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第三話

 先日のリンクさんによる『カザミドリ殲滅作戦』の説明の後、俺達に任されたのは『調査員の捜索』なる仕事だった。

 カザミドリに関する情報収集をしていた国の調査員が、一人、現在行方不明になっているらしい。この一週間、毎日行われていた定時連絡が途絶えているのだそうだ。これはカザミドリから何らかの攻撃を受けたのではないかと睨んだ国が、その調査員の行方の捜索をギルドに依頼してきたのである。

 調査員の調査という、ある種冗談のような仕事。

 しかしまあ、ギルドにおいてはよくあることだ。

 ちなみに、その場所というのはコロノ山の奥地である。

 ついこの間来たばかりの山ではあるが、今回の現場はそのさらに奥。あの時ロットが持ってた地図には載ってないような(もちろんあれはハイキング用の地図で、この山全体を網羅してるわけもない)、一般人にはおおよそ用も縁もないようなエリアなのである。

 この敷地の周囲は、柵で完全に囲われている。

 電気が通った、高さ三メートルとかなり高めの柵である。

 なぜこんな、人間には進入が未来永劫不可能なほど厳重な囲いがあるのかというと、実はこの場所は『石』の発掘現場なのだ。この辺りの地面には主に『赤石』が埋まっており、それを発掘・集積して、各地に輸送しているのである。

『赤石』は、流通量で言えば『石』の中で一番多いもの。

 全流通品の中でも、上から五、六番目に入るくらい殊更なものなのである。

 この場所を不届き者に荒らされてしまっては、商業や産業に大ダメージが起こる可能性も十分ある。だからこそ国もこの場所を柵で囲い、さらには警備員までも配置して、厳重に警戒しているのである。

 いわば、城下町の次に監視の厳しい場所。

 しかし数週間前に、この発掘所に関して妙なタレコミがあったのだ。その内容は「ここで採れた『赤石』をカザミドリに横流している輩がいる」というもの。

 真実ならば即刻取り締まるべきことだが、あくまでこれは匿名のタレコミ。

 確信の持てる情報ではなかったので、軍が大々的に動くわけにもいかない。大人数を裂くことはできない。そんなわけで国は、秘密裏に捜査するために調査員をここに送り込んだのだが――


 ――その調査員の行方が分からなくなった。


 最後の定時連絡は、この『赤石』発掘所の中からあったらしい。


 そこで俺達ギルドの賞金稼ぎが、その調査員の行方――あるいは、最低限その調査員が失踪した理由――を調べ上げることになったのである。


 この調査に赴くメンバーには――これは比較的緩い仕事であり、ほとんど実績がない人間が選ばれるわけで――アステルギルドのティーンネイジャー組たる俺とロットとルー、ギーンとウェリィ(ただしワイトは義手を作っている最中で、メンバーから外れている)、そしてもう一人――――情報屋のムツナが選ばれた。

 実働人員は計六人。各々見知りあった人間である。俺達がムツナと組むのは初めてだが、まあ、特にサプライズもない。

 なお、このチームの取りまとめたる責任者はアンディさんが任された。

 アンディさんはアステルギルドにおける貴重な戦力で、カザミドリ関連の要請が氾濫している現在、彼が関わるべき重要な仕事は他にも多々あるし、こんな中途半端な仕事に帯同させるならもっと別な人でもいいのではと思ったのだが――――本人に聞いてみたところ、今回のこれは、アンディさんにとっては休日代わりみたいなものなんだそうだ。出発間際には、

「くはは、またお前らのトリオ漫才を見れるたあ、楽しみだ」

 なんていう、マコト失礼なことを言ってきた。傍観者は呑気なもんだ。俺の気苦労も知らないで。


 ――まあとにかく、そんな人員構成で、


 実に二時間山道を歩いた挙句、囲いの中の唯一の出入り口(もちろん警備員が待機している)を通してもらい、俺達は発掘所のエリアの中に入っていったのである。

 柵の中に入ってまず俺達が向かったのは、この敷地のほぼ中心にあるロッジ。

 ここを拠点として、これからの二日間、俺達は活動する予定である。

 いつもは鉱員の方々の休憩所として使われている建物らしいのだが、俺達の遠征に際して、捜索に支障がないようにと彼ら全員に休日が与えられたのだそうだ。よって、十人以上が余裕で生活できそうなこの木造建造物を、俺達七人が完全に自由に使えることになったのである。

 そんなだだっ広いロッジにたどり着き、アンディさん主導の下でこれからの方針や時間配分などを決め、連絡用のトランシーバーを渡された後に、時間を無駄にするのもなんだしという感じで、


 荷物を置いただけで――「ゆっくりした〜い」とロッジの床にへばりつくルーを無理矢理ひっぺがして――俺達はさっそく捜索を開始した。


 捜索のチーム分けはというと、アンディさんはロッジで待機、他の六人で二人一組の三チームに分かれることになった。

 分け方は、ロットとルー、ウェリィとギーン、そして俺とムツナというペア。ウェリィがロットと組みたがったこと以外、特に争うこともなく決まった。まあ予想通りというか、予定通りというか、とかく順当な組み合わせだろう。

 俺としては、ムツナという割と常識的な人間と初めて組むことになり(アステルギルドの年少組の中でギーンに目をつけている辺りも、実に常識的な価値観を持ってると言える)、本件に関しては、ここ数年まれに見るほどに安心していた――――が、同時になぜだか物足りなさも感じてしまう。その原因は、俺には皆目見当がつかないが。

 とにもかくにも、俺はそんな不条理な気分を抱えつつも、ムツナと共に捜査をすることになったのである。

 


 他の五人と別れ、俺達のペアが任された南東セクションへ向かう途中。

 俺の脇で心底わくわくしたような笑みを浮かべ、青紫のセミロングな髪を風に揺らしている、黒ローブ姿のムツナは、

「いやー、私これが初仕事なのよ。ドキドキするな〜」

 と、初仕事に赴く最中とは思えないほど不安を微塵も感じさせない声音で言ってきた。

 俺は愛想笑いの延長線上的笑顔を返しながら、

「そうなんだ。……というか、あんたもギルドに登録してたんだ?」

「うん、一応登録だけしといたの。ギーン君がどうしても首を縦に振ってくれないから、仕事はまだするつもりなかったんだけどね。……ただ、マスターに人手が足りないからどうしてもってお願いされて、まあギーン君と一緒ならいいかって思って、今回は特別に受けたんだよ」

「へえ、そうなんだ」

 俺は感心したようなイントネーションで答えつつ、

「……でも、これが初めてってことは、仕事の勝手が分からないだろ? あんたは元々戦闘要員でもないわけだし、しかも今回のこれはカザミドリ関連なんだからな。……まあ、何かあったときは迅速に助けを求められるよう、心の準備は常にしといた方がいいだろうね」

「あはは、心配してくれてありがと。……でもでも、私だってそんな足手まといにはなんないよ。情報屋を侮ってもらっちゃあ困りますぜ」

 ムツナは相変わらずの楽しそうな微笑のまま、人差し指で天空を指差した。

「情報っていうのは、すべてにおいて何よりも重要なものだからね。たとえば敵の戦力や戦略の情報を手に入れて、逆にこっちの情報の流出を防げば、最低限の力で最大限の結果を得ることができるんだから。何て言ったって《てくのろじー》の時代には、情報の早さで商売の勝ち負けがついてたって話しだし、国対国の競り合いも情報合戦だったっていうんだから。情報っていうのは、この世で一番重要なファクター。そしてそれの扱いに長けてる人間ってのは、どこでも重宝するものなんだよ。だからマスターも、わざわざ私をこのメンバーに加えたんだから」

 青紫の髪を風になびかせつつ、鼓舞するように言ってくるムツナ。

 俺は感心九割、疑心一割程度の心境を抱えて、

「……へえ、そうなんだ」

「そうよ、そうなのよ。情報を独占すれば、世界征服だって夢じゃないんだからね」

 本気か冗談か分からないようなことを、ニタリ笑いで言ってくるムツナ。やたらめったら得意げな表情をしてくる。ここは笑えばいいのか感心すればいいのか俺が迷ったのは、ここだけの話だがね。

 ……まあ、そんな世間話でもって初対面に近いムツナとそこはかとなく親交を暖めながら、草を掻き分けつつ、獣道を行ったり来たりしつつ、俺達は捜索を進めたわけだが、


 ――捜査を始めて二時間後、


 急に雨が降り出した。

 山の天気は変わりやすいというそれなのか、それともただの夕立なのかはあずかり知らないが。

 最初はぽつぽつという小雨だったが、数分もしないうちに大降りになってきた。

 かなりの雨量。粒が大きく、頭に当たると少々痛いほどである。強い風も吹いてきて歩きづらく、しかも視界まで相当悪くなってきた。

 これじゃあロクな捜査もできないし、しかも地すべりやら何やらで山歩きは危険だろうと思っていると、まるで俺の思考を見透かしたかのように、握っていたトランシーバーから、

『こちらアンディ。ちょっと雨が強くなってきたな。危ねえし、とりあえず捜査は一時中断して、みんなロッジに集まってくれ。そこでもう一度計画を立て直す。以上だ』

 と、――向こうのトランシーバーにも雨音が入っているせいだろう――ザーザーというノイズ交じりで、そんな命令が届いた。

 俺はムツナの方を振り返り、肩を持ち上げながら、

「……だってさ」

「そうね。……風邪引いちゃうし、早く戻ろ」

 そう言って、ムツナはロッジの方へとことこ歩き出す。

 俺もその後を追いながら、ふと、黒い空を見上げた。

 どこまでも続く、暗澹とした雲。

 雨は、まるで弱まる気配はない。


 ――この雲行きは、どこまでもどこまでも怪しかった。

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