第二話
「ふーむ……。つまり我々は、秘密結社カザミドリの十三番隊隊長たるイヴァリーから、名指しで直々に宣戦布告された――――塩を送られた、ということか……」
ギルドの一角の長机に陣取り、全体重が背もたれにかかってるんじゃないかと思うほどイスにふんぞり返りながら、赤短髪少年――ロットは、俺の説明に対して、相変わらずの偉そうな口調のままでそう答えた。
その隣、俺の話を目を真ん丸く見開いて聞いていた青長髪少女――ルーは、
「え〜、そんな、殺されるなんて怖いよ〜……。『今度会ったら』って、もしも今日会ったら、今日殺されちゃうってこと? そんなのやだよー。今日の晩御飯、カレーなのに」
……人生を後悔する項目にカレーを加えるな。
いつものことだが、どんな深刻な問題もこいつらに話すとそれほど致命的でもないような気になってくるから不思議だ。ただ単に感覚がずれてるだけなんだが。こいつらに相談しても何も解決しないことは百万年前から分かりきってたことだが、一応こいつらも当事者なので知らせないわけにもいかず、昨日イヴから受け取ったことづけを知らせてやったのだ。
まあ、結果は予想通り。元々期待なぞしてなかったんだから、ある意味期待通りだと言えなくもない。逆方向に期待を裏切られるよりはマシだろうか。
俺はその辺りの感想文を胸中の原稿用紙に書き記しつつ、
「……で、問題はこれからどうするか、だ。イヴ――――というより、カザミドリにどうやって対処していく? まず夜の外出なんかを控えることと、一人での行動をなるべく避けることは最低限必要だが……。他に何か提案はあるか?」
「そんな付け焼刃的な対処をしても、焼け石に水だろう」
ロットは「これだから凡人は……」と言わんばかりに肩をすくめ、
「そんなちゃっちい対策なぞ、講じる必要はない。『夜に外出するな』などと言って、もし夕飯時に醤油を切らしてしまったらどうするつもりだ? お隣に醤油ビンを借りにいくこともままならないだろう。生姜だけで豆腐を食えというのか? そんな来るか来ないかわからない殺し屋のせいで折角の食卓が崩壊してしまっては、元も子もないだろうに。ようは、我々が殺されなければいいだけの話だ。何をしようとも、何が起ころうとも、結果的に命が無事ならそれでいい」
「……いや、だから、命を保つためにどうするかってことだろ? ……ってか、醤油くらいストックを買っとけ」
「醤油というのは、一人暮らしではそうそう使いきれるものではないのだ。一人暮らしを始めたばかりのお前も、あと半年くらい経てば身に染みて分かるだろう……」
訳の分からんことを、こちらをイライラさせるほどに達観したような口調で言ってくるロット。
「醤油を一人で一升使い切ることに比べたら、暗殺者の刃を交わすことなど造作もないことだ。命を保つためには命を保てばいいという、それだけのことなんだからな。醤油を多量に消費する料理をわざわざ考案する必要もない」
……お前の台所事情において、どれだけ醤油がネックなんだよ。
「結果がそうなっていればいい。そういう結果が残せればいい。それだけのことだ。私はそれ以外のものは何一つ求めんのだ。所詮この世において、後に残るのは結果だけだ。結果しか残らないのだ。結果を残すからこそ、偉人は偉人足りえるのだ。歴史に名を残すことができるのだ。結果を出すことのみを念頭に置いて行動すれば、おのずと結果は得られるものだ」
「いや、だから――」
……いい加減、こめかみが痛くなってきた。
俺は額を手で押さえつつ、諦めたようなため息をつきながら、
「――はあ。もういい。お前に相談した俺がバカだった。どうするかは個人に任せる。勝手にしろ。俺も俺で勝手にやるさ」
「まあ、そう悲観するな。バカもバカで、誰かに使役されることによって物事の重要な場所に位置することもできるものだぞ」
「……誰がバカだって?」
「お前が自分で言ったのだろう?」
「……俺は皮肉のつもりで言ったんだよ。つまりだな、俺は自分のことをバカ呼ばわりしているが、実は本心では自分のことを至極まっとうな思考回路を持っている人間だと理解していて、さらにはそのまともな人間の予想を下回るクオリティの返答しかできないお前のことを見下していて、ようするにお前のことをこの上ないバカだと――――ええい、いちいち説明するのも面倒くさい!」
「まあ、お前の非生産的な話は置いておくとして、ようは、カザミドリ自体が消えてなくなってしまえばすべて解決するのだろう? そうすれば、我々の命を狙う人間がいなくなるんだからな」
「……そう簡単に言うな。そんな容易に消えてくれるような集団なら、俺達だってそこまで警戒してないだろ」
「ふふっ、そうでもないぞ?」
ロットは含み笑いしつつ、周囲にわらわらといる賞金稼ぎの同業者を見回しながら、
「そもそも、今日我々――そして、このアステルのギルドに登録しているすべての賞金稼ぎ――が、朝の九時からギルドに呼び出されたのも、つまりはそういう――」
と、ロットの言葉が終わる前に、
――カランッカランッ
ギルドのドアが開かれた。
その音に反応して、周囲の雑談がぴたりと止む。
その一瞬でできた静寂の中、入口からギルドの奥へとすたすた歩を進めてきたのは、黒髪に黒いコート、黒ぶち眼鏡に黒いハイヒールと、肌以外がすべて黒で埋め尽くされた、二十台と思しき女性。ギルド本部に属する、いわゆる公務員――――リンクさんだった。
リンクさんは奥の壁際までたどり着くと、くるりと俺達の方へ振り返り、そして背筋をピンと伸ばした姿勢で高らかに、
「お早うございます、アステルギルドに所属する皆さん。ギルド本部のリンクです。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。これから『カザミドリ殲滅作戦』について説明させていただきますが、話は長くなると思いますので、各々できるだけ楽な姿勢をとっていただいて、加えてメモの準備をよろしくお願いします」
この発言と同時に、周囲からがさごそとカバンから筆記用具と紙を取り出す音が聞こえだした。しかし、俺の正面のロットとルーはまったく動く気配がない。……メモは俺がとらねばならんのか。
俺はしぶしぶ、足元に置き放していたバッグからボールペンとペラ紙を取り出した。
リンクさんは、建物内の全員がカバンをかき回す作業を終えたのを見て取ると、
「……では皆さん、準備ができたようですので、説明を開始させていただきます――――まず現状ですが、この世界には昨今、『カザミドリ』と称される犯罪組織がはびこっています。この集団の目的は、性能や可能性がまったく未知数であるアイテム『銀石』の入手。そのためならば手段を選ばず、彼らは窃盗から殺人まで、考えうる限りの犯罪を犯しています。総員は――推測でしかありませんが――一年前の時点で百数十人はいたのではないかと言われています。そして彼らは十三個の部隊に別れ、その集団ごとに活動しています――――いえ、活動して〈いた〉と過去形で言う方が正しいでしょう。先月の作戦において、三番隊は我々アステルギルドが壊滅しました。それに加え、他所のギルドにより四番隊、六番隊、九番隊――――そして一昨日、本ギルドに登録するアンディ氏とポーラ氏の共闘により、十二番隊を壊滅状態に追い込みました」
「おお〜……」
と、周囲から驚きと畏敬のこもった唸り声が聞こえてくる。
俺も少々驚いた。……いや、アンディさんとポーラさんの実力を知ってるなら、二人で一個隊を潰したことは何ら不思議ではない。俺は単に、一昨日にそんな事柄があったということに驚いただけである。
「よって、現時点では二番隊、三番隊、五番隊、七番隊、八番隊、十番隊、十一番隊、そしてカザミドリの核である一番隊の、計八つのグループが残っていることになります。構成員の人数も、当初の半分程度には減っていると考えられます」
淀みなくつらつらと説明を続けていくリンクさん。こんなに一気にしゃべって、息が切れないんだろうか? ……いや、俺なんかがリンクさんを見かけるのは総じてこんな風に大勢に向かって説明しているところであり、慣れてるんだろう。
そんな俺の疑問など知る由もなく、リンクさんは眼鏡のブリッジを押さえつつ言葉を続けて、
「なぜこのように、最近我々のカザミドリに対する警戒・攻撃が強まっているのかと言うと、実はとある情報筋から、恐るべき情報が届いたからです。それは――
――カザミドリは、『銀石』の開発をすでに七割がた達成している
――そしてその『銀石』を用いれば、複数の国を相手取って戦争ができるほどの戦力を得ることになる
というものです。これを重く見た各国が、軍備の増強と共に、ギルドへの支援要請を始めました。つまり国からギルドに、カザミドリ壊滅に関する依頼が多数届いているということです。賞金首の賞金額が跳ね上がったり、あるいはカザミドリに関する情報収集の仕事がいくつも届けられていたり。……別に我々ギルド本部は、あなた方に平和のため、犯罪組織殲滅のために戦ってくれと言えるような立場にはありませんし、言うつもりもありません。しかしビジネスとして、あなた方に多数の高給な仕事を推奨していこうと考えています」
ここでリンクさんは一拍置き、核心に入るような声で、
「ではこれより、その仕事の詳細について説明させていただきます」