42話 そうか、だからあの部屋なんだ
でも、本当はそれだけじゃない……。先生にだけは、いつかきちんと言おう。体育会系の部活に入ることができなかったもうひとつの理由のこと……。
「そうですよね。今度からちゃんと相談をします」
「そうしてくれ。次は受験して進学するか就職するかという重要な問題も出て来る。プライベートで繊細な相談の時には、こういう個室を持っていた方が何かと便利だ」
勉強ばかりするなと言いつつ、こんなことをやっているのは矛盾だと先生は笑う。
でもきっと私はこの部屋に何度も通ってしまうんだろうな。心配をかけちゃいけないって分かっているのだけど。
「先生、これ先日のお洗濯物です。あと、お約束どおりにお昼のお弁当を作ってきました」
そうそう。この部屋に来る目的だったもの。持っていた紙袋を差し出した。
「本当に持ってきてくれたのか?」
「はい、私の分と一緒に袋に入れてきたので全然目立ちませんでしたし」
その袋の中から、自分の分を取り出そうとしたときだった。
「松本はいつも昼飯どこで食べるんだ?」
「そうですね、たぶん部室で一人って感じだと思います。今日は夏紀先輩はお休みと聞いてますから。私のお昼って、普段もだいたい部室なので……」
いつもの教室でも、私は一人の時が多い。みんながグループで食べているのを見て羨ましいと思わないかと聞かれたこともある。
放課後に仕事をしている私には、他の子のように遊びに行く時間も取れないし、学費や生活費などを差し引いてしまうと、自由になるお金だって毎月本当にごく僅かなものだ。
だから話も噛み合わないだろう。生活や仕事の苦労話をしたところで、同学年には理解できないだろうし、シラけさせてしまうだけだ。それこそ、普段何とか保っている外側のイメージともかけ離れてしまうから、私の私生活は謎のままのほうがいい。
そんな理由で部室で昼休みを過ごすことが多いんだよね。
「そうか……。よければ今日はここで食うか? お茶ぐらいは煎れてやれるように、何とか片付けを進めておくから」
「分かりました。では、またお昼に失礼します」
これが他の生徒とか先生だったら、丁重にお断りしていたと思う。でも長谷川先生なら……。私のことを誰よりも分かってくれている人だから。
「松本!」
扉を閉めようとしたとき、先生が私を呼び止めた。
「はい?」
「もう無理するなよ? その必要もない」
「はい、分かりました」
誰もいない廊下を図書室横の部室に向かう。
何でだろう。泣かされたわけでも、悲しくなったわけでもないのに涙が溢れてしまう。
「その必要はない」の一言で分かる。お母さんの言葉を聞いて、私たちの今後を既に考え始めていてくれるという意思表示なのだと。
学校では泣き顔を誰にも見られないようにしてきた。自然に足が速くなって、最後は誰もいないはずの廊下の追っ手から逃げるように部室に飛び込んだ。
スカートのポケットからハンカチを出して、はじめて顔を拭う。汗なのかそれとも違うものなのか。どちらでもよかった。
不幸中の幸いだ。今日は五十嵐くんもお休み。
誰もいない部室の窓を開ける。いつものように空を見上げたとき、ふと隣の建物を見て気づいた。
この部室からさっきの国語準備室が見えるんだ。ということは逆もしかり。
いろいろと大義名分をつけて、あの部屋を貰ったのにはそういう作戦もあったのかと思うと、またひとつ秘密が増えたように思えた。
面白くなった私は、わざとカーテンを開け放したまま窓際の席に座って、文芸部員全員に出された秋の学園祭に向けた展示のアイディア課題を考えていた。




