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純白の騎士

作者: 26モチモチ

「そこだッ!」


きらりと、朝陽に反射する銀色の剣。

切っ先を向けられた男は、動かない。


「……あはは。やっぱり、ティリアちゃんは強いなぁ。」


男は金色の髪をくしゃりと掻きながら、苦い笑みを零す。

降参とも取れる言葉を聞き入れてから、ティリアと呼ばれた女は向けていた剣を慣れた動作で鞘へと戻す。


「ふん。貴公の腕が未熟なだけだろう。少しは真面目に鍛錬をしたらどうだ? アステル。」


上質なシルクを連想させるような白い髪を揺らしながら、ティリアが呆れたように話す。


「はいはい。本当にティリアちゃんはマジメちゃんだなぁ。」


ヘラヘラと笑うアステルを鋭い眼光で睨みつけてやる。


「うわぁ……めっちゃ怖い顔。せっかく、綺麗な瞳なんだからそんな顔するともったいないよ?」

「……その話はよしてくれ。」

「そう? 俺は良いと思うけどなー。その白い髪と目の色。」


向けられる眼差しに途端に居心地が悪くなる。

ティリアは世界中でも珍しいと言われる、白い髪と白い瞳を持つアルビノだった。

生まれた時から嫌でも好奇の目で見られてきた。

しかし、目の前で朗らかに笑う青年は出会った時からずっと、“綺麗”だと言うのだ。

いつもの素直過ぎる言葉に言葉が詰まった瞬間。


ゴーンゴーン……


不意に始業の鐘が鳴り響く。


「あれ? もう、こんな時間か。ティリアちゃん、号令の挨拶あるから急いだ方がいいんじゃない?」

「そうだな。貴公も怠慢せずに参加するのだぞ。」

「分かってるって。じゃあ、また後でね。」


ひらりと手を振るアステルを背中に、講堂へと足を向ける。

この騎士学校リセンドルといえば、全王国でも有名な騎士学校の進学校とも言える場所。

優秀な成績や実績を残した生徒は、卒業後に王族の直属騎士として仕えることが約束されているので入学希望者は後を絶たない。

そして、代々最優秀であるとされている生徒は毎朝の朝礼にて司会進行を果たす義務がある。

今年度の最優秀の生徒……それが、ティリア・フィスト。

制服が白一色で純白を指す中で、最優秀と選ばれた生徒のみが胸元に赤い薔薇のブローチを身にすることが許可されている。


「ティリア先輩! おはようございます!」

「え!? あ、お、おはようございます! ティリア先輩!」

「あぁ、おはよう。」


校内の中心ともいえる講堂へ向かう最中、生徒とすれ違う度に声を掛けられ、丁寧に返していく。

女生徒の黄色い声援に近いそれも、にこやかに礼を告げながら歩を進める。


きっかけは、幼い頃に読んだ騎士の手順書だった。

”王族騎士までの地位を掴めば、容姿も性別も関係がない。必要なのは実力だけだ。”

幼かったティリアには、その文章はひどく神々しく見えたのだ。

生まれた時からずっと、この容姿がコンプレックスだった。

だが、容姿など関係なく、ただ実力さえあれば普通の人間として受け止めてもらえる。

その一筋の希望の為だけにティリアは努力をした。

騎士を目指す者であれば、必ずや憧れるという騎士学校リセンドル。


しかし、それだけ入学試験も難関なものだった。

戦地へ赴いた際の傷薬作成の薬草知識、砂漠へ入った際のオアシスの探し方。

はたまた美味な果実の選び方など、戦場知識から日常知識までの多くが出題される。

実技試験では剣は当然ながら、それ以外の武器も3種以上を使いこなすことが必要とされる。

全てが難関とも言えるその試験を、歴代最高得点で通った珍しい白き髪を持つ少女--それがティリアだ。

噂はあっという間に広まり、入学早々からティリアはクラスで浮いていた。


(……どうせ、昔と変わらない。王族専属騎士になるまで耐えれば良いだけだ。)


また感情を抑えて、努力だけし続ければいい。

そう思っていた。……のだが。


「あ。君が噂のティリアさん?」


声に振り向けば、立っていたのは鮮やかな金色の髪に青空のような青の瞳を持つ青年。

同じ制服を身に纏い、同じ学年を示す百合のブローチが胸元にあることから同学年だと推測ができた。


「……噂かどうかは知らないが、確かに私の名はティリアだ。それが何か?」


言った直後、少々、後悔した。

初対面のクラスメイトへの話し方は、これで合っていたのか。

幼い頃よりずっと、両親とすらあまり会話をしてこなかったせいでティリアは話し方に自信がなかった。

それ故に対面に立つ青年の反応を、恐る恐る窺うように視線を向けると――、


「噂通り、綺麗な髪と瞳だね。」


向けられていたのは、温かくて優しい眼差し。

それに目の前の青年は、確かに言った。

”綺麗な髪と瞳”だと。

物心ついた時から、そんなことは言われた事がなかった。

髪も、瞳の色も真っ白で不気味だと怖がられるばかり。

好きでこんな姿で産まれた訳ではないのにと、苦悶の日々。

それ故に、目の前の青年の言葉には唖然とした。

忌々しいとばかり思っていたこの容姿を初めて”綺麗”だと言われた。

言葉を咀嚼すればする程、顔が熱くなっていくのが分かる。


「あ。肌も白くて綺麗だから、赤くなるとすぐに分かるんだね。可愛いなぁ。」


朗らかに笑う、その微笑みは嫌味など欠片も感じられない。

こんなにもまっすぐに、賛美の言葉を紡げる人も居るのかとティリアは思った。

そして、無意識に口にしていた。


「君の方が美しいだろう。」

「へ?」


呆然とする青年を前に、まずい事を口走ったかもしれないと少々悔やむが一度出た言葉は戻らない。

それならば、もう突き進むまでだ。


「他人に対して、まっすぐに素直な感想を告げられる。君の心はとても美しい。」


青年は何も話さない。

先ほどまで雄弁に語っていただけに、その沈黙にうっすらと冷や汗を感じる。

何分、何秒。時間は分からない。

青年は、また微笑んだ。

けれど、その微笑みは今までとは違う。

どこか、少し寂しそうでいて……悲しそうでさえあった。

これがアステルとティリアの出会いだった。


* * * * *


アステルを筆頭に、騎士学校には様々な生徒が居た。


「あら、ティリア。まだ、こんな所に居たの?」


講堂へ向かう途中、ちょうど職員室から現れたのはクラスメイトの1人であるフォーマだ。

彼女は同姓で唯一、ティリアを過度に尊敬することも無ければ蔑むこともしない。

ただ一人の生徒として、普通のクラスメイトとして接してくれるティリアの数少ない友人とも呼べる存在だ。

フォーマは名家の息女でありながら、血筋だけで褒め称えられるのは嫌だという理由で騎士学校へ入学したと以前、告げていた。

ティリアには及ばずとも知力、武力共に優れており、そういう点においてはティリア同様に一目置かれている。


「フォーマか。おはよう。」

「ええ、ごきげんよう。それにしても、クラス委員長なんてなるものじゃないわね。ただの雑用係だもの。」

「ん? 今日、ロジェは休みなのか?」


フォーマの両手には積み上げられたノートの山。

いつもであれば、もう1人。副委員長である青年が隣に居る筈なのだが、今日は見当たらない。


「そうなのよ! あいつ、どこにも居ないのよ! 後で覚えてなさい!」


突如、思い出したかのように怒り出すフォーマに苦い笑みを浮かべるティリア。

どうやら触れてはいけない事柄だったようだ。


「ま、こっちはいいわ。それよりももう朝礼の時間でしょ? 早く行った方がいいんじゃない?」


フォーマに言われて腕時計を見れば、朝礼まで10分を切っている。


「っと、そうだった。手伝えなくてすまないが、また後で。」

「気にしなくていいわよ。じゃ、頑張ってきなさいよ。」


フォーマに軽く謝罪だけして、ティリアはまた講堂へと足を向けた。

朝礼が始まる間際の廊下は、教室を移動する生徒で賑わっている。

人の波を掻き分けながら、歩を進めている刹那。


(……!)


ほんの一瞬。背筋が凍った。

不自然にならないように周囲の様子を窺う。

今まで感じたことのない感情。

これは、恐らく……


(殺意……か?)


周囲に居るのは変わらず、生徒のみ。


(……考え過ぎか。)


強い違和感を覚えながらも、ティリアは歩を進めた。


ゴーンゴーン…


授業終了の鐘が教室の中にも鳴り響く。


「ん~、終わったー!」

「ちょっと、ロジェ! そんな手を伸ばしたら黒板が見えないでしょう!」

「わわっ、ごめんね!」


授業が終わった開放感からか、大きく伸びをする青年を一喝するフォーマ。

今では叱られて、しょんぼりと大きな体を小さくしているのが副委員長であるロジェだ。


「というか、ロジェ。貴方、今朝は副委員長の役目をサボって何をしていたのかしら?」

「う。そ、それは……」

「それは?」

「……ごめんなさい! 寝坊しました!」

「……ロジェ!!!」


賑やかなこの2人のやり取りは、ある意味このクラスの名物になってきている。

しっかり者のフォーマと、温厚でどこか天然なロジェ。


「また夫婦漫才してる。俺らもやっちゃう?」

「やらん。」


後ろの席から軽口を叩いてくるアステルを軽くあしらう。

やっぱりかーと言いながら、わざとらしく肩を落とすアステル。


「あ。そういえば、明日の卒業訓練旅行って最終日には海へ行くらしいね~。」

「海! 海といえば、ビーチバレー! そして、水着!」

「最後のはどうなのよ……。」


ロジェの一言にアステル、フォーマが続く。

そう、明日からは卒業試験を兼ねた訓練旅行。

最中に行われる試験の結果により、配属される勤務地が決まる大事な行事だ。


「明日で、今までの評価と共に将来が決まるのよ。気を引き締めるべきだわ。」

「あぁ、まったくの同感だ。」


フォーマの言葉に頷くティリア。


「海なんて久しぶりだから、のんびり読書とかもしたいなぁ。」

「あ! 俺はティリアちゃんとビーチバレーで!」

「……真面目に考えなさいッ!」

フォーマの怒声が賑やかな教室内に響き渡るのだった。


* * * * * *


「それでは、今からドリンクを配ります。一人一本、受け取ったら後ろに移動してください。」

「ちゃんと人数分ドリンクはあるので、走ったりはしないようにね~。」


無事に宿舎へ到着してすぐ、委員長と副委員長である2人は学校から支給されるドリンクの配布を始める。

2人とも生徒に手際よく配布してはいるが、大勢に対して2人のみ。


「フォーマ、ロジェ。さすがにこの人数では大変だろう。私も手伝うよ。」

「ありがと、ティリア。それじゃあ、キッチンにある残りのドリンクを運んでもらえる?」

「あぁ、分かった。」


よろしくね、とフォーマが告げるより早く、誰かが割り込みしようとしたのか、列が乱されたようでそれは怒声に変わった。


(……これは急いだ方が良さそうだな。)


フォーマの堪忍袋の緒が切れる前に戻らねば、とティリアは足早にキッチンへ向かった。

学園、制服と同じく宿舎も白を基調として造られている。

玄関からキッチンへ向かう最中も、床や壁は白一色。

ただ、学校と異なる点といえば、所々に飾られている高価そうな絵画や花瓶だ。


(……移動の際には、いつもの倍は気を付けないとな。)


謎の意を心に、更に歩みを進めるティリアだった。

そうしているうちにキッチンへと到着する。

床には、段ボール一箱分のドリンクが置いてある。

周囲にはそれしか置かれてはおらず、間違いないだろうとティリアが一歩出た瞬間。


「!! 誰だッ!?」


ほんの数秒前に立っていた場所には、一本の小ぶりなナイフが刺さっている。

気が付くのが、もう少し遅ければ貫通していただろう。


「……へぇ。中々、鋭いカンしてんだな。」


声のした方へ振り返るといつの間にか、入口のドア付近に男が立っていた。

全身どころか口元まで黒い布で覆われているので、表情は分からない。

ただ、聞こえた声は楽しそうだ。

だが同時に向けられる視線は、どこまでも冷たく、ぞっと背筋が凍る。

そこで、ふと男の視線に既視感を覚えた。


(つい最近も、どこかで同じ視線を感じたような……?)


「……やっぱ、アンタはあの時に消しておくべきだったな。」


男の呟きを聞いて、思い出した。


「……まさか、こないだ学校で感じた殺気は貴様か!」

「チッ。やはり気付いていたのか。」


忌々しそうに呟く男の言葉は肯定的で、先日の朝礼前に感じた殺気の持ち主だと確信した。


「貴様……誇り高き我が校に忍びこむだけでなく、訓練旅行にまで何をしに来た!」

「ハッ。素直に教えるワケねぇだろ。」

「そうか。……なら、言わせるまでだ!」


護身用に携帯していた剣を鞘から抜くと同時に、男の方へ切っ先を向ける。

軽く脅しさえすれば、白状するだろう。

ティリアはそう思っていた。

だが、男は笑いだす。


「ははは! おいおい、名門騎士学校というのはお飾りか?」

「……何?」

「だってよぉ、こんな生ぬるい剣なんざ見たことがねぇ!」


男は尚も笑う。


(生ぬるい剣……私が……?)


ティリアには目標があった。

王族直属騎士となり、性別も、容姿も関係のない職に就くこと。

その為に幼い頃から、今までずっと、訓練に明け暮れる日々だった。

薬草や戦略の知識はもちろん、戦闘訓練も万全に行ってきた。

槍や弓も練習を怠らず、特に多く主流となる剣は一番、時間を費やしてきたのだ。

その剣を”生ぬるい”と侮蔑されて、ティリアは一瞬我を忘れた。

咄嗟に男の喉元に突きつけていた剣を動かした際、男の頬が切れた。

思ったよりも深く切れていたのだろう、剣だけでなく、ティリアにまで返り血が飛散する。

予想外の出血を目の当たりにしたところで、ティリアは正気を取り戻した。


そして、今度は硬直する。

男は痛さに耐えきれないのか、膝を崩して音にならない声を上げ始める。

剣で振るえば人は死ぬ。

そんな事は入学前、騎士を目指し始めた幼き頃から理解しているつもりだった。

しかし、訓練ではない実践で、剣を振るえば血が流れる。

頭だけで理解していた筈の事実に、心がついていけていなかった。


「この……くそアマがああああああ!!!」


男が突如、咆哮する。

そして自身が作り出す血の海を気にも留めず、ティリアへ向けて突っ込んで来る。

手には、まだ隠し持っていたらしいナイフが握られていた。

反応が、遅かった。

ティリアが気付いた頃には既に男は距離を詰めていて、護身用とはいえ重い剣では間に合わない。


(ッ、刺される……!)


恐怖から咄嗟に強く、瞳を閉じる。

しかし、いつまで経っても体が貫かれる感覚は訪れない。

恐る恐る、瞳を開ける。

目の前には……白い、服。


「……ごめんね、怖かったよね。」


この声は……


「アステル!? 何故、君がここに……?」

「君を助けに。普段なら全く必要ないんだろうけど、今回は特殊だったからさ。」

「特殊……? どういう意味だ?」

「チッ……邪魔すんじゃねぇ!」


突如、怒号を上げる男。


(そうだ! 私はさっき、この男に刺されたはず……。)


だが、ティリアに痛みはない。

代わりにあったのは、見知ったアステルの後ろ姿だけ。

そこから考えつく答えは1つ。


「! アステル……庇って、くれたのか?」

「大丈夫。かすり傷だから。」


そう答えるアステルだが、剣を構えている左腕に視線を移せば白い制服にはうっすらと赤が見える。

深手ではないようだが、それでも心配なことに変わりはない。


「だが!」

「それよりも、下がっていて。ティリアちゃんにコイツの相手は無理だ。」


更に言葉を紡ぐよりも先にアステルが、口を挟む。


「ち、違う! 先ほどは油断していただけで、」

「そうじゃない。君は、人を殺めることに慣れていないから。」


静かな口調でアステルが告げる。

反論なんて出来る筈もなかった。

この時、初めてアステルがティリアを見た。

一番初めに出会った頃と同じだった。

優しく笑っているのに、とても哀しみに満ちた表情。

この表情を見たあの頃からずっと、危ういこの青年を助けてやりたいと心のどこかでずっと思っていた。


「カッコつけてんじゃねぇぞ! さっさと死ね!!」

「死ぬのはお前だ。外道が。」


きらきらと窓から差し込む夕陽と、アステルの金の髪が輝いて見えた。

それに続くのは剣が斬る音。

そしてーー……男の断絶魔だった。


「アステリュード様! お怪我はありませんか!?」

「あぁ、問題ない。」


やや息を弾ませながら現れたロジェの声に、毅然とした態度で応えるアステル。

先程の出来事で呆然としていたティリアだったが、目の前で行われた二人の会話で正気に戻る。


「ロジェ。……君は今、なんて言った……?」


焦燥していた為か、ティリアの存在に気付いていなかったらしいロジェが驚いた表情からすぐ、バツの悪そうな表情を浮かべてアステルへ視線を送る。


「やれやれ。……いいさ、ロジェ。いずれは言うつもりだったし、それが少し前倒しになっただけだ。」


申し訳なさそうに頭を下げるロジェと、苦い表情でそれを受けるアステル。

そして、青空を彷彿とさせる青の瞳がまっすぐティリアへと向けられる。


「……貴公が、そうなのだろう? いや、そうなのではないですか?」

「はは、今更敬語なんていらないよ。……さすがに、もう隠せなさそうだ。」


ふぅと一息、小さく息を吐く。

ロジェのアステルへの態度、何よりも先程聞いた名が示す事実は明確だ。


「ご明察の通り。俺の名は、アステリュード・ツェン=アリシアティスタ第一王子。……ま、分かりやすく言うと次期国王だね。」


いつものような朗らかな表情と声で告げるアステルだが、ティリアは言葉を失っていた。


“次期国王”。


それはすなわち、ティリアが志す王族騎士という目標の頂点に最も重要な人物でもある。

それを常日頃、剣の鍛錬に付き合わせていたなどと知らなかったとはいえ、普通であればよくて牢獄行きか悪くて処刑も免れない。

だが、王族に仕える騎士を志すティリアとしては、これは何よりの禁忌と言っても過言ではない。


「アステリュード様! ご存知なかったとはいえ、今までのご無礼、誠に深くお詫びをーー…!」

「あ、それはいいのいいの。俺が好きで付き合ってた事だし。」

「で、ですが、それでは私の気が済まないのです!」


どうしても引かないティリアに、うーんと頭を悩ますアステル。


「あ。思いついた。」

「何でございますか?」

「それ。まず、敬語をやめてほしいかな。」

「え……?」

「それと、俺への態度も今まで通り友人の“アステル”に戻してほしい。」

「で、ですが!」

「今更、ティリアちゃんの敬語とか変だって。」

「へ、変とはなんだ! ……あ。」

「あはは。そうそう、その意気だ。」


つい、いつもの癖でアステルの軽口に乗せられてしまった。

しかし、この状態をアステル自身が望むのであればとティリアが折れる事にする。


「あと、君にまだ聞きたいことがーー、」

「ロジェ! この私を置いて行くなんて良い度胸じゃない!!」


ティリアの声に被さるように聞こえる大声量。

フォーマだ。


「フォーマ? 何故、君がここに?」

「あぁ、ティリア。無事でよかったわ。」


ティリアの問いとは異なる応答をしながら、また怒りの矛先はロジェに向かう。


「ロジェ! よくも、あんな訳の分からない男を残して行ったわね!? しかも連行の手伝いをしてる間に気付いたら、居なくなってるし!」

「うう……ご、ごめんなさい。」


相当な怒りのピークに達しているのか、フォーマの口は止まらない。

どうしたものかとティリアが悩んでいる先に、アステルがフォーマの肩をポンと叩く。


「フォーマ、悪いけどその話は後にしてくれないかな。ロジェには、あの男の処理を頼みたいから。」


アステルが一瞬だけ向けた先の状況を知り、ぴたりと口を塞ぐフォーマ。

それから、少しだけ鋭くなる視線。


「……分かっています。嘘つき王子。」

「あはは。返す言葉もないよ。」


フォーマのあの口ぶりからして、どうやら事実を知らなかったのはティリアだけのようだった。

その事が、何故かティリアの胸を突いた。


「えーと。そ、それじゃあ、僕は指示に従います。フォーマさんは、」

「行くに決まってるでしょ! さっさとあいつを持ちなさいよ! ……それと、」

「それと?」

「さっき、私を呼び捨てにしたわね?」

「あれ? そうでしたっけ?」

「したわ。……これからは別に呼び捨てでいいから。」

「え? それって、どういう……。」

「ああもう! さっさと行くわよ!!」

「あ、うん。」


不思議そうなロジェを急かして男を担がせて、フォーマも台所を出ようとする。

出る直前に、アステルにフォーマが囁くように告げる。


「……ティリアを泣かせたら、承知しないわ。」

「……分かっているよ。」


小さな会話を最後にロジェに続いて、フォーマも姿を消した。

今、この場所に居るのはもうアステルとティリアだけだ。


「……ティリアちゃん。少し、場所を変えようか?」

アステルの提案を断る理由はない。

静かに、ティリアは頷いた。


宿舎の近くにある海岸へ向かいながら、アステルはゆっくりと少しずつ語りだした。

この旅は、宿舎に到着した瞬間から試験は開始していたと。

本来であれば、宿舎の人間の者達に王族の騎士達が扮しており、奇襲される際の対応を見る予定だったらしい。

しかし、この情報はどこからか漏れたらしく、更にこの試験を次期国王であるアステルが見学に行くという情報を仕入れた盗賊達が暗殺に来た。

それが、ロジェとフォーマが捕縛していた男から得た情報だったと。

長い話を終えて、アステルは口を閉じる。

夕陽が沈みかけた海岸は静かで、辺りは寄せては返す波の音だけ。


「……アステル。君に聞きたい事がある。」


先に口を開いたのはティリアだった。


「ん? なんだい?」

「君は……人を殺めた事があるのだろう?」


アステルの表情が、少し強張ったように見える。

恐らく図星なのだろう。


「それに数人ではない。結構な数を。」

「…………。」


アステルは何も答えない。

重い沈黙と静かな表情が示すのは、ただ一つの事実。


「初めて出会った時のこと。君は覚えているか?」

「初めて? あぁ、俺がティリアちゃんをナンパした時?」

「コホン。そ、それはともかく! 私は君の表情に違和感を覚えた。」


多分、アステルは……


「……君は、本当は人を殺めるのが……いや。戦う事が怖いんじゃないか?」


暫しの沈黙。


「……すごいなぁ、ティリアちゃんは。」


気付けばアステルの表情に浮かんでいるのは、微笑み。


「ほら、俺って一応は次期国王だからさ。小さい頃からずーっと、暗殺パーティーばっかでね。」


アステルはずっと、笑っている。

違う。そんな顔が見たい訳じゃないんだ。


「アステル。もういい。」

「まー、騎士とかが基本は片してくれるけど、間に合わない時とかは俺も手を出さなきゃでさ。」

「もういい! やめてくれ!!」


自分が思っていたよりも大きな声になり、アステルも驚いていたが何よりもティリア自身が驚いた。

大きな声を上げた事ではない、いつの間にか頬を伝っていた涙に。


「……ごめんね。こんな話、聞かせるべきじゃなかった。」


アステルの大きな手が、優しく頭を撫でる。

顔にはまた、あの悲しそうな笑顔。

この笑顔の奥に、どれだけの悲しみを隠してきたのだろうか。

初めて出会った時に見た、この表情の違和感にやっと気付けた。


「君は……馬鹿だ。」

「え? いきなり?」


突然の罵倒とも言える言葉にキョトンとするアステル。


「……だが、それ以上に優しい。やはり、私が最初に言った事は違いない。君の心は綺麗なんだ。」

「でも……」

「あの盗賊の男と対峙した時、君は男の殺意に気付いていた。そして、私の代わりに手を下した。」

「…………。」

「人を殺める度に、君は悲しみを背負うのだろう? なら、これからは私にも背負わせてくれ。」

「…………え?」


夕陽の沈みかけた海岸。

二つの影が一つに重なる。


「……君が好きだ。アステル。」


初めて出会った時に感じた違和感。

それは、青年の悲しい笑顔。

そして……

高鳴る、胸の鼓動。

あの時、私は君に“一目惚れ”していたのだと。



END

今回は胸キュン賞投稿の為のオリジナル小説でした。強い女性が好きなので、まだまだ色々と書きたいですね。

文字数的な問題で、入れなかった描写などもあるので、今抱えてる小説などがひと段落したらまた書いてみたいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルから、剣道部のエースのアダナか何かかと思っていたらガッツリファンタジーで驚きました(笑) 騎士フェチとしては胸が躍るシーンがたくさん盛り込まれていて、楽しく読了させていただきました…
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