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まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!【改稿版】  作者: 小林汐希
20章 ふたりの先生
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73話 はじめての引越し




「まぁ、とりあえずだよね……」



 お母さんにも約束した、私たちが結婚するなんていうのはもう少し落ち着いてからの話で、まだ未成年の私がとにかく生活を立て直せる場所が必要という判断は間違っていない。



 いろいろな条件をもとに市役所で紹介してもらったのがこの珠実園で、私は一度この施設をお家にして学校にも通うことになって、その手続きも学校……先生の方で進めてくれた。


「松本さんのようなケースでは、恐らくここが一番いいでしょう。市内でも信頼は間違いないですから」


 市役所の生活支援の担当さんは、私の通学圏内も確かめて決めてくれたっけ。「あそこにはすごい先生たちが揃っている」って話は本当だった。


 あとで知るのだけれど、私が住所を移した珠実園は入所を希望してもなかなか実現するのは難しいらしい。


 それがこれほどスムーズに行ったなんて、何かの力が働いたと思ってしまうほどだった。


「花菜ちゃん本当にごめんな。一緒に行ってやりたかったんだけど」


 二人きりだし、きっと今はこっちの呼び方のほうが私を落ち着かせられると使ってくれているのだと思う。


「ありがとうございます。落ち着いたらまた連絡します」


 本当は一緒にいてもらいたかったけれど、いつまでも迷惑をかけることもできない。


 今朝は学校に出勤する先生を見送った。このあとアパートの大家さんに鍵を返さなくちゃならないから、一度片付けを終えた自宅に戻らないといけない。


 ずっとその手伝いをしてくれていた先生のお母さんにも何度もお礼を言って帰ってもらった。泣いても笑っても私は一人で歩いていかなければならないのだから。


「もう、つべこべ言わずに『娘として』いらっしゃい」なんて帰りがけには肩をたたいてくれた。


 独りになってしまったことは消せない悲しみだけど、このタイミングでよかった。去年だったら、この新しい出発の日をこんな気持ちでは迎えられなかったと思う。





「本当にこれまでありがとうございました」


「助けてあげられなくてごめんなさい。言葉が見つからないけれど……元気でね」


 大家さんも他の退去者とは違う私の境遇を考えると何も言えないみたいだった。お母さんと私が持っていた2本の鍵を渡した。


「とんでもないです。いっぱいご迷惑をおかけしました。それに最後まで助けていただきました。ありがとうございます」


 大家さんは管理会社にすぐ連絡してくれて、今月のお家賃とお部屋の修繕費用を引かないように手配してくれただけでなく、敷金や礼金も全部返金してくれたうえ、不要な家財もみな処分してくれた。粗大ごみをお願いするだけだってお金がかかったはず。


 まだ使えるものは買い取ってもらって、そのお金を渡そうとしたけれど、「何かとお金かかるから」と受け取らなかった。


 それだけでも生活の立て直しに使える時間もなく、収入が減った私にはその心遣いがありがたかった。


 私は荷物を全部整理し終わって空っぽになった、生まれ故郷でもある部屋を後に、階段を下りて最後にアパート全体の姿を目に焼き付ける。


 きっと次に来るときはもっと時間が経ってからだろうし、もしかしたら建物自体が変わっているかもしれない。うちが一番長い入居者だったって、逆に感謝されるなんて思ってもいなかったよ。



 人生初めての引っ越しがこんな形になるなんて、私の年代で想像する方が非現実的だと思う。


 最後の荷物は凄く少なくて、学用品や制服と身の回りの物を整理して段ボール箱ひとつに収めて先に送らせてもらった。


 今日は先生からキャリーケースを借りて、通帳や生活保護などの書類と貴重品、手元に置いてすぐ取り出せる必要最低限の品だけをもって電車に乗ったんだよね……。




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