史上初の試みに様々な賞を贈られ、ゲーム業界の歴史に名を残す偉業を果たした瞬間だった。


 しかし、現実は甘くない。


「慎也さん見てください」

「どうした?」


 優香の視線の先には九尾の尾に狐耳を携えた少女が映っていた。


「ホノカちゃんか、どうしたんだ?」

「彼女……ポーションのギミック解きそうですよ」

「え? ちょ、まて。はぁ?」


 慌ててログを確認する。


 プレイヤーネーム『ホノカ』とはリリース初日に慎也が丹精込めて手掛けたレア種族【獣人族:九尾】を引き当てた少女だ。彼女はすでに好感度システムと師弟システムを解いている運営泣かせのプレイヤーとして社員一同の注目を集めていた。

 九本ある尻尾を揺らしながら薬草をゴリゴリと削っている姿は実に微笑ましい姿なのだが、運営一同は不安な気持ちでいっぱいだった。


 彼女ならやりかねない。


『難しいなぁ。どうしてランクが上がらないんだろう』


 画面の向こうで試行錯誤を繰り返すホノカ。


「まて! やめるんだ! そこで蜂蜜を入れてはいけない!」


 画面に縋り付き吠える男性職員に慎也と優香は苦笑いを向けた。


「あいつはたしか……」

「ポーション制作を担当していた池崎君ですね。ポーションのシステムを組むのに五徹していたとか」

「あぁーそれは……」


 ご愁傷様なことだ。

 慎也がそう感じた瞬間だった。


『あ! 蜂蜜を入れたら甘くなるかも!』


「やめろおおおぉぉぉぉぉ―――――――――ッッ!!!!!」


 池崎君の叫びが室内に木霊する。


『あ! やったぁ! ランクが上がりました!』


 その場で飛び上がり喜びの意を示すホノカ。

 対照的に膝を付き泣き崩れる池崎君。


「生産班の池崎がやられたぞぉぉ―――ッ!」「メディック! メディ――ック!」「救護班――ッ! 救護班はいないのか――ッ!」「まだ傷は浅いぞ!」「くっそ! 彼女は化け物かッ!?」「このままじゃ図書館のギミックも解き明かしてしまうかもしれぬ!」


 ざわざわと集まる職員達。救護班に運ばれる池崎君。緊急会議を開く生産班の者達。


「あー、とりあえず今日はもう帰るか」

「そうですね」


 やはりこの仕事は甘くない。

 そう思う慎也と優香だった。

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