92話 こんな味方がいてくれたなんて
「お二人はいつ頃から一緒に住み始めるつもりですか? ……不味いな、もう少しいいお茶を買ってくるようにしよう」
冷めてしまったお茶をみんなで飲んで、苦笑いする。
「まだ、部屋のリフォームが終わっていないので、早くても年末です」
長谷川先生は、不動産屋さんとの契約の進行状況を話した。
「ただ、万一の時に松本さんに試験問題が漏れたと誤解されるのは嫌なので、その期間は珠実園で泊まってもらうか、僕がホテルにでも籠ります」
そうか、同じ部屋の中で生活するということにはそういうリスクもあるんだ。
「ははは、なるほど。そんな不正をするような二人ではないでしょう。でも話が広まってしまうと収拾がつかなくなることもある。他の先生や生徒たちにはくれぐれも内密に頼みますよ? これは長谷川先生のプライベートが根底からひっくり返りますからね」
一応、長谷川先生はまだ誰とも交際していないという事になっている。それが私と同居を始めること。いや、もはや同棲と言った方が適切だし。私が高校在籍中に結婚までということになれば影響は小さくないだろうね。
だから早くても高校を卒業する日まで信用できる人以外には内密にしておくのは私も賛成だ。
「松本さん?」
校長先生は立ち上がって、机の中から何枚かの写真を取り出した。
「これは今年度の卒業アルバムに使う写真候補ですが、来年のアルバムにも使うように指示を出しました。次のアルバムは松本さんが手にするものになります」
「はい……」
「秋の文化祭はお見事でした。あなたのような企画力・行動力を持った生徒が本校にいるということは非常に嬉しく思います。他の学校の先生方からも『どんな生徒が企画したのか』とよく聞かれましたよ。幼いころにお父様を亡くされたこと、先日のお母様のことを考えると、楽しむという言葉は酷かもしれませんが、高校生活もあと1年と少しです。悔いの残らないような時間にしてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
校長室を出て文芸部の部室に戻る。
「先生、どこまで話していたんですか?」
「ん? 松本さんを助けるためにはこの方法しかない。だから計画を手伝って欲しいと頼んでおいたんです」
凄いよ。私にはとても真似が出来ない。もちろん校長先生と長谷川先生の二人が旧知の仲だったというのは私も知らなかった。そうだとしても私たちの話を打ち明けて、そこに協力を仰ぐなんてことは正直出来ないと思っていた。
「もぅ、反対されると思わなかったんですか?」
「あの校長はそのくらいじゃびくともしないよ」
結局、私が小心者だということなんだろうな。
「ごめんね……。私がもっと強ければこんなことにはならなかったのに……」
部室に入ってドアを閉め二人きり。
「違う」
先生は首を横に振った。
「松本は本来まだ護られているべき時期なんだ。だから、頼ってこい。もっと甘えていいんだ。さっきの校長へ啖呵を切ったの、あれは見事だったぞ」
「そんな……」
抱きしめられたら本当に甘えて泣きたくなってしまうのに……。
「唐突だが、クリスマスは予定あるのか?」
突然、先生は廊下に聞こえないように小さな声で私に聞いた。
「珠実園に在所の子は毎年23日にクリスマス会を開くと聞いています。24日は午後1時から3時まで、私はお手伝いです」
本当は1日早いことも分かっているけれど、休日の夜に入居中の子たちは会をやってしまい、イブの朝にプレゼントが配られる。翌24日の昼間に児童センターのクリスマス会を開くからなんだって。
茜音先生や結花先生たちはその子が欲しいものだったり、センター側のプレゼントの用意に大忙しだ。高校生になると、それぞれの特技に応じてこのイベントのお手伝いも加わるから、私も数日前から飾り付けや調理室での手伝いなどの予定でぎっしりだ。
「そうか、じゃあイブは夕方から何もないな?」
「はい。でもその日は午前中に終業式ですよ?」
「分かってる。その後のことだ。夜の予定を空けておいてくれないか?」
ホッとしたような声に、私もピンときたものがあった。
「はい。分かりました」
そうか、結花先生たちも将来を約束したのはその日だ。きっと何かを考えているのかな……。
手帳に書き込んである予定を見ると、12月24日の夜は何もない。
いつものように園の門の前まで送ってもらい、部屋に戻った私。カレンダーに赤い印をつけるのを忘れないようにして、夜間外出届を手に茜音先生のもとへ廊下を走っていた。




