71話 花菜なら誰も反対しない
通夜が営まれている間、読経や焼香の場で身動きひとつできず、ハンカチをギュッと握りしめていた松本。
家族葬だと伝えてはあったけれど、校長や教頭を始め、クラスの子も何人か顔を出してくれた。
松本がこれに対応するのは無理と判断し、必ず伝えるからと前置きをしたうえで、自分が応対することにした。
「皆さん、今夜は本当にありがとうございます。授業の方は鈴木先生を困らせてないですか?」
「ちょっと普通の話ではないので、みんな今のところはおとなしくしてます」
「そうですか」
「先生、花菜のことお願いします。本当は泣きたいのだと思うから」
彼女は橘と言ったか。中学時代からの唯一の友達だと聞いていた。
「分かりました。橘さんも、いろいろと相談に乗ってあげてくださいね」
葬儀が始まる直前、花菜は俺たちに頭を下げた。「啓太お兄ちゃんがいてくれるおかげで、何とか乗り切っていけそう」だと。彼女がそう思うのであればその意思を尊重したい。
途中きつくなったら、遠慮なく申し出るように伝えておいた。
簡単な食事を買ってきてみんなで食べたときも、松本は必死に平静を装おうとしている様子がかえって痛々しかった。
「啓太、花菜ちゃんをこれからも守ってあげるのよ?」
俺に彼女を任せられたことは、きっとお袋も伝えられていたのだろう。
その夜は三人で斎場に併設された部屋で過ごすことにした。
通夜の席が終わり寝床の準備をしているとき、お袋が小さな声でそう言ったんだ。
「俺は前からそのつもりではいるけれど、父さんと母さんは構わないのか?」
「ええ、お父さんとも話してる。花菜ちゃんなら啓太のお嫁さんにちょうどいいだろうって。任せられるしっかりした子だし」
「そうか。ありがとう。花菜も喜んでくれると思う」
両家の問題は解決していても、物事はそんなに簡単には進まないだろう。
「私、きっと最初は泣いてばかりかもしれないです……。嫌われちゃうかもしれない……」
「花菜ちゃん。お母さんはそれも分かっていて俺たちに言い聞かせたんじゃないか?」
「ははっ……、そうですよね……」
そのあと、彼女は棺と遺影の前に一人で座って何かを話しかけているようだったけれど、そこは最後の親子の時間だ。他人が邪魔をしちゃいけない。
「花菜ちゃん、これは……?」
テーブルの上に置かれていたはさみ。祭壇横に飾られている花を切るためかと思ったけれど、それは汎用に使えるキッチンはさみではなく散髪用に使うもので花の茎を切るには不向きなものだ。それに何かに必要なら斎場で言えば貸してもらえるだろう。なぜこんなものを持ち出してきたのか。
「これね、いつもお母さんが私の髪を切るときに使ってくれたもの。さっきね、『持っていく?』って聞いたら、『もっと大事な時に使いなさい』って怒られちゃった」
「そうか……」
彼女がそれをすぐにカバンの中に収めたので、俺はそれ以上触れることはしなかった。
「花菜ちゃん休もう。寝れなくても目をつぶるだけでも違う」
「うん……」
俺はその晩、花菜を抱きしめたまま過ごした。
小学生だったあの頃と同じように、疲れ切った彼女は両足を抱えていつまでも鼻をすすっていた。




