ある日の教室での出来事。
「昨日はおめでとう!」
僕が教室に入ると、彼女は「待ってました!」とでも言わんばかりに、話しかけてきた。
「いや〜、まさか100メートルも200メートルも優勝しちゃうなんて、凄すぎじゃん!!」
「ありがとう。でも、昨日はたまたま運が良かっただけだよ。2位とも0.3秒差だったし」
僕は大きな声で昨日のことを楽しそうに話す彼女に素っ気ななくそう答えた。
ホントは、すごく嬉しいくせに。
「それでも、優勝は優勝だよ!! そ・れ・に・走ってる姿カッコよかった!!!」
その言葉は不意打ちだった。
そして僕は言葉を少しつまらせながらこう答えた。
「……ありがとう。でも、そんなに褒めても何も出ないよ?」
動揺していることがバレてしまわないように。
「見返りが欲しくて言ってるわけじゃないから。本当にカッコイイと思ったからだし」
彼女はちょっと拗ねたようにそう言った。
僕はドキッとした。
そして出来ることならこのまま彼女に想いを伝えたくなった。
でもそれは出来ない。それは僕がよくわかっている。
彼女には彼氏がいる。
そう僕は何度も自分に言い聞かせた。
僕はこの想いを押しと込めるためにこう答えた。
「ルミ、彼氏さんいるんだからそんな簡単に、カッコいいなんて他の男に言ったらダメだよ。彼氏さんに怒られるよ?」
「………あんな奴なんか」
ボソッ。
僕には聞こえない程度の声で彼女は呟いた。
「ん? ルミ? 今、なんか言った?」
「ううん、何でもないよ。そうだね、怒られちゃうかもね。これからは気をつけるよ! ありがとね!」
〜キーンコーンカーンコーン〜
「えっ、もうこんな時間なの?! やばいやばい。授業の準備何もしてないや。シュウまたあとでね!」
そう言って彼女は慌てながら自分の席に向かっていった。
さっきの、どういう意味だろう。
聞こえなかったフリをしたが、実は彼女が呟いた声は聞こえていた。
僕はその日、彼女の言葉が頭から離れなかった。