40話 私は忘れていないから…ね
「お母さん、駅まで送ってくるね」
「ゆっくり行っておいで。久しぶりなんだろうから」
お母さんも、私が一人で過ごしてきた時間を知っている。
「いいよ、松本。生徒をこんな時間まで外に出歩かせていたなんて知られたら大変だ」
「じゃあ、先生じゃなくて、久しぶりに会えたお兄ちゃんだったら? シチュエーションを変えれば問題なくない?」
学校じゃ絶対にできないもん。それに私も私服に着替えて、髪の毛を普段外ではやらないお団子にまとめてあるから、パッと見た目では分からない。
「じゃぁ、寄り道なしで駅までな?」
「うん」
負けたと笑って、アパートの階段を降りて空を見上げると、雨はすっかり上がっていて、月もきれいに見えていた。
さすがに街灯もあるから手をつなぐのは自主規制。横に並んでゆっくりと駅までの道を歩く。
「ねぇ……、さっきの話。お兄ちゃんはどう思った?」
「さっきの?」
「うん、お母さんの。私のことをお願いって……」
私と歩調を合わせてくれているお兄ちゃんの顔を見られない……。
その場の勢いというものがあるし、その力が働いた結果の発言だとしても、私たちの立場で今すぐにそれを考えていいのか……。
だって、私のお母さんは、未成年の一人娘だという事を一番分かっているはず。それなのに事実上この先の承諾を出したことになるのだから。
私が18歳になって《《成年》》と呼ばれるようになるまでまだ半年以上ある。
それにお互いの立場上、それを考えることを許される状況にあるのか、まだ整理が着かない。
「花菜……ちゃんは……、どうなんだろう? こんな俺じゃ、付き合うもなにも……」
「でも……。私は……、あの日の言葉、忘れてないから……ね」
自然に涙が溢れてきた。
必ず迎えに来てくれる。
その言葉だけを信じて、ようやくここまで来たんだもの。
言葉はそれ以上出せなかったけど、横を歩いていた人は、私の左手を引いて立ち止まらせて、もう片方の右手も握ってからゆっくりと頷いてくれた。
「それは、俺も同じだ。あの日のことを忘れるなんて絶対できなかった。ちゃんと約束したんだから」
「うん」
よかった……。いいんだ……。ちゃんとあの日の続きに戻してくれようとしているんだ。
「これからどうしていくか、夏休み中に少し考えようか」
「うん……」
「今日はありがとう。また学校で……だな」
「はい、私こそあの夕立の中を助けてもらっちゃいました。ありがとうございました」
「そんなの、昔と同じだ。二人だけの時はなにも変わってない。月曜日はまた部活と仕事か?」
「朝からまた部室にいます。月曜日は図書館お休みですから終日を予定してます」
「分かった。俺も職員室か国語準備室にいるから」
人影も少なくなっている改札口。
ひとり改札機の手前で見送る私に、ホームへの階段の上で振り向きながら手を振ってくれたお兄ちゃんは、昔と変わらない笑顔だった。




