46話 昔も今も変わらない背中
伊豆急下田の駅に着くと、まだ10時にもなっていないのに夏の日差しが照りつける真っ青な空だ。
「やっぱり暑くなりましたねぇ」
先生は電車の中でスマホで何かを調べていたようだけれど。
「俺たちが乗るバスはさっき出たばかりか。次まで時間があるな。松本、ちょっとついて来い」
「え? あ、はぃ」
駅前ロータリーを抜けて、少し歩いたところ。
先生は私を近くにあったファストファッションのチェーン店に連れてきてくれた。
「先生?」
「こんな観光地に来て制服じゃ、それこそ修学旅行みたいだ。好きなのを2日分揃える。あと水着も買っていい」
「え、でも……。そんなお小遣い持ってきていませんよ」
「いいから。その代わり、絶対他の奴には内緒だぞ?」
焦る私の手を引き店内に入った先生。でも、それからが凄かった。
私は本当に横に立っているだけなのに、ちゃんと私が好んで選びそうな服を見つけ出してはサイズを確認してカートに入れていく。
迷いがない……というか、年単位で離れてしまっていたのに、私の身長と好みを覚えていることに驚いた。
襟元にリボンがついた白い半袖ブラウス、ギンガムチェックがアクセントになっているサックスのスカートにフリルのついた白いショートソックス。
「これで、今日の分だろ? あともう一着だな。もう少しラフに行くか」
明日の分のセットにと、ピンクに細かい模様が入ったポロシャツに、デニムのキュロット、レースのソックスを合わせた。おまけに白いサテンリボンを巻いてあるカンカン帽も加えた。
「水着は好きな物を選んでいいぞ」
「ここまでしたんですから、一緒に選んでください」
もうここまで来たらとことんまで付き合ってもらっちゃおう。昔、一緒にヘアゴムやアクセサリーを選んでいるのと同じような感覚に包まれている。
「高校生にあんまり過激なのもなぁ。だからと言ってワンピースじゃもったいない」
「もぉ、何を言ってるんですか! 私のスリーサイズは言ったことありませんよ?」
「身長は中1からほとんど変わっていないからいいとして……、こんなもんかな」
でも、そんな口をたたきながらも選び出してくれたのは、ミントグリーン・ペールグレーと白のタータンチェックのセパレートに、パンツとキャミソールまで付いた4点セット物。
「松本、会計を済ませたら着替えてバス乗り場まで戻るぞ」
「ええっ?」
他のお客さんがいなかったので、先生がお願いをしてスカートとブラウス、帽子のタグを外してもらい、試着室で着がえさせてもらった。
「すごい、ぴったり……」
大まかなサイズ感で選んだはずなのに、本当に私の体型を知っていてセットアップしたみたい。
代わりに制服を畳んで袋に入れさせてもらう。最後に整えた髪の上から帽子を被ってみた。
姿見を見ると本当に家を出てきた時とは別人というべき大変身だよ。しばらくこんな可愛いのは着ていなかったから、ちょっと気恥ずかしくもなる。
お店の方にお礼を言って、外で待っている先生の前に立った。
「あの……、先生、お待たせしました」
「よし、これで夏休みで海に遊びに来た女の子の出来上がりだ」
「あ、あの……」
「うん、思っていた以上に可愛く仕上がった。まぁ、松本の素が美少女ってのはずいぶん昔から知っていたけどな」
「ありがとう……ございます。こんなに、高かったですよね」
いくら手軽なお値段のお店でも、これだけの数を揃えればそれなりになってしまう。
「そんなの気にするな。よく似合うぞ」
残りの購入品と、私が着てきた制服を入れた袋を先生のキャリーバッグに入れてくれた。
「荷物は持ちますよ」
「女の子は自分の最低限の荷物だけ持っていればいい。こういうのは男の役目だ」
先を歩く先生の後ろを歩いたとき、記憶の底に眠っていた昔の風景と重なる。
いつもお兄ちゃんの後ろ姿を追いかけていた私だ。
「ありがとう……。お兄ちゃん……」
車の音に掻き消されて聞こえなかったのか、先に進んでいく背中をあの当時と同じように追いかけた。




