31話 誰にも話せない…でも…
鈴木先生が扉を閉めて、司書準備室にふたり残された私たち。
「これからよろしくお願いします。松本さん」
「は、はい……お願いします」
温厚で大ベテランの鈴木先生の家庭の事情での勇退。残念だけど特に問題じゃない……といったら失礼だけど、少なくとも私にとってはそうなんだ……。
もっと重要なことは、新しい顧問が長谷川先生になるということの方だから。
新米の先生で、いきなりこんなことってあるのかな?
もちろん、担任のクラスを持っている先生が部活の顧問を務めるなんてことは他のところでも変わらないから、国語教科担当の長谷川先生が文芸部の顧問になるってことは、形からすれば何もおかしいことはない。
先生が顧問になるということなら、入部希望者が増えるって効果も期待できちゃう。
でも、私にはそれ以上のことが起きてしまったように思えた。
神さまのイジワルなのか……? そんなふうにも思えてしまう。
始業式のあの日から、担任の先生になったということそのものでまだ緊張が解けていないというのに。
他の人は誰も知らない。以前会ったことがある……。ううん、それ以上の存在だったということを周りに知られないようにするにはどうすればいいか、いまだに考えている。
そこに部活の顧問という、接点がもうひとつ増えてしまうのだから。
もうここまで来たら、思い切ってカミングアウトしちゃうのもひとつの方法なのかもしれない……。そんなことも一瞬頭をよぎってしまった。
確か夏紀先輩がそんなお話を書いて、私に読ませてくれたことがあったっけ。
高校の部活で先生を好きになっちゃった女の子のお話だった。
その物語の中のヒロインも悩んでいた。先生と生徒という恋愛物語は、私たち学生にとって憧れでもあると同時に禁断の恋だって分かっているもの。
そう。学生である私が担任の先生に恋をするということは、一般的に決して褒められた話ではないと思う。
でも同時に先生と私は、再会……いや、いつか二人で歩き出すことをずっと前から約束していた関係なんだもん。
少なくとも私はそう思っている。
教室での様子から、もしかしたら、あの当時の話は忘れてしまっているんじゃないかと思ったときもあった。
でも今は違う。確かに感じるの。
先生は私を探ろうとしているということを。
それは、間違いなく先生の中の「花菜ちゃん」と今の私「松本花菜」が同一人物かを確かめようとしているのだと確信があった。
だって、先生は教室では誰に対しても、男女関係なく《《さん》》付け。それは私のことを呼ぶ時も変わらない。
ただし、それはあくまで教室の中や、他の人がいるときだけという前提だった。
それに学年初日に提出したプロフィールシートをもう読んでいるだろうから、書類上は同一人物だと分かっているはず。あとは私の中身が変わっていないかを知りたいのだと思う。
だって……、私の前であんな言動をして明らかに揺さぶりをかけてきたのだから……。




