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第六話

 日はすでに暮れている。

 というより、今現在はもはや深夜だ。あの空中小島からこのロッジに引き返してきてからすでに六時間以上が経っており、今現在、俺以外の五人はすでに眠りについているのである。

 では、俺は寝ないで何をしているのかと言うと、見張りだ。

 俺はルーとウェリィが寝ている部屋の扉の前に座り、二人に〈異常〉がないか見張っているのである。

 そう――――「ロットが死んだ」と聞かされた時、ルーとウェリィは尋常ではない反応を示したのだ。詳しく描写して気分のいいものではないので細部までは述べないが、ようは、ルーは泣きわめき呼吸困難を引き起こして卒倒し、ウェリィにいたっては錯乱して腕や頭や首などを自身の爪でもって自傷を始めたのである。

 それを、アンディさんが薬で無理矢理眠らせて止めた。

 そうでもしないと、止まらなかった。

 そのおかげで、今の二人は落ち着いている――――強引に落ち着かせている。目を覚ませばまた同じ行動をすることは目に見えてるが、しょうがない。少しずつ少しずつ、受け入れてもらうしかない。……もはや、それしかない。

 こういう状況になって、改めて理解した。

 あの二人にとって、どれだけロットが重要な人間だったか。特別な存在だったか。普段のくだらないじゃれあい見ている限り、腐れ縁的な仲でしかないと思っていたのだが、そうではなかった。それだけではなかった。ロットは、あの二人の心の中の深い場所にいたんだ。……別にだからと言って、卒倒も自傷もしなかった他の四人がロットを軽んじていたとも言わないが。

 ただ、アンディさんは大人であり、数々の修羅場をくぐってきた賞金稼ぎであり、人死ににいちいち取り乱すような年齢でもない。取り乱さない方が自然だろう。

 ギーンは――あれだけ冷静な人間だ――内心では混乱しているだろうが、なんとか平静を保っている。

 ムツナは、ロットとの付き合いは至極短い。そこまで感情移入するにいたってないのだろう。

 そして俺は――――まあ、俺は〈そういう道〉の上にいる人種だから。今さらそこまで派手なリアクションをするような人間じゃない。普段より少しばかり口数が少なくなる程度だ。

 ふと、俺は脇の壁に立てかけてある大剣を手に取った。

 ロットの愛用武器『グレン』。あの現場から拾ってきたのだ。

 自分の腕で持ち上げてみて改めて思うが、やはり重い。細めの丸太くらいの重量はあるだろう。ロットはこんなものを年中背負い、そして振り回していたのか。

 あいつがこの剣に炎を灯した光景を思い出す。

 ――これで敵を成敗したことは、一体何回あっただろう?

 ――俺達を守ってくれたことは、一体何回あっただろう?

 ――逆に俺が切りかかられたことは、一体何回あっただろう?

 そしてそして、思い出す。

 前回の仕事で、コロノ山に向かって出発する朝に、ロットが俺に言ってきた言葉。


「もし私に何かあったときは、これをお前に譲ってやってもいいぞ」


 ……まさか本当に俺がこの剣を手にする日が来るなんて。

 あれは――――あの言葉は、冗談でしかないと思っていたのに。

 少なくとも俺にとっては、ただの冗談でしかなかったのに。

 ロットにとってもただの冗談だったと思っていたのに。

 何てこの世は――――因果なんだ。


 ――と、


 ――トスン、トスン、トスン

 暗闇の廊下の向こうから、スリッパの音が聞こえてきた。

 手元のランプをかざし、誰が来たのかとそちらを見やると、赤く照らし出されたのは青紫のセミロングヘアー。ローブのような寝巻きをまとったムツナだった。

 ムツナは不安げな表情で、

「……どう? 中の二人?」

「ずっと静かなもんさ」

 俺は何ともなしに答える。

 ドアの前に立ち、扉の木目を不安げな顔でしばし眺めていたムツナは、ふっと思い直したように、俺の隣に腰を降ろした。

「……でも、まさかこんなことになるなんてねえ」

「ああ……まったくだ」

 俺はうつむき加減で同意する。

「でも、その……私、少し引っかかってるんだけどさ」

「……何?」

「ロット君、本当にイヴァリーに殺されたのかな?」

「……当たり前だろ。あの状況を見る限り。あの丘の上で二人は決闘し、ロットは負けた。首を切られてな。恐らく、頭は崖の下にでも落ちたんだろう。そしてイヴはあそこから立ち去り――しかし風はまだ吹き荒れてたから――その後に、あのつり橋が落ちたんだ」

「……本当に、そうかな?」

「そうだろ。ロットがあの丘の上にいたことから、二人の決闘が行われたのはつり橋が落ちる前、雨が降ってる最中だ。その間にこの柵の中にいたのは、俺達六人とロット、そして入り口の検問を力ずくで突破した一人の侵入者――――イヴだけだ。警備員はずっと入口の待合所でチェック作業をしてたし、雨が降ってる間俺達はずっとこの小屋の中にいた。ロットを殺れる人間はただ一人。イヴってことになるだろう。『橙石』も使われてなかったし、何よりも、あの首は『黒石』の刃で切られてた。そういう切り口だった。それが何よりの証拠だろう?」

「そっか……」

 ムツナはあごに手を遣りこくりと頷いた。

「……でも、何でイヴァリーは首を切ったんだろう?」

「そんなの決まってるじゃないか。急所だからだろ――――というか、何であんたはそんなに疑ってかかってるんだ? まさか俺達を疑ってるのか? それこそ、意味が分からないだろう。俺達にとっちゃ、ロットは付き合いが長い仲間だったんだ。ルーとウェリィの取り乱しようを見ればわかるだろ」

「うん、そうだね」

 ムツナは寂しげな笑顔を浮かべ、

「うん……私にも分かるよ。大切な人がいなくなるって、辛いよね」

「何だよ、急に……まさか、お前も?」

「うん。少し前なんだけどね。お父さんが……死んじゃったの。あの時は本当に……辛かった」

 声のトーンを落としながら、膝の中に顔を埋めるムツナ。

「……結局ね、人の世界っていうのは大切な人だけで出来てるんだよね。世界中には何千万って人がいるけど、それってただの背景でしかなくってさ、私達の世界っていうのは、それぞれにとって大切な人だけで構成されてるんだよ。だから、その大切な人がいなくなる、消えちゃうっていうのは、その人の世界自体が壊れちゃうことと同じなんだよ」

 俺は黙って、ムツナの言葉を聞き続ける。

「世界が壊れるっていうのは、すごく痛い。心に痛い。苦しい。自分がずっと大切にしてきたものが、自分が生きてきた証が、自分の生き方自体が、自分の存在自体が、自分の世界が、なくなっちゃう――――なくなっちゃったみたいに感じる。ずっと側にあったはずの笑顔が、優しさが、消えちゃう。今まであったはずの幸せが、希望が、消えちゃう。そういう存在がいたから、いくら大変なことがあっても生きてこれたのに、乗り越えて来れたのに。……それが消えちゃったら、後には絶望と苦しみしか残らない。それは、すごく痛い。心に痛い」

 ムツナはついと顔を上げ、俺に哀願するような表情を向けてきた。

「……だからさ、二人のこと、ちゃんと見守ってあげてね?」

 そう言うと、ムツナはふらりと立ち上がり、

「じゃ、おやすみ」

 廊下の奥、闇の中に消えていった。

 離れていくスリッパの音も聞こえなくなり、俺は再び廊下に一人きりになった。手持ち無沙汰になり、何ともなしに今のムツナのセリフを反芻していると、

 ――ぎいっ

 背中のドアが開いた。

 驚いて振り返ると、そこから顔を出したのは、生気の薄い顔をした――――ルー。

「……ルー、大丈夫なのか?」

「うん、もう平気」

 あまり平気ではなさそうな、いつもより数十段低いトーンで答えつつ、ルーは部屋の中から這い出してきた。そして俺の隣にちょこんと座り、

「……ごめんね、迷惑かけて」

「別に迷惑なんかじゃない。しょうがないさ」

 俺はなだめるように答えた。

 ルーはちらりと俺の顔を覗って、

「……でも、ダルクは冷静だよね」

「そう、か?」

 ……いや、確かに、今までずっと一緒にやってきた仲間の死に直面した人間としては、薄い反応だったかもしれない。冷静すぎたかもしれない――――だがやはり、死体を目にしたからといって、俺は錯乱しようとも思えないのが正直なところである。

 俺の両親も、叔父叔母も、従兄弟も、人を殺して生計を立てていたんだ。

 いくら実地経験がほとんどないとはいえ、服を赤く染めたラキを玄関で出迎えたことは数え切れないほどある。手についた血を洗面所で洗い流しているラキを眺めていたことも数え切れないほどある。排水溝の赤い汚れを掃除したことだって数え切れないほどある。

 だから俺は、今さら血の海を一つ見せられたからと言って――

 と、俺はそんな思考を振り払うように首を振って、

「――いや、冷静に……見えるだけだ。みんながみんな混乱してる。俺だって混乱してる」

「……そっか、そうだよね。ごめんね。当たり前だよね。人が死んで悲しくないわけないもんね。ロットが死んで、何とも思わない、は、ず」

 いきなりルーの声が震え始めた。

 驚いてルーの方を見ると、目の焦点が合ってない。瞳孔が開ききっている。体中が、寒がるようにガタガタと震えている。

「ロットが、死……ロットが、死ん……ロット……ロットが、死……ロット……ロット、ろっと……」

「お、落ち着け!」

 俺は慌ててルーの肩を抱き寄せた。

 そして睡眠薬がないかと周囲を見回したところで、いきなり、ルーが俺の懐に顔を押し付けてきた。

 しがみ付かれて、動けなくなる俺。

「……やだよ、やだよ……ひぐっ……やだよぉ……ロットがいないなんて……やだよぉ……ロットが……うぐっ……ロットが……いないなんて……」

 俺の胸元、ルーはくぐもった声でわめいている。

「もうやだ……やなのに……っぐ……何で、どうして……ロットが……死ななきゃ……ならないの、うぐっ……もう、やだ……やだやだ……やだよぉ……」

 ルーは、俺の服を濡らしながら、

「……もうやだ。パパも……ロットも……大事な人がいなくなるのは……いやだ。……あたしの周りからいなくなるのは……もうやだ。……もう二度と……誰も……いなくなってほしくない。……誰も失いたく……ない。……ないのに。ひぐっ……ダルクは……ダルクだけは……もう……あたしのそばから……いなくならないで……ぇ」

 ……かける言葉が見つからない――――見つからず、代わりに俺は、眼下のルーの頭をそっと撫でた。

 と、ルーは瞳に涙を溜めたまま顔を上げ、

「ねえ、ダルク……――


 ――……ギルド……辞めよう?」


「…………え?」

「……だって……あたし達がカザミドリに遭ったのも……ギルドに登録してたからでしょ? ギルドの仕事……してたからでしょ? こんなの……危なすぎるよ。だから……止めよう? 止めて……一緒に別な仕事して……静かに暮らそう?」

「……い、いや、だけどお前は、ギルドで経験積んで、情報を集めて、父親を探し出すのが目的だったんだろ? 目標だったんだろ? ギルドを止めたら、それが叶わなくなるんじゃ――」


「ダルクの方が大事だよ!」


 ルーは、訴えるように叫んだ。

「もう……もうやなの。大切な人がいなくなるのはやなの。ダルクにはいなくなってほしくないの。危ないことしてほしくないの。ずっと一緒にいたいの。ずっと側にいてほしいの。だから……ギルド辞めよう? 辞めて……一緒に別な仕事しよう?」

 そう言って、すがりつくように、再び俺の腕の中に顔をうずめてくるルー。

 ……ギルドを辞める、か。

 いや、確かにこれが普通の反応なのかもしれない。普通の結論なのかもしれない。続ける気にならないのが普通なのかもしれない。しかし――

 ――あの台地で、死体を前に、アンディさんが俺達二人に言ってきた言葉。


『〈これ〉を知った時、あいつら――特にルーとウェリィ――がどういう反応するかは、大体予想がつく。多分、見てる方も苦しくなるようなことになるだろう。……ただ、お前らだけは降りないでくれ。カザミドリを討つために、お前らだけは戦い続けてくれ。頼むっ。この通りだっ』


 そう言ってアンディさんは、子供でしかない、新米でしかない、自分の半分程度しか生きていない、人生経験すらままならない俺達に、深々と頭を下げてきた。世界に名だたる賞金稼ぎが、俺達に懇願してきた。

 そこまでされたら、俺は、俺は――

 俺はため息をつき、ルーの青色の後頭部を見下ろしながら、


「……分かった。考えとく」

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